戦国異伝
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第四十六話 寿桂尼その十二
「近江はどうじゃ」
「はい、そのことですが」
丹羽が信長に対して話す。
「順調に進んでおります」
「そうか。あちらも乗り気か」
「左様です。あちらにしても少しでも頼りになる盟友が欲しいようで」
「そうじゃろうな。越前の朝倉はな」
この家の名が出て来た。織田にとっては同じ土岐家の家臣筋同士の間柄である。だが家柄は朝倉の方が高くそれが両家の間を微妙なものにもさせている。
その朝倉の名を出しだ。信長は表情を曇らせていた。
そしてその曇らせてしまった顔でだ。こう言うのであった。
「主が頼りないからのう」
「義景殿は相変わらずの様です」
坂井がこう述べる。
「やはり和歌や舞曲に興じてばかりで」
「戦や政はとんとじゃな」
「実質宗滴殿が取り仕切っておられます」
「それではいかんな」
信長は坂井の話を聞いて一言で述べた。
「宗滴殿も高齢じゃ。それで何時までもそうしておるとじゃ」
「朝倉も傾く」
「そうなりますか」
「只でさえ一向一揆に悩まされておる」
越前の北に加賀がある。加賀は石山、長島と並ぶ一向宗の拠点なのだ。そこに隣接する朝倉が一向宗の攻撃を受けない筈がない。実際に彼等は一向宗に散々苦しめられてきているのだ。信長もこのことを話に出したのである。
「それでそんな有様ではじゃ」
「宗滴殿がいなくなれば」
「まさに終わりですな」
「心もとないのう」
信長は今は朝倉、とりわけ宗滴の立場になって考えて述べた。こうして立ち位置を変えて考えてみてだ。信長は策を練ったりするのだ。
その宗滴の目からだ。信長はまた言った。
「朝倉には力もある」
「石高にしておよそ八十万石」
「兵は二万を動かせます」
「そして都にも近い」
このことも指摘した。
「天下を取ろうと思えば取れぬこともない」
「しかし当主の義景殿は動かれない」
「どうもやる気がない様です」
「やはり都の文化ばかり追い求めておられる様です」
「そんなものは都に入ってからじゃ」
信長は都のそれについては一言で終わらせた。
「しかも溺れては駄目じゃ」
「義景殿は溺れておられる」
「左様ですか」
「そうなっておる」
まさにそうだと話す信長だった。
「何ごとも溺れては駄目じゃ」
「ですな。これでは朝倉も」
「危ういですな」
「しかし力はある」
朝倉のその力のことも忘れてはいなかった。
「敵に回せば侮れぬぞ。とりわけじゃ」
「宗滴殿ですな」
柴田もまた、だ。彼の名を出した。
「あの御仁が」
「前からわしを高く買っているそうじゃが」
「ほう、殿をですか」
「わしの何処がいいのか」
笑いながらだ。柴田に話すのである。
「この様ないい加減な者をのう」
「我等と同じなのでしょう」
佐久間はそれだとだ。主に話す。
「あの御仁も殿に見たのでしょう」
「わしにか」
「確かに殿はいい加減というか何を考えておられるかわかりませぬ」
信長の奇矯なところをだ。佐久間は指摘するのだ。
「しかしそれがです」
「それがか」
「大きなことになっているのです」
「まあわしは興味のあることは何でも己で身に着ける」
これは馬にしろ水練にしろ鉄砲にしろ兵学にしろだ。ひいては舞や古典に関してもだ。信長はとにかく興味のあるものは己で身に着けないと気が済まない性分なのだ。
そのことも己でわかっている。彼は今このことを言うのだった。
「それはあるが」
「それです」
「これがか」
「それは確かに突拍子もないことです」
何でも興味のあるものは身に着ける。確かにそれは突拍子もない。しかしそれで培われるもの、佐久間はそれを言うのである。
「ですが何でも身に着けられるからです」
「わしは大きくなるか」
「その殿だからこそ」
それでだという佐久間だった。
「我等も仕えておるのです」
「左様か。あの老人もか」
ここで何気なく平手を見る。彼のことはこう言う。
「尾張の年寄りは格別口喧しいが越前の年寄りもそうなのかのう」
「殿、何を言われますか」
早速だ。平手は小言で返した。
「その様ないい加減なことではです。何時どうなるか」
「わかったわかった、やはり爺の小言は天下一じゃ」
苦笑いでその平手に応える信長だった。いつもの流れになる。
「全く。おなごや若いおのこだけでなく年寄りにも好かれるのか」
「殿、おふざけも大概にです」
「わかっておるわ」
こうして平手の小言から何とか逃れようとするのだった。そうした話の中でだ。彼は伊勢、志摩への動きを確かにしていくのだった。
第四十六話 完
2011・6・18
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