戦国異伝
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第二十一話 一喝その六
「疑う筈もない。そして」
「そして?」
「謀叛の元もわかっておる」
それ自体もだ。わかっていると話すのであった。
「あの男。今は何処におる」
「津々木のことでございますか」
「そうよ。何処におるのだ」
信長が弟に問うのはこのことであった。
「申してみよ。何処におる」
「それは」
信行はまた口ごもってしまった。必死に周りを見回す。しかしであった。それまでは常に傍にいたのにだ。今はなのだった。
「一体何処に」
「殿、探しましたが」
「何処にもおりません」
「軍の何処にもです」
ここでだった。柴田と林兄弟が出て来てだ。そのうえで信長に対して答えたのであった。
「あの男、何処にもです」
「まるで煙の様に消えました」
「どれだけ探してもです」
「そうか、やはりな」
信長は彼等の話を聞いてまた述べた。
「そうではないかと思っておったわ」
「権六達はそれでは」
「そうよ。あえてそなた、いやあの男を動かす為によ」
それが狙いだったというのである。
「それでよ」
「私につけたのですか」
「そなた自身は兵を持ってはおらん」
信行は確かに信長の弟であり政において辣腕を振るっている。しかし兵を持っているのは信長でありだ。彼は一兵も持ってはいないのである。
「だからよ。権六達に兵を授けそなたにつけたのだ」
「やはりそうでしたか」
「その程度は察しておったな」
「はい」
まさにその通りだというのであった。
「確かにあの男を常に傍に置いていましたが」
「わからぬ筈がないことよの」
信行ならばと。言外に述べていた。
「それでだな。権六達を後ろに置いたのは」
「あの男に言われてです」
それでだと。信長に話すのだった。
「思えばそれもです」
「断らなかったのが今思えば不思議であろう」
「全くです」
「何もかもがおかしなことよ」
信長の言葉がいぶかしむものになっていた。
「そなたは明らかにだ」
「操られていたというのですね」
「狐や狸どころではない」
俗に化かすと言われている生き物である。
「あの者。尋常ではないな」
「まさかです」
ここでだ。佐久間が出て来て話す。柴田達と共に織田家に古くから仕えている彼がだ。
「勘十郎様を狙うとは」
「思えば当然のことよ」
信長は佐久間のその言葉を受けてまた述べた。
「これもだ」
「当然ですか」
「謀叛は親族の中でこそ最もよく起こる」
これは戦国だけではない。古来よりである。それこそ天智帝、いや神話の頃からだ。そうした話は本朝においても枚挙に暇がなかった。
「だからよ。あ奴はそれでじゃ」
「勘十郎様に近付き」
「そのうえで」
佐久間だけでなく林も言う。
「仕組んできましたか」
「そういうことでしたか」
「あの者、捕らえよ」
信長の言葉は厳しいものになった。
「そのうえで首を刎ねよ」
「はっ、それでは」
「すぐに」
柴田と佐久間がすぐに応えた。
「尾張中を見張り」
「そうしてですね」
「本来なら罪人一人見つけるのはたやすい」
信長が言い切るのには根拠があった。尾張は信長が罪人は何処までも追いそのうえで処罰することを信条としておりだ。その治安は極めていいのである。
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