戦国異伝

　　　　　　　　　　　　　　　　　第四十四話　　元康の決断
　義元と氏真が虜となり今川の軍が雪崩を打って駿河に戻ろうとする中でだ。先陣だった雪斎と元康はだ。こんなことを話していた。
「こうなっては仕方がない」
「退きますか」
「殿も若殿も捕らえられたのじゃ」
　それならばだというのだ。雪斎の顔は土色にさえなっている。
「ここで戦をすればどうなる」
「殿も若殿も」
「向こうにそのつもりはなくともそうせざるを得なくなる」
　だからだ。この場合は戦えないというのだ。
「どうしてもな」
「ではここは」
「後詰は御主に任せる」
　雪斎は元康に告げた。
「わしは軍勢全体を預からせてもらう」
「そしてそのうえで」
「そうじゃ。兵達を駿河に戻す」
　その為にだ。兵を率いるというのだ。
「そうするからじゃ。後詰はじゃ」
「だからこそそれがしが」
「三河まで戻れ」
　言った国は駿河ではなかった。
「後はわしがしておく」
「和上がですか」
「三河まで入ればじゃ」
　それからどうするかもだ。元康に話すのだった。
「そなたの思うようにせよ」
「それがしのですか」
「もう今川はなくなる」
　雪斎は苦渋に満ちた声で述べた。
「大殿と若殿のお二人が虜になってはな」
「そうなってはですか」
「そうじゃ。駿河もじゃ」　
　そのだ。今川の国もだというのだ。
「あの国も武田に取られてしまうわ」
「では駿河に戻られても」
「わし等はともかく兵達はそうはいかん」
「兵達はですか」
「そうじゃ。あの者達は故郷に返さなくてならん」
　それでだというのだ。彼等を故郷に無事戻すというのだ。
　そのことを話してからだ。雪斎は元康に再び話した。
「そしてそれが終わってからじゃ」
「兵達を無事戻してからですか」
「わしは大殿と若殿のところに向かうとする」
「織田の虜になっておられるですか」
「そうじゃ。わしは今川の臣じゃ」
　それならばだというのだ。雪斎は今川への確かな忠誠があった。その忠誠のうえでだ。元康に対して確かな言葉で話すのだった。
「それならばじゃ。殿のお傍におらねばならん」
「左様ですか」
「しかし竹千代よ」
　元康を見て話す。ここでもだ。
「そなたは違う」
「それがしは」
「三河に戻り好きにするのじゃ」
　元々三河の者であり駿河の者でも遠江の者でもない元康にはだ。そうせよというのだ。
「よいな。そうせよ」
「そうして宜しいのですか」
「うむ、よい」
　またいいというのだ。
「そなたはこのまま今川の臣として今川を支えてもらいたかったがな」
「それでもですか」
「そうじゃ。もうその今川がないならばじゃ」
　それならばだった。答えは出ていた。
「そなたの好きにせよ」
「では。これからは」
「達者でな」
　元康を見てだ。微笑んでの言葉だった。