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戦国異伝

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第百五話 岐阜に戻りその十二


「それはな」
「それじゃ」
「ことは済めばというのですね」
「獲物がなくなった犬はな」
「煮られますね」
 明の古い、漢代の書だ。
「獲物がなくなると犬は要りませぬ」
「そして食われる」
 そうなることだった。それは。
「そうじゃな」
「はい、どうしてもそう考えてしまいますが」
「それならじゃ」
 信長はこうも言う。
「煮ぬわ」
「そうされるというのですか」
「あの者は韓信でもないしのう」
 その言葉を言った彼ではないというのだ。
「あ奴はあ奴じゃ」
「では」
「わしは一度用いた者は最後の最後まで用いる」
 信長らしい言葉だった。実に。
「そうするわ」
「そうですか」
「それにわしから見ればじゃ」
 ここでまた言う信長だった。
「あ奴、決してじゃ」
「悪人ではないというのですか」
「そう思うが違うか」
「それはとても」
 思えない、帰蝶の返事はこうだった。
「どうしても」
「まあしかしわしはじゃ」
「殿はですか」
「うむ、あ奴だけでなく一度用いた者はじゃ」
 こう言うのは変わらなかった。その考えもまた。
「そのまま用いる」
「最後まで、ですね」
「そこまで見極めて用いる」
 その才や気質をだというのだ。
「あの者も見極めたつもりじゃ」
「殿のお目は確かですね」
「御主も知っている通りな」
「ですか。では」
「わしを信じるか」
「はい」
 帰蝶は済んだ声で答えた。
「では」
「あの者もまた、とはいかぬな」
「殿は何があってもです」 
 信じられる、しかしだった。
「あの御仁だけは」
「そこまで言わぬ。しかし猿だけじゃ」
 松永について何も言わぬどころか親しく接しているのは。彼の弟の秀長いもそれはないのだ。
「半兵衛もな」
「殿に言われたのですね、竹中殿も」
「官兵衛もな」
 彼もだった。
「二人共隙があれば。口実を作ってでもな」
「殺せと」
「言っておるわ」
「やはりそうですか」
「誰もが言う。内蔵助なぞ何時でもわしの前に出てあ奴から身を守ろうとしておるわ」
「佐々殿らしいですね」
 織田家きっての忠義者の彼らしいというのだ。
「それは」
「そうじゃ。しかし猿は違う」
「それが私にはわかりませぬが」
「わしと同じものを見ておるのだろう」
 松永にそれを見たというのだ。
「だからであろうか」
「左様ですか」
「そういうことであろう。今度、いや明日にでもその猿と話すか」
 信長は茶を飲みながら述べる。
「そうしてみるとするか」
「では」
 帰蝶はもう多くは言わなかった。夫である信長を気遣いながらもいざという時は己もまた前に、と心の内に思っただけだ。そしてその次の日に。  
 その羽柴と話す。秀長も一緒だ。信長はすぐにその羽柴に問うた。 
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