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戦国異伝

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第十四話 美濃の蝮その一


                  第十四話  美濃の蝮
 信長はだ。清洲の己の部屋において帰蝶と話していた。いささか無作法にだらしなく片膝を立てて座ってだ。そのうえで妻に対して言うのだった。
「いよいよじゃ」
「父上とですか」
「うむ、会う」
 こう西瓜を食べながら話す。
「これからのう」
「そうですか。本当にいよいよですね」
「美濃の蝮の話は聞いておる」
 妻に西瓜を勧めながら話す。
「どうじゃ」
「私も召し上がって宜しいのですか」
「美味いものを独り占めする趣味はない」
 笑って妻に告げた。
「そんな趣味はな」
「左様ですか」
「さあ、食うがいい」
 また妻に言ってみせる。
「共に食おうぞ」
「有り難うございます。それでは」
「うむ」
 帰蝶がその西瓜を受け取ってかじる。信長はそれを見て楽しげに笑ってだ。そのうえでまた妻に対して言ってみせたのであった。
「悪党だの謀反人だの散々だな」
「私が生まれる前からの話ですね」
「所謂梟雄だな。それだな」
「はい、左様です」
「主をも追い出した。さて」
「さて?」
「わしはどうなるかな」
 楽しげな笑みをそのままにしての言葉だった。
「わしも油断すればなのかのう」
「殿が油断されればですか」
「毒でももってな。例えば茶にだ」
 そうしたことはこの時代では日常茶飯事である。信長の周りだけではない。この国のあちこちで普通に行われていることであった。
 だからだ。信長はあえてこう言ってみせたのである。
「入れてじゃ。それでわしは死ぬという訳よ」
「殿はその茶を飲まれますか?」
 妻が問うたのはこのことだった。
「その毒の茶を」
「気付かぬうちに飲むかものう」
「それに気付かれないと」
「ははは、考えてみればそれはないな」
 西瓜を食べながら大きく笑ってみせての言葉だった。
「わしはこれでも用心しておるからのう」
「ではそれはありませんね」
「しかし相手は蝮じゃぞ」
「殿も蛟龍ではありませんか」
「それを話に出すか」
「左様です」
 帰蝶はここで微笑んできた。気の強そうな凛とした顔である。だがその微笑みは極めて穏やかで優しささえ見えるものであった。
 その顔でだ。彼女は言うのだった。
「ですから恐れる必要もありませんね」
「実は恐れてはおらん」
「やはりそうではありませんか」
「むしろ楽しんでいる」
 笑顔からだ。すぐにわかることだった。
「一体どうした者かとな」
「やはりそうですか」
「悪を行うにはそれなりの素養が必要だ」
「素養がですか」
「力かのう」
 信長はこう言い換えた。
「城でも土台が必要じゃ」
「城に限らず何でもですね」
「ならばじゃ。悪を行うにもじゃ」
「その者にそれなりのものが備わっていなければというのですね」
「蝮にはそれがある」
 断言だった。道三をわかっているからこその言葉だった。 
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