戦国異伝
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第九十六話 鬼門と裏鬼門その十二
「何でもありませぬ」
「左様でござるか」
「はい。特に何もありませぬ」
こう言って誤魔化してだ。闇という言葉は打ち消したのだった。
そのうえでだ。あらためてこう述べたのである。
「とにかく蠍だと」
「よく呼ばれておりまするな」
「蠍は毒がある異形の虫です」
禍々しい姿をしていることで知られている。この国にはいないが書等でその姿はよく知られているのだ。書からは多くのものが学べるのは確かだ。
「それだと言われますな」
「蠍もよく知りませぬが」
「だからですか」
「はい、実は蠍と言われましても」
松永を恐れることも忌み嫌うこともないというのだ。松永はこれまで生きてきて恐れられ忌み嫌われてきてばかりだったがそうではないというのだ。
「これといって感じませぬ」
「殿もその様ですが」
「殿は大器ですからな」
羽柴は信長については笑顔でこう言えた。
「いや、どうやら天下統一の折は」
「その折はといいますと」
「龍も虎も獅子も加えられそうですな」
「まさか」
その誇り高き獣達が何かは言うまでもなかった。この天下にあっては。
「それは」
「はい、出来ると思いませぬか」
「天下統一だけでもかなりものですが」
そして治め太平をもたらす、だがそれだけではないというのだ。
「それに加えて緒家となると」
「相当なものですな」
「殿は確かに大器。そして」
松永はさらに言っていく。
「そこまで途方もない方ならば」
「どうなるでしょうか」
「それがしも入ることができますな」
そのだ。大器の中にだというのだ。
「そうなりますか」
「無論」
屈託なくだ。羽柴は笑顔で松永に答える。
「誰でも入ることができますぞ」
「左様ですか。実は」
ふとだ。松永は誰も見たことのない顔になった。
それは過去を見る顔だった。彼の過去を。
そしてその顔でだ。こう羽柴に言ったのである。
「それがしも出たいと思っていました」
「出たいとは」
「それがしのいる場所から。そして」
松永はその顔でさらに言っていく。彼のその過去を見る顔のままで。
「光のある場所にです」
「光ですか」
「黒もまた色ですな」
ふとだ。松永は羽柴に色の話をしてきた。
「そうなりますな」
「黒といえば上杉家ですな」
「はい、あの家は自家の色をそう定めていますな」
「左様ですな。黒も確かに」
色だとだ。羽柴は答える。
「色です」
「そうですな。間違いなく」
「しかし色が何か」
「黒と闇は違います」
松永は羽柴の問いにこう返した。返答ではないが彼はこう言ったのだった。
「黒は色ですが闇は色ではありませぬ」
「闇はでございますか」
「闇は無明。黒は色ですが」
「色は明の中にあるのですな」
「左様でございます。まつろわぬ者のものではありませぬ」
「まつろわぬ者?」
そう言われてもだ。自分で言う通り学やそうしたことには縁のない羽柴は首を捻るばかりだった。彼とても人であり不得手なことはどうしてもあるのだ。
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