戦国異伝
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第百八話 茶の湯の南蛮人その五
「他の公家の方々にもお話しておくでおじゃる」
「その様に」
「お願いします」
「ただ。気をつけるでおじゃる」
近衛はフロイスを認めながらも忠告することを忘れなかった。その忠告は何かというと。
「麿達はいいでおじゃるが高田殿は違うでおじゃる」
「高田殿?」
「それに南禅寺の崇伝殿にもでおじゃる」
近衛はフロイスにこの二人の名前を出して注意を促す。
「麿達とは違い難しい御仁達でおじゃる」
「公家の高田殿でございますか」
「それに南禅寺の崇伝殿でおじゃる」
「どの様な方々でしょうか」
「どうも口では言いにくいでおしゃるが」
近衛は右手に持っている閉じた扇子を口元にやり眉もその口も顰めさせてそのうえでフロイスに語る。ここではそうなっている。
「得体の知れぬところが多い方々でおじゃるな」94
「得体が知れないとは」
「本朝には陰陽道というものがあるでおじゃるが」
「陰陽道とは」
フロイスがはじめて聞く言葉だった。それでつい目を丸くさせると利休が穏やかな声で彼に説明をしてきた。
「そちらのお国で言う魔術の様なものです」
「魔術ですか」
「本朝ではそれを政に入れておるのです」
「そうなのですか」
「そちらのお国ではそうしたことはありませんか」
「見つかれば異端審問にかけられます」
フロイスは顔を曇らせて述べる。実は彼はこの者達のことは好きではないのだ。それでこう言って顔を曇らせたのだ。
「そうなりますので」
「そうですか」
「あまり表立っては行なわれていません」
異端審問により何をされるかは言わないのだった。
「しかしそれでもです」
「行なわれておりますな」
「中にはおぞましい行いに走られる方も」
「といいますと」
「口に出すのも憚れますが」
フロイスはこう前置きしたうえで利休達に話した。
「生贄を。魔王に捧げ」
「なっ、生贄じゃと!?」
「何と」
これには近衛と山科が卒倒しかねんばかりの声をあげた。
「それは何とおぞましい」
「南蛮ではその様なことが行なわれておるでおじゃるか」
「この国ではその様なことは」
「生贄なぞもっての他でおじゃる」
「それは魔道に他ならぬものでおじゃる」
二人の公卿は血相を変えてフロイスに述べる。
「その様な術弓削の道鏡ですらしてはおらぬ」
「左様、邪法も邪法ぞ」
「陰陽道ではその様なことはしませぬか」
「本朝の陰陽道を何と心得ておるか」
「ご政道に魔道なぞ入れられる筈がない」
またこう言う二人だった。とにかくその様なことはないと普段の公卿独特の澄ました感じすら完全に消している。
「おぞましい。南蛮ではその様な術を使う者がご政道に関わるでおじゃるか」
「何という場所なのか」
「確かにそうした術を使う者がおります」
フロイスは嘘を言わない者だ。だからこのことも真面目に答える。
「ですがごく一部の者でそうした者も見つかれば処罰されます」
「当然じゃ。妖術ならまだ許せるでおじゃるが」
「魔道なぞあってはならぬもの」
「その様なもの、はびこらせては国が滅ぶわ」
「国の何もかもが腐れ落ちるわ」
「ではありませぬか」
あらためて言うフロイスだった。
「それは何よりです」
「フロイス殿、若しやと思うが」
近衛は真剣にフロイスを見据えながら彼に問うた。
「貴殿の同志にもそうした者が」
「おりませぬ」
フロイスははっきりと答えた。
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