戦国異伝
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第十五話 異装その十五
「馬から落ちるでないぞ」
「むむっ、猿も木から落ちるでござるな」
「馬から落ちる猿はいないわ」
こう言う柴田だった。
「だからよ。落ちるでないぞ」
「わかっております、それは」
「ならばよいがな。しかしじゃ」
「しかし?」
「そなた妻はおるのか」
柴田は木下に対して問うた。
「それはどうなのじゃ」
「残念ですが」
木下はここから答えたのだった。
「おりませぬ」
「ふむ、そうなのか」
「誰かおればいいのですが」
「それならじゃ」
横から前田が言ってきた。彼はいつもの傾いた格好である。
「おい猿」
「むっ、これは又左殿」
「わしが一人紹介してやろうか」
こう彼に言ってくるのだった。
「いい娘がおるぞ」
「左様でござるか」
「わしもこの前嫁を迎えたのだがな」
何気なくどころか露骨に自分のことも話す。
「いや、これの知り合いでな」
「確か又左殿の奥方といえば」
「むっ、知っておるのか」
「おまつ殿でござるな」
木下はこの名前を出してきたのだった。
「確か」
「その通りじゃ。御主も知っておるか」
「まだ若かったのでは?」
「十二じゃ」
前田は笑いながら話す。
「どうじゃ、若かろう」
「又左殿とお知り合いだったのでしたな」
「よく知っておるな」
「話を聞いていますので」
それで知っているというのである。
「それで」
「御主まさか耳は達者か」
「いえ、そうではないですが」
謙遜であった。実際のところ木下の耳はかなりいい。しかしそれはあえて隠して前田との話を潤滑に進めているというわけなのだ。
「それでもです」
「知っておるのか」
「そのおまつ殿のお知り合いですか」
「そうじゃ、名前は確か」
前田は思い出す顔になってからだ。木下に述べた。
「ねねといったのう」
「ねねですか」
「そうじゃ、ねねじゃ」
その名前を出すのだった。
「中々奇麗なおなごだったかのう」
「おお、それはまことでござるか」
奇麗と聞いてだ。木下の目の色が変わった。
やけに明るい目になってだ。彼は前田にさらに問う。馬上で身を乗り出して今にも落ちんばかりだ。しかしそれでも姿勢を崩さない。平衡感覚はいいようだ。
「奇麗なのですか」
「そうじゃ。尾張は奇麗なおなごが多いがな」
「それは何よりでござる」
その明るい目で言う木下だった。
「ではそのねね殿とです」
「会いたいか」
「是非共」
「わかった。それではまつに話しておこう」
「御願いします」
「うむ。しかし猿よ」
前田はあらためて木下を見て言ってきた。
「御主もあれじゃな」
「あれとは?」
「おなごに興味があるか」
「ええ、まあ」
木下もそれは否定しない。
「やはり。それは」
「そうか。それもかなりか」
「いえ、かなりとは」
「隠さずともよい。英雄は何とやらだ」
そこから先はあえて言わない前田だった。
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