戦国異伝
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第九話 浮野の戦いその十四
「闇の黒ですな」
「確かに。あの黒は」
「妙な黒でござる」
「兄上」
信広はいぶかしみながら次兄に告げた。
「やはり。ここは」
「いや」
しかしだった。信行は言うのであった。
「よい」
「?しかしです」
信広はいぶかしむ顔のまままた彼に言った。
「この黒は」
「よいではないか」
信行はまた言った。
「津々木だな」
「はい」
そしてだ。彼を見て問い男も言葉を返してきた。
「左様でございます」
「そなた、用いるとしよう」
男の目を見たまま言うのであった。その闇の着物を着てだ。髪も目も何もかもが黒くだ。そのうえ肌まで何か黒い。そうした男を見ながら言うのであった。
「これからな」
「有り難き御言葉」
「では兄上が戻られたならばだ」
信行は完全に自分で話を進めていた。
「その時にそなたをあらためて紹介しようぞ」
「御願いします」
「皆の者もそれでいいな」
信行はここで家臣達に尋ねた。
「それで」
「勘十郎様がそう仰るのなら」
「我等は」
家臣達はいぶかしむ顔であった。だがそれでも信行のその問いに答えるのだった。
「それで異存はありません」
「ではこの者用いられるのですね」
「どうやらかなりの者だな」
信行はその津々木を見ながら満足した面持ちであった。
「頼りにしているぞ」
「では」
「おかしい」
しかしであった。その信行を見て誰もが異様なものを感じていた。
そのうえでだ。この議の後で彼等は信広を中心にして集まりだ。こう話をするのであった。
「あの津々木という者ですが」
「あまりにも妙です」
「それがしもそう思います」
「拙者もです」
口々にこう信広に対して話すのだった。
「それに信行様もです」
「普段とは明らかに違います」
「あの者の目を見た途端に何かに魅入られたようにです」
「急に御様子が変わられました」
「そうだな」
信広も怪しむ顔で家臣達の言葉に応える。
「あの者、どうにかして遠ざけたいがな」
「ですが信行様のあの御様子ですと」
「それは難しいかと」
「やはりここは」
「兄上に伝えておこう」
信広はこう決断を下した。
「それがいいな」
「そうですね、それではです」
「これから殿に」
「そうする。よいな」
「はっ、それでは」
「その様に」
家臣達は信広のその断に頷いた。こうしてその津々木のことが信長の下に伝えられるのであった。
しかしそれが伝わるのはまだ先だった。その間にも信行の異変はだ。次第に深いものになろうとしていた。
第九話 完
2010・9・17
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