戦国異伝
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第十四話 美濃の蝮その三
「わしが治める」
「そうされますか」
「蝮も同じ考えだったとはな」
またこの話になった。すると今度は信長のその笑みは屈託のないものになった。その笑みでの言葉だった。
「面白いことよ」
「面白いですか」
「ではやがて戦になるか」
その笑みのまま出した言葉だった。
「そうなるか」
「では私はです」
「先程言ったな。織田に残るか」
「殿を見て決めました」
他ならぬ信長をだというのであった。
「この国に残りそのうえで」
「わしを見ていくのか」
「殿は面白い方です」
だからだというのだった。信長のその顔を見ながら。
「ですから。さらに」
「それでか」
「それでは駄目でしょうか」
「よいぞ」
信長は今度は楽しげな笑みになったのだった。そのうえでの言葉である。
「ならそうするがいい」
「宜しいのですね」
「わしは同じことは二度言わぬ。それにだ」
「それに」
「わしもそなたが面白い」
帰蝶のその顔を見てであった。その白く細い整った顔をだ。
「だからだ。この命ある限り見てみたい」
「だからなのですね」
「そういうことだ。さて」
ここまで話してだった。信長は足を胡坐にした。そのうえで妻にこう言ってきたのである。
「身体がなまるな。馬に乗ってくる」
「馬ですか」
「どうじゃ。そなたも共に来るか」
「殿がそう言われるなら」
従うというのであった。彼女もだ。
「御言葉に甘えさせてもらいます」
「そうするのだな」
「はい」
また答えた帰蝶だった。
「では今よりですね」
「うむ、行こうぞ」
「今日は負けませぬ故」
「これまた言うのう」
「貴方の妻ですから」
やはりだった。勝気な笑みを浮かべての言葉だった。
しかし信長は妻のその笑顔を受け入れてだ。二人でそれぞれの馬に乗り荒々しい駆け合いをするのだった。それが彼等だった。
木下は清洲においてまずは兵糧の帳簿をつけていた。これはだ。
ふと弟の木下秀長が除いてみると。既にだった。
彼は多くの帳簿を収めているところだった。弟はその兄を見て思わず言うのだった。
「兄上、まさか」
「ああ、来たか」
兄は驚く弟に対してこう言ってきた。
「早いな」
「早いのは兄上ではありませんか」
「わしがか」
「もう帳簿は」
「うむ、終わった」
にこりと笑っての言葉だった。
「今な」
「本来ならまだ半分もいっていない筈ですが」
「わしは文字はよくわからんが数字のことには強くてなあ」
「数字はですか」
「数字の文字は実によくわかるのじゃ」
そうだというのである。
「それでじゃ。もう終わった」
「計算もですか」
「全て終わった。間違いはないぞ」
「では数字の計算もですか」
木下秀長は兄にこのことも尋ねた。
「それも」
「うむ、それはわしも確かめたがのう」
「わしもやっていいでしょうか」
何しろあまりにも早いのだ。それで心配になってだ。兄にこう申し出ずにはいられなかったのだ。実際に申し出もしたのだ。
するとだ。木下は笑って弟にこう答えた。
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