戦国異伝
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第九十四話 尾張の味その七
「しかも主家の三好も中から食い破った。そういう者じゃぞ」
「それで、ですか」
「そうじゃ。許してはおけぬ」
義昭は怒りを露わにして信長に告げる。
「即刻打ち首じゃ。わし自らそうしてもよいぞ」
「いえ、先程も述べさせてもらいましたが」
「そう言うのか」
「はい、ここは信長にお任せを」
信長もこう言って引かない。物腰は丁寧だがそこには断固としたものがある。
「そうして頂けると何よりです」
「どうしてもと申すか」
「若しもまた罪を犯せば」
その時にだというのだ。
「この信長が断を下します。それで宜しいでしょうか」
「ううむ」
「その時に公方様に差し上げますので」
松永の命、それをだというのだ。
「それで宜しいでしょうか」
「わかった」
苦い顔だがそれでもだ。義昭も遂に頷いた。
そしてそのうえでだ。こう信長に言ったのだった。
「では次じゃぞ」
「はい、次に」
「次に罪を犯せばわしが斬る」
まさにだ。そうするというのだ。
「それでよいな」
「畏まりました」
「ではその者はそれでよい」
どうせまたすぐに罪を犯すと見てだ。義昭はよしとした。これで松永についての話は終わったがそれとは別にだ。義昭は信長にこう言ってきたのだった。
「それでじゃが」
「今度は何でしょうか」
「御主は将軍の権威を取り戻し多くの国に泰平をもたらした」
この功績は義昭もわかっていて認めていた。
そしてその功績に対してだ。こう信長に言ったのである。
「好きなものをやろう」
「といいますと」
「副将軍でも管領でも好きなものを言うがいい」
鷹揚な態度を見せてだ。義昭は言う。
「何でもな」
「幕府の役職ですか」
「そうじゃ。好きな役職に就いてもよいぞ」
義昭は上機嫌そのものの顔で言っていく。
「複数兼ねてもよい。何しろ御主はわしの父に等しいのだからな」
「何と」
義昭の今の言葉にはだ。信長だけでなくだ。
織田家の家臣達も幕臣達も唖然となった。場の空気が変わった。
しかし義昭はそれに気付かずにだ。信長にさらに言うのだった。
「何しろわしを将軍にしてくれたのだからな。父と呼ぼうか」
「いえ、それは」
今度は即座に、しかも驚きを隠せない顔でだ。信長は義昭に答えた。
「遠慮致します」
「よいというのか」
「それがしは上様と然程歳が離れておりませぬ」
確かに信長の方が年長だ。だが。
兄ならともかく父とするにはあまりにも年齢が離れていた。しかも自分を父と呼ぶとはとても想像できるずにだ。信長は唖然としたまま言うのだった。
「ですからそれは」
「よいというのか」
「はい、遠慮致します」
信長はあくまでそれを断った。
「そうさせてもらいます」
「ふむ。御主は遠慮深いな」
役職のことと合わせて言う義昭だった。
「実にな」
「左様ですか」
「管領なぞ誰でもなれるものではないぞ」
「管領は既に細川家があります故」
幕臣の筆頭格であるだ。その家があるからだというのだ。
「ですからそれは」
「遠慮するというのじゃな」
「そうさせて頂きますので」
「わかった。ではよい」
義昭も結局それは認めた。再度という形で。
だが幕府としても彼としても褒美をやらない訳にはいかない。朝廷も信長には褒美を授けている。幕府としてもそうしない訳にはいかないのだ。
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