戦国異伝
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第十一話 激戦川中島その四
それはだ。本陣にいる信玄にも報告が届いていた。
彼はだ。己の座に座ったままそれを聞いていた。
そのうえでだ。鷹揚に言うのであった。
「面白い」
「面白い?」
「御館様、そう仰るのですか」
「そうよ、面白い」
不敵な言葉であった。
「そしてここに向かって来ておるのか」
「はい、恐ろしい速さです」
「まさにここに」
「ですから御館様、ここはお下がり下さい」
「後は我々が」
「そして影武者を立てるか」
信玄は進言する家臣達に問い返した。
「そうするというのだな」
「その通りです」
「ですからここは」
「並の者なら影武者で騙される」
しかしだった。信玄はここでこう言ったのだった。
「それでな」
「では。違うと」
「上杉謙信は」
「越後の龍ぞ」
謙信のその呼ばれ名である。これに対して信玄は甲斐の虎となっている。まさに龍と虎、相打つ存在同士というわけなのである。
「影武者なぞに騙される男ではない」
「ではここは」
「どうされますか」
「知れたこと、わしが直々に相手をする」
そうするというのだった。
「この武田信玄自らがな」76
「し、しかしそれは」
「幾ら何でも」
「無謀だというか」
また家臣達に問うた。
「そう言うのだな」
「はい、その通りです」
「恐れながら」
「恐れることはない」
恐縮する家臣達への言葉である。それはいいというのである。
「無論上杉謙信に対してもだ」
「では御館様」
「やはりここは」
「越後の龍と対することができるのは甲斐の虎のみ」
すなわち自分自身のことである。
「あの相模の獅子ですら正面から戦うことを避けた相手ぞ」
「まさにその武勇は軍神です」
「噂では毘沙門天の化身だとか」
「毘沙門天か」
仏教における四天王の一人多聞天のことでもある。仏の教えを守る戦う存在である、謙信はこの毘沙門天を崇拝しているのである。
「そういえばそうだな」
「その強さ、まさにです」
「戦をする為に生まれたものです」
「だからこそ相応しい」
信玄は座ったまま。また笑ってみせた。
「わしの相手にな」
「では。やはり」
「上杉謙信の相手をですか」
「わしがする。見ておれ」
こうしてであった。謙信が来るのを待つのだった。
そしてだ。本陣に黒い風が来た。
「き、来ました!」
「上杉謙信!」
「一気で!」
「我が名は上杉謙信!」
実際にこの声が響いた。
「武田信玄殿は何処!」
「ここに!」
自ら立ち上がった。その身体はだ。馬に乗った謙信と比べても全く遜色ないまでにだ。巨大な姿であった。
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