その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#31 "public enemy number one"
前書き
太陽は全ての塵を輝かせる
ー ヨハン・ゲーテ ー
【11月2日 AM 10:26】
Side フレデリカ・ソーヤー
朝は出歩くものじゃない。
改めてそう思った。
太陽の下を歩くのも久し振りだが、全然懐かしくもない。
大体日光なんて紫外線を降り注ぐだけの傍迷惑なやつじゃないか。
全く少しは月を見習え。夜の街に慎み深く光をもたらすあの天体を。
拡声器のメンテでもしようと思い立って街に出てみたのだけれど、やっぱり失敗だったかもしれない。
最近はあまり仕事が巡ってこないせいもあってか、少し調子も良くない。
こういう時は家で大人しくしているべきだったろうか……
と言って今から引き返すのも、このまま進むのも距離は大して変わらない。
ならばこのまま行くとしよう。
ふと街を見渡してみても、それほど違和感は感じない。
まあ、朝のロアナプラなんて良く知らないのだけれど。
マフィア相手に暴れ回っている奴がいるらしく、騒々しいと聞いてはいたのだけれど。
あまりこの辺りは関係ないのかな。
それともあの忌々しい太陽の魔力で、幻惑されているのだろうか。
現在街を騒がしてる輩は私にとっては全く迷惑な存在だ。
ソイツらのお陰で私の仕事は減る一方なのだ。
私のこの街での仕事は"始末屋"
誰かの生命活動が停止し、ただの肉塊へと変貌してしまった場合にその後始末を請け負うのが主な仕事だ。
基本的に死体というやつは中々に始末が面倒なものではある。
俗な表現だが、人間を評して "所詮人間なんて血の詰まった皮袋"というものがある。
人体の血液量は体重の約1/13。
体重52kgの人間ならおよそ4kg。4000ccもの量になる。
おまけに血というやつはかなり粘つく。洗い流すだけでも一苦労だ。
それに加えて、肉、骨、臓器の事も考えなくてはいけない。
人一人を殺す事は簡単でも、その後始末は面倒なものなのだ。
だからこそ私のような"始末屋"という職業が成り立つわけだが。
自分で言うのも何だが、私はこの街ではそれなりに名を馳せている。
さすがにラグーン商会の二挺拳銃や、暴力教会のシスター程ではないが。
それに彼女らと私とでは職種が違う。
私はあくまで"始末屋"
後始末のプロなのだ。
ごくごく稀に"後"始末ならぬ"前"始末を頼まれる事もある。
そういう場合でもよっぽど条件が良いか、私の気分が乗っている時でなくては引き受けない。
どうせこの街ではそんな仕事を受ける人間は溢れ返っている。
私がやらなくても問題はない。 後始末ならそうはいかないが。
そう、私の本業である後始末は顧客の皆さまより大変な好評を頂いていたのだ。今までは。
最近は私の仕事の種である死体そのものが出て来ていない。
街全体には不穏な空気が漂っているのだが、暴発までには至っていない。
以前は街のそちらこちらで死体が生まれ(……おかしな表現だが、まあいいか)私の商売も大いに繁盛し、忙しい思いをしたものだ。
死体が新鮮であれば、"中のもの"を売り飛ばす事も出来るし、第一綺麗だし楽しい。
だから時に現場に赴き、時に持ち込まれた"彼ら"と至福の時間を過ごしていたのだが……
最近はとばっちりを恐れているのか、死体が生まれるような事がなく、全く私にお声が掛からない。
ホテル・モスクワは元々私の顧客ではないので、あそこにいくら被害が出ようとも私が呼ばれる事はない。
面白くもない話だ。
こんな騒動とっとと終わってくれないだろうか。
この街に住み着いてから、こんなに不愉快な思いをするのは初めてだ。
私にとっての理想郷だと思っていたのですけどね、ここは。
いつでも新鮮な死体に触れられるし、不粋な警察などに邪魔される事もないし、顧客の皆さまはいい方ばかりだし。
申し分のない環境だと日々を楽しく過ごしていたんだけど……
「………!」
あ、マズイ……目眩がする……
身体が揺れ出し、立っていられなくなる。
ああ、やっぱり太陽は私の敵だ。
いや、奴は生きとし生ける者全ての敵だ。私がそう決めた。
ふらつく頭を支えながら、何とか奴から逃れられる場所を探す。
歪み出す視界の端に日陰を見付け、そこに滑り込むように到達する。
奴の影響下から逃れられた安堵感よりも、再び奴に挑まなくてはならない己の未来に対する絶望感の方が上回る。
私は両膝を抱え込み、その間に顔を埋めた。
何も見たくなかった。
何も考えたくなかった。
自慢じゃないが(本当に自慢にならないが)私には鬱の気がある。
自分で自覚出来ていても鬱病というのかどうかは知らないが、時々何もしたくなくなる。 ただただ膝を抱え込んで動きたくなくなる。
そういう時がある。
こうなると私は動かない。
意地でも動かない。
微塵も動くつもりはない。
ただただ時が過ぎるのを待つ。
せめて奴が姿を消すまでは。奴の光が闇に遮られ、私に届かなくなるその時まで。
動くつもりはなかった。なかった、んだけど……
私と奴の間を何かが遮った。日陰と言っても僅かながらに奴の光は感じてしまう。
その光を遮る何かが私の前に顕れた。
「き……だ…………か…」
何処かから音が聴こえる。良くは聞き取れない。耳は良い方なのだが……
静かになってしまったが、何かが去ったわけではないようだ。相変わらず奴の光は遮られている。その何かのお陰で。
「お……ロッ……みは」
その日の私はやはり何処か調子が狂っていたのだろう。
何の気紛れか、膝の間から顔を起こし目の前の何かを確かめてみる気になった。
私のその気紛れは誰かにとっての幸福をもたらすのか、或いは誰かにとっての不幸を撒き散らすのか……
ま、私の知った事ではないが。
ともかくロアナプラの"始末屋" フレデリカ・ソーヤーとロットン・ザ・ウィザードはこうして出会ったのだ。
尚、指文字の件は私の黒歴史だ。ロットンが言い触らさないような男で正直助かった。
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