戦国異伝
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第四十三話 清洲に帰りその五
「人を失わずに済むのならそれでよい」
「だから伊勢も一兵を使わずに手中に収めると」
「そう仰ったのですか」
「戦に勝つことだけがやることではない」
信長はそのこともわきまえていた。それもよくだ。
「時には謀を使うことも要じゃ」
「必要だというのですか」
「そういうことじゃ。それとわしは伊勢や美濃は手に入れる」
その二国はだというのだ。
「無論志摩もじゃ」
「その三国はですか」
「手中に収められますか」
「しかし三河や駿河には向かわぬ」
それはないというのだ。
「三河は竹千代のものじゃ」
「その松平のですか」
「あの家のですか」
「そうじゃ。あ奴のものじゃ」
三河についてはだ。信長は至って淡白であった。まさに何の興味もないといった感じであった。
そしてだ。彼は駿河についても話した。
「あそこは武田が入る」
「では武田のものでよい」
「そういうことですか」
「下手に武田とことを構えてはならぬ」
信長の言葉が険しいものになった。武田のことを話すとだ。
「武田の強さは尋常なものではない」
「確かに」
佐久間がだ。真剣な顔で主の言葉に答えた。
「まさに虎です。虎の群です」
「赤い虎ですな」
松井は彼等をこう表現した。その赤備えからの言葉だ。
「その集まりですな」
「尋常なことでは勝てん」
信長はこれまでにない真剣さで話していく。
「だからじゃ。今はことを構えぬ」
「それが宜しいかと」
ここで言ったのは山内だった。
「あの家は尋常ではござらぬ」
「それに上杉もじゃ」
信長はさらにだ。この家の名前も出した。
「あの家もじゃ」
「確かに。あの家の強さもです」
「尋常なものではありません」
織田の誰もがだ。このことをわかっていた。彼等とは直接槍を交えてはいない。しかしそれでもなのだ。上杉、そして武田の強さは天下に鳴り響いていた。
そのことを話してだ。彼等もまた信長と同じ顔になっていた。
「あの家は黒い龍」
「軍神が率いる軍です」
「武田と上杉は別じゃ」
信長もよくわかっていた。そのことがだ。
「例え三河と遠江を手に入れてもじゃ」
「武田とは戦えませんか」
「それは」
「そういうことじゃ。それに無理をして三河と遠江を手に入れても政ができぬ」
信長の話がこのことに移った。政のことにだ。
「それでは何の意味もない」
「確かに。急いで攻め取り駿河で武田とことを構えるとなると」
「三河や遠江を治めるどころではありませんな」
「そこまで力を向けられませぬ」
「それでは」
「そうじゃ。東に向かうのは愚じゃ」
それでだ。そちらには向かわないというのだ。
「決してじゃ」
「それよりも伊勢に志摩ですか」
「そして美濃ですか」
「まずは伊勢じゃ」
何につけてもだ。その国だというのだ。
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