戦国異伝
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第十九話 夫婦その四
「そうするか」
「茶ですか」
「茶室に入ってそのうえでな」
「最近特にお茶に凝っておられますね」
「うむ、茶はよい」
こう言って笑みさえ見せる信長だった。
「実にな」
「お菓子もあるからですね」
「そうよ。茶とくれば菓子よ」
この二つが一緒になるというのだ。これもまた信長の好みだった。
そしてだ。彼はこんなことも言うのであった。
「しかし菓子はどうにも高い」
「砂糖を使います故」
「そのせいじゃ。せめて砂糖が安く手に入ればもう」
「それは無理では」
「いや、できる筈じゃ」
信長はこのことについて希望を見ていた。そして見ているのは希望だけではなかった。
そしてだった。彼はさらに話すのであった。
「砂糖は琉球で採れるがじゃ」
「そこから買うのですか」
「貿易をしてな。それを考えておくか」
「それもですか」
「砂糖が多く手に入ればそれだけ菓子も多く作られるようになる」
「さすれば安くなる」
「そういうことじゃ。考えておく必要はあるな」
「そう仰るのですね」
帰蝶も信長のその考えを理解した。そうしてなのだった。こう言うのであった。
「では天下を統一すれば」
「左様、それを考えておこうぞ」
「殿はそこまで御考えですか」
「うむ。この尾張にしてもじゃ」
話は尾張についての話にもなった。そこにもなのだった。
「伊勢志摩との貿易を考えておかなければな」
「だからこそ伊勢志摩もまた」
「あの国を手に入れれば大きい」
ただ政をするだけではなかった。信長は貿易についても考えていたのだ。そうしてそのうえでだった。信長の言葉は続く。
「やがて天下にその貿易を広げていきたいのう」
「海のですか」
「陸だけでは詰まらんではないか」
「おや、下らないと」
「そうじゃ。海のことも考えて商いをするべきよ」
これが信長の考えであった。
「それで機会があればじゃ」
「どうされると」
「堺も見てみたいものじゃ」
「堺、あの町を」
「そうよ。近いうちに上様にお目通りをする」
足利将軍のことである。今の将軍は足利義輝である。剣豪として知られている将軍だ。
「その折にでもじゃ」
「畏まりました。それではその時は」
「言ってよいな」
「そうなされませ」
帰蝶は穏やかに笑って夫に話した。
「殿の望まれるように」
「わしが目指すのは天下統一だけではない」
それに留まらないというのだ。その見ているものは。
「この国を富ます」
「天下を」
「これまでにない以上にな。泰平と共にじゃ」
その夢も語るのだった。信長は今途方もないものを見ていたのであった。
道三死すとの報は天下に知れ渡った。それは当然ながら甲斐の武田信玄のところにも及んでいた。
信玄はそれを聞くとだ。まずはこう言った。
「天命よ」
「天命ですか」
「そう、天命だ」
己の前に控える家臣達に告げるのであった。
「斉藤道三の死はだ」
「死すべき時に死した」
「そういうことですか」
「つまりは」
「あの者は己の役を終えたのだ」
何処か達観的な、それが今の信玄の言葉だった。彼はその言葉をさらに続けるのだった。
「美濃を手に入れ。その地均しをしてだ」
「そしてその地均しが為された美濃は」
「色々と話がありますが息子の手に渡りましたな」
「どうやら」
「いや、それはわからん」
信玄は家臣達のその言葉は否定した。
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