戦国異伝
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第百六話 二条城の普請その八
「それもありませんな」
「そういうことじゃ。己にこだわるのはじゃ」
「天下人としては」
「絶対にあってはならん」
己を捨てよというのだ。そのことについて。
「それよりもじゃ」
「普請は出来るだけせずに」
「それに尽きるものじゃ」
「そうですな。殿も」
「無駄な普請は一切されぬ」
林は信長のそうしたことも見て素晴らしいものを感じていた。つまりそこからも彼を深く敬愛しているのである。
「しかしそれをされるならば」
「民への気遣いを怠りませんな」
「それが殿じゃ。もっとも本朝ではな」
この日の本ではどうかというのだ。
「そうした権力の座にいる者はな」
「そういえばこれといっていませんな」
「聖武帝は大仏を築かれ桓武帝は平安都を築かれた」
「確かに大掛かりではありましたな」
大仏に至っては当時大帝国だった唐の則天武后が築こうとしたが諦めた経緯がある。しかし日の本ではそれができたのだ。
このことから当時のこの国の国力とまとまりも伺える。少なくともあの唐と比べても遜色のない程のものではあったのだ。
しかしそうした普請はどうだったものかというと。
「己の為にされたものではない」
「そうですな。どちらも」
「桓武帝は悪霊を恐れられたがな」
弟の早良親王の怨霊だ。暗殺事件に関わっていたとされているがこれを冤罪であるという主張はこの時代でも多い。
「それでものう」
「やはりご自身の為ではありませんでしたね」
「都は多くの者が住む場所じゃ」
「はい」
「それを築かれたのじゃからな」
「ご自身の為ではありませんね」
「本朝には始皇帝はおらぬ」
林は言い切った。はっきりと。
「ああした普請を好みかつ暴君もな」
「平清盛は如何でしょうか」
「実際は暴君でもなかったしのう」
むしろ温和で心優しい人物だった。何しろ継母の言葉で幼かった義経の命を救ったりしている程である。
「むしろ源氏じゃな」
「源頼朝ですか」
「あちらの方が酷いであろう」
林は源氏については辛辣な口調でこう言った。
「身内で殺し合ってばかりじゃったしな」
「そういえばそうですな」
丹羽も林jの言葉に頷く。言われてみればその通りだった。
「義朝の頃よりでしたな」
「その頃から源氏は相手に向かうよりまず身内で殺し合っておった」
「特に頼朝はですな」
「そうじゃ。木曽義仲といいな」
「義経といい」
「とにかく身内から殺していったわ」
「しかもその他にもですからな」
まず身内の命を狙う者が他の者の命を狙わない筈がない、実際に頼朝は奥州藤原氏等の他にも多くの豪族を滅ぼしている。
林もそういうことを知っている。それで今丹羽に言うのだった。
「わしはああいうことは好かぬ」
「戦国の世にあっても確かに」
「源氏程殺し合うとな」
「嫌なものがありますな」
「実際に源氏の血は絶えておる」
身内で殺し合いその結果に他ならない。源氏の嫡流の血は実朝を最後にして滅んでいるのである。これが現実だった。
「ああした家になってはならぬし」
「頼朝の様になってもですな」
「うむ、ならん」
林は両方共否定した。
「頼朝は暴君じゃった」
「異朝程でないにしてもですな」
「流石に始皇帝や煬帝の様な者はおらんかったがな」
その頼朝にしても始皇帝や煬帝程ではない、林もそこまでは言わない。
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