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戦国異伝

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第十九話 夫婦その十三


 謙信の目はただこの世にあるものだけを見てはいなかった。それ以外のものもまた。その目に見ているのであった。
 それを見ながらだ。彼は話すのであった。
「己が道をです」
「それが覇業だというのですね」
「その行くのを阻むものは」
 謙信の言葉が続く。
「何があろうと倒していくでしょう」
「何があろうとですか」
「はい、それが彼です」
 信長だというのである。
「ですから」
「だからこそですか」
「それが私や信玄殿であっても」
 まずは彼等だった。
「寺社であろうともです」
「何と、寺社もですか」
「あの一向宗であっても」
 謙信も彼等とは幾度も戦っている。北陸と近畿に確固たる勢力を築いている彼等はだ。戦国の世に隠然たる力を誇っているのだ。
 その彼等もだとだ。謙信は話すのだった。
「倒すでしょう」
「それはかなり困難では」
 一向宗と聞いてだ。直江のその整った顔が曇った。
「一向宗は容易ならざる相手です」
「それでもです」
「織田殿はそうされますか」
「間違いなく。そうされます」
 そうだというのである。
「それが尾張の蛟龍です」
「左様ですか」
「そしてそれが私である場合」
 彼だというのである。
「その場合はです」
「どうされますか」
「私は相手が誰であろうとも」
 謙信の言葉が鋭く切れるまでになった。
「私は戦うからには」
「その時はですね」
「こうするのみです」
 剣を抜いた。そのうえで横に一閃させる。するとだ。
 風がだ。断ち切られたのである。それは直江も見た。
 そうしてであった。謙信はまた言うのであった。
「甲斐の虎も尾張の蛟龍もどちらも」
「はい、それでは」
「行きましょう。そうして」
 こう話してであった。謙信はだ。
 剣を収めた。そのうえで直江に顔を見せての話であった。
「ではこれからはです」
「はい、これからは」
「尾張をよりよく見ていくことにしましょう」 
 これが謙信の今の言葉であった。
「そうしましょう」
「では尾張により多くの忍を送っておきます」
「そしてです」
 謙信はここで話を変えてきた。その話は。
「都のことですが」
「都ですか」
「公方様は今はどうされているでしょうか」
「相変わらずの様です」
「左様ですか。やはり剣にですか」
「専念されています」
 そうしているというのである。将軍はだ。
「各地から名剣も集められています」
「その腕を磨くことにも余念がありませんね」
「はい」
 まさにその通りだった。それが彼なのである。
「将軍としての務めも果たされていますが」
「それ以上にですね」
「剣のことに夢中であります」
「困ったことですね」
 謙信はそこまで聞いてその流麗な顔を暗くさせた。 
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