戦国異伝
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第十一話 激戦川中島その一
第十一話 激戦川中島
厳しい顔で濃い口髭を生やした男が本陣にいた。
大柄で逞しい身体をしている。強い光を放つ目は男らしい形をしている。顔立ちもだ。雄々しく風格を漂わせている。その男がいた。
全身を赤い鎧と陣羽織で包んでいる。兜は狐を思わせる白い毛で覆われていた。
その彼がだ。言うのであった。
「鶴翼十二段よ!」
「鶴翼ですか」
「ここは」
「そうだ、それで守れ!」
こう周囲に命じる。
「よいな、妻女山に向かっている軍は必ず帰って来る」
「ではそれまで」
「ここで耐えると」
「左様、わしも自ら戦おう」
男もだというのだ。
「この武田信玄、敵に遅れを取ることは決してない」
「はっ、それでは」
「我等も」
周りにいる赤い鎧の者達もその男信玄の言葉に応えた。見ればだ。
赤い鎧に赤い槍、赤い陣笠に兜、それに赤い旗である。何もかもが赤で統一されている。その軍が今だ。台風の如く動き襲い掛かる黒い軍勢と戦っていた。
「くっ、上杉め!」
「まさか我等を一気に攻めるとは!」
「何という男だ!」
「怯むな!」
信玄によく似ている。だが彼よりいささか若い男がここで全軍を叱咤した。
「ここで踏み止まり逆にだ!」
「逆に」
「どうされると」
「越後の龍を討て!」
こう叫ぶだった。
「よいな、越後の龍をだ」
「あの謙信をですか」
「ここで」
「そして越後を逆に手に入れる」
こうも言うのだった。
「我が武田のものにする。よいな」
「は、はい!」
「では!」
「生きるか死ぬか、ここで決まると思え!」
男は言いながら自らも剣を抜いた。そしてだ。
「武田信繁の戦い見せてくれる!」
「では我等も!」
「ここで!」
「敵の首を取れ!そして一兵でも多く倒せ!」
武田信繁の言葉は続く。
「世に聞こえた武田の力見せてやろうぞ!」
「おおーーーーーーーっ!!」
武田の士気は高い。まだ朝もやの残る戦場においてだ。彼等は戦い続けている。
その中でだ。一人の精悍な若武者がだ。一人の傷ついた男を助けていた。
「勘助殿、御無事ですか!」
「むっ、御主は」
色の黒い片目の小男を両手で担ぐ彼はだ。
「真田の」
「左様。真田幸村でござる!」
こう彼に答えた。
「山本勘助殿、お助けに参りました」
「何故御主が来た」
山本は苦い顔になり若武者に問い返した。
「わしはここで死ぬつもりだったのだぞ。それを何故だ」
「御館様の御命令です」
「御館様のか」
「はい」
そうだというのであった。
「だからこそです。参りました」
「馬鹿な、この度の戦いはだ」
山本は苦い顔になったまま言うのであった。
「軍師であるこのわしが。見誤ったうえでこうなっておるのだぞ」
「いえ、それは」
「そのわしが。何故助からなければならぬのだ」
これが彼の言葉だった。
「死して。最後まで戦い御館様に詫びるのだ」
「山本殿!」
その彼にだ。幸村の怒った声が響いた。
「命を捨てることなぞ何時でもできますぞ!」
「むっ!?」
「御館様が目指されているのは何でありますか!」
「御館様が」
「それは天下ではありませぬか」
それだというのである。
「そしてその天下を手に入れる為にはです」
「どうだというのじゃ」
「山本殿の御力が必要なのです」
幸村の顔がここでだ。優しいものになった。戦場には相応しくないまでにだ。
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