戦国異伝
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第九十八話 満足の裏でその六
「おおむねは中庸がよいのです」
「極端になるとのう。かえって駄目じゃな」
「試しに崖の橋を渡る時にですが」
「うむ、片方に寄り過ぎては危うい」
「その通りです。非常に危ういです」
平手は信長に対して言っていく。儒学にあるその中庸のことをだ。
「ですからそれを避ける為にもです」
「中庸じゃな」
「そして複数の勢力がある場合は」
「一方に偏らずにじゃな」
「どの勢力とも共にです」
関係を築いていくというのだ。一方だけでなくだ。
こう言ってだ。あらためて信長に話したのである。
「それが要点です」
「そうじゃな。しかしじゃ」
「しかしですか」
「若し公方様が怒られればじゃ」
その時はどうなるかというのだ。朝廷については特に考えてはいなかった。
「その時はどうするかじゃな」
「その時は機嫌を取りましょう。それが一番です」
「やはりそれがよいな」
「それと幕府ですが」
平手は話を変えてきた。今度の話はというと。
「最早幕臣は増えぬでしょう」
「そうじゃな。最早な」
「幕府には禄がありませぬ」
これまでの乱でだ。完全に力をなくしてしまった結果だ。
「それではです」
「入ろうという者もおらんな」
「やがて幕府はこのまま枯死しかねませんが」
「それを助けることも必要じゃな」
「その通りですな。幕府は織田家にとっては」
「旗じゃ」
それだというのだ。幕府そのものがだ。
「天下統一の為のな」
「結果としてそうなります」
「そうじゃな。では幕府には銭、そして米を出そう」
「どれだけ出されますか」
「公方様が言われるままじゃ」
向こうが言うだけだとだ。信長は大きく言った。
「そうするとしよう」
「はい、それでは。ただ」
「また公方様のことじゃな」
「あの方はこうしたこと。銭や米のことになりますと」
彼等にとっては小さいことだった。この場合では。
「妙に大きな数を言われますので」
「そのことか」
「今の織田家にとっては大したものではありませんが」
「しかしじゃな」
「どうなのでしょう。こうした時には小さな数を申されると」
「かえって怖いのう」
「はい、こうしたことを小さく言われる方が怖いです」
銭や米、このことはだというのだ。
「明が秦といった頃ですが」
「あの頃か」
「はい、その時の将軍ですが」
「何といったかのう。王とかいったな」
「その将軍でしたな」
「そうじゃ。その者がじゃったな」
「貪欲に徹しました」
平手は言うがだ。ここでこう言い加えた。
「しかしその貪欲は芝居でしたが」
「うむ、あの疑い深い始皇帝から疑われぬ為にな」
「その為でした」
「小さな欲、褒美への欲を露骨に見せて始皇帝に疑われぬ様にした」
そちらにばかり目がいっており玉座やそうしたことは望んでいないということをあえて見せたのである。その者はそこまで考えて始皇帝にあえて貪欲さを装ってみせたのだ。これは知恵だった。
だが義昭はだ。どうかというのだ。
「ですが公方様は」
「そのままじゃな」
「はい、ありのままの欲です」
装いではなくだ。そのままのものだというのだ。
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