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戦国異伝

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第四十八話 市の婿その二


「浅井の近江の北は六角の南よりも豊からしい」
「石高の問題ではなく」
「町も栄えよいそうじゃな」
「左様ですか。それではまずは」
「近江の国を実際に見るか」
「そうさせて下さい」
 近江がどれだけ栄えているか見たいというのだ。まさに百聞は一見にしかずということだ。そういうことであった。
「では」
「そうじゃな。では権六と久助の手の者達をつけよう」
「権六様ですか」
「駄目か?このことはあ奴に任せておるのじゃが」
「権六様はとてもお優しくしかも頼りになる方ですが」
 それでもだとだ。市は難しい顔になって話すのだった。
「ですがそれでも」
「密かに行くのにあ奴は向かんな」
「どうしても目立ってしまいます」
 大柄でしかも髭だらけの厳しい顔である。戦国の世でも目立って仕方がない。戦場でも彼の姿は敵味方どちらもすぐにわかる程である。
 その彼だからだとだ。市は言うのだった。
「ですから」
「そうじゃな。では権六にはこのまま話を進めさせてじゃ」
「他の方をつけて頂けますか」
「又左や慶次も駄目じゃな」
「御二人は傾いておられますので」
 とかく奇抜な格好を好む彼等だ。それではというのだ。
「やはり」
「うむ。特に慶次に至っては」
「あちこちで悪戯をされて権六様よりも目立ってしまいます」
「問題外じゃな」
「残念ですが」
「まああの二人、特に慶次はわかる」
 またこんなことを言う信長だった。
「問題外じゃ」
「ではどなたをなのですか?」
「目立たぬ奴か」
「うちの家は目立つ方ばかりですから」
「全くじゃ。よくもあれだけ目立つ奴ばかりいるものじゃ」
 主の自分のことも含めて言う信長だった。
「それで目立たぬ奴は」
「本当におわれませんか?」
「思い当たらぬな」
 首を傾げさせてだ。妹に答えるのであった。
「これが。まあ猿の様にじゃ」
「猿の様に?」
「隅っこに隠れられる器用な奴がおればいいのじゃが」
「うちの家にはあまりいない様な人ですね」
「猿のう。猿」
 信長はこの動物の名前をやたらと言いはじめた。
「猿じゃ」
「猿ですか」
「猿、ふむ」
 ここでだ。ふと気付いた信長だった。
 いぶかしむ顔を急に晴れやかな顔にさせてだ。市に言った。
「おったぞ、一人」
「おられますか」
「そうじゃ、猿じゃ」
 ここでまたこの呼び名だ。
「猿がおったぞ」
「本物の猿ではございませんね」
「無論違うがそっくりじゃ」
 信長は笑いながら話していく。
「猿がおったわ」
「兄上の家臣の方々の中にですか」
「そうじゃ。木下秀吉というてじゃ」
「木下?」
「侍大将におるのじゃが知らぬか」
「どうも」
 市は困った顔になって兄に答えた。 
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