戦国異伝
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第十九話 夫婦その九
そして信玄自身もまた言うのであった。
「その通りよ。では今はだ」
「都に上る為にも」
「力を蓄えましょう」
こうしてだった。武田は今は政により力を蓄えんとしていた。そしてである。
幸村は主君のその言葉に感激しながら今は故郷にいた。そこで鍛錬を積みながら言うのであった。
「流石御館様よ」
「殿、お帰りになられたら」
「すぐにそれですか」
「また甲斐で御館様に言って頂いたのですか?」
「今度は何ですか?」
上着の左半分をはだけさせそのうえで二本の槍を縦横に振るっている彼の周りに十勇士達が来た。そうしてそれぞれ主に対して問うのであった。
「またお褒めの言葉を頂きましたか」
「それがあまりにも嬉しくて」
「それで鍛錬に身が入りますか」
「左様ですか」
「いや、違う」
幸村は楽しげに笑ってそれは否定した。
「また違うのだ」
「おや、それでは」
「何でしょうか」
「一体」
「御館様のお褒めの言葉でないとすると」
「それは」
「御館様の夢を言って頂いたのだ」
それだというのである。
「それを言って頂いたのだ」
「御館様の夢」
「といいますと」
「天下ですか」
「そうだ、天下だ」
まさにそれだというのである。
「あの方の夢は大きい。都に上られだ」
「そして天下をですか」
「天下に号令をされると」
「そうではない」
それは違うというのだ。
「あの方は天下を治められるおつもりなのだ」
「この天下をですか」
「甲斐や信濃と同じく」
「こうした風に」
「見事に」
「あの方が治められれば」
槍を振るいながらだ。彼もまた夢を見ていた。その晴れやかな目にだ。
「天下は必ず素晴しいものになるぞ」
「それは間違いありませんな」
「この信濃も御館様のお陰で随分と変わりました」
十勇士達もそのことは実感しているのである。
「豊かになりました」
「それも見違えるまでに」
「その通りだ」
幸村の声も明るい。
「変わっていくのだ、何もかも」
「御館様により」
「左様ですな」
「天下全てが」
「そうだ。戦の世はもうすぐ終わる」
幸村は何時しか空を見上げていた。その青い空をだ。
「そしてわしはその天下でだ」
「何をされますか」
「それで」
「御館様の為、天下の領民達の為に働くぞ」
こう言うのだった。
「例えどうした仕事でも喜んでしよう」
「これが我等の殿だよな」
「そうよのう」
清海が猿飛の言葉に頷く。
「まことに無欲だ」
「素晴しい素質をお持ちだというのに」
彼等は自分達の若き主の力量がわかっていた。だからこそ今こうしてここにいるのだ。
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