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戦国異伝

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第五話 初陣その六


「この前もじゃ。柴田殿のお茶に何を入れた」
「ははは、塩を少しばかりな」
「少しか?」
「いや、多めにじゃ」
「それで柴田殿にぶん殴られたではないか」
 慶次は戦がない時は大抵そんなことばかりしている。それで柴田なり平手なりにだ。いつも叱られているというわけである。
「折角の茶の場を台無しにされたとな」
「何、軽い冗談だ」
 彼にとってはである。
「柴田殿も茶目っ気がないのう」
「相手を見てやれ」
 流石の前田もこう言うばかりだった。
「柴田殿だぞ、あの」
「うむ、やはり戦の鬼と言われただけはある」
 慶次はここで右手で自分の顎をさすった。
「効いたのう、あの一撃は」
「普通の者ならばあれで終わりだぞ」
 かなり本気でこう告げる前田だった。
「柴田殿の拳はな」
「その後しこたま殴られたしのう。平手殿よりまだおっかないわ」
「だから相手を見てやれ」
 またこう言うのだった。
「柴田殿の様な生真面目な御仁には御前の茶目っ気も通じんわ」
「自業自得だ」
「そう言うのじゃな」
「言うぞ。それでじゃ」
「うむ」
「慶次、御主もここで死ぬな」
 こんなことも言ってきたのである。
「わかったな。死ぬな」
「わしがここで死ぬというのか?」
「それはわからんがとにかく死ぬな」
 彼が言いたいのはこのことだった。
「わかったな。死ぬな」
「わかったわかった。それではじゃ」
 叔父の言葉を受けてだ。槍を振るった。そうして。
 敵をまた薙ぎ倒していく。彼等の活躍もあり最早織田の勝利は確実だった。
 だがここでだ。信長は言った。
「よし、ここまでだ」
「ここまでとは?」
「全軍退くぞ」
 こう平手達にも返すのだった。
「わかったな」
「何を言われますか」
 平手は主のその言葉にすぐにくってかかった。
「まだ敵将の首を取ってはおりませぬ」
「太源雪斎か」
「左様です、今ここに迫っておりますな」
「そうだな」
 信長もそれはわかっている。冷静に言葉を返す。
「どうやらな」
「それならばです。余計にです」
 平手の言葉は強くなっていた。
「ここは。あの者を討ちましょう」
「言ったな。そうできればよいが今はそれは無理じゃ」
「無理だと言われるのですか」
「そうじゃ。我等も疲れた」
 まずはこのことを理由にした。
「派手に暴れたからのう。これ以上の戦は無理があるぞ」
「しかしです」
 だが平手も伊達に信長の筆頭家老にして御意見番ではない。主に対して引き下がることなく尚も言う。
「ここで雪斎を倒せばです」
「三河も夢ではないか」
「左様、失った領地を取り戻すだけではなく。さらなる領地もまた」
「それでもじゃ。今はこれで帰る」
 信長の言葉は変わらなかった。彼に言われてもだった。
 そうしてだ。彼は退く用意をはじめた。その時にだ。佐久間に声をかけたのだった。
「牛助」
「はっ」
「殿軍を務めよ」
 後詰は彼だというのである。
「よいな」
「畏まりました」
「先陣は権六で後詰は牛助ですか」
 林がそれを見て述べた。
「そうされるのですか」
「そうじゃ。後詰はやはり牛助じゃ」
 信長はその林の問いに落ち着いて返した。
「異論はあるまい」
「はい、牛助は若き頃より何かと退く軍の後詰におりました故」
 このことは林もよく知っていた。彼にしても織田家に代々仕えている。佐久間が戦場でどの様な働きをしてきたかよく知っているのである。 
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