戦国異伝
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第百七話 地球儀その五
「あの家のことじゃな」
「主の大友宗麟様はキリスト教に深く帰依されています」
「そのうえで寺社を否定しておるな」
「寺も神社も潰して回っております」
「耶蘇教は他の宗教を認めぬな」
「それは」
フロイスは信長の今の言葉には返答に窮した。それはその通りでありどうしても否定できないものがあった。
しかし彼は嘘を言わない、それで苦い顔になりながらもこう答えた。
「その通りでございます」
「そうじゃな」
「はい、どうしてもそうしたところがあります」
「そなた達の国のことは知らぬがな」
「この国ではですか」
「少なくともわしの領内でそうしたことはさせぬ」
やはり断固とした口調だった。
「よいな」
「わかりました」
「それさえ守ればよい」
他の宗教と認める、そうすればだというのだ。
「あと民を害さぬ様にな」
「その考えは毛頭ありませんが」
「堺で噂を聞いたのじゃ」
「噂?」
「南蛮の者が人を買って連れて行くとな」
信長は真かどうか確かめていないがこの噂をあえて話に出した。
「そうした噂があるのじゃ」
「確かに奴隷商人がおりますが」
「奴隷?奴婢か?」
信長はフロイスの奴隷という言葉からこの国では既に消え去っているこの者達の名前を出した。信長もこうした者達はよくは知らない。
「それか?」
「奴婢という者は知りませぬが」
「要するにこき使われる使用人か」
「身分は普通の民よりさらに下になります」
「では奴婢じゃな」
やはりこう言う信長だった。
「それじゃな」
「おそらく私が言うことと信長様の仰ることは同じでしょうが」
「それではよい。とにかく奴婢を売るつもりもない」
信長はフロイスにこのことを告げた。
「断じてじゃ。このことも先に述べたことも若し破れば」
「その時はですか」
「領内の耶蘇教は禁じる」
認めたがそれを撤回するというのだ。
「そうする。よいな」
「畏まりました」
「そう答えるということは御主にはそうした考えはないな」
「確かに神を信じてはいます」
遠い東の果てにまで布教に来たのだ。その熱意は尋常なものではない。
だがそれと共にだというのである。
「ですがそれでもです」
「わしの言ったことは守るか」
「例え何があろうとも」
フロイスは毅然として答える。表情もはっきりとしたものだ。
「約束は守ります」
「ならばよいがな」
「はい。それで今後のことですが」
「教会のことか」
「この都に築いても宜しいでしょうか」
「うむ、よいぞ」
都に築くことも認める信長だった。
「適当な空いている場所に築くがよい」
「ではお言葉に甘えまして」
「ただ今の都は場所がすぐに埋まる」
信長が都を掌握してから落ち着いたので人が戻ってきているのだ。都はかつての活気を取り戻そうとしているのだ。
だから場所もすぐに埋まる、信長はフロイスにこのことを言うのだ。
「急ぐ様にな」
「畏まりました」
「それにしても色々と賑やかになってきたのう」
「賑やかにですか」
「うむ、なってきたわ」
ここではにこやかに笑って言う信長だった。
「色々な者が来てのう」
「確かに。この都も」
「変わってきたであろう」
「前に来た時は無残なまでに荒れ果てていました」
応仁の乱から多くの戦乱があった。誰も治める者もなくそうなっていたのだ。
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