戦国異伝
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第九十四話 尾張の味その五
「そんなものには興味がない」
「左様ですか」
「わしはあくまで天下の統一を目指しておるのじゃ」
それならばだった。
「今更幕府の権威に頼るつもりもない」
「ご自身で、ですな」
「そうするつもりじゃ」
信長は断言した。
「わし自身でじゃ。それにじゃ」
「それにとは」
「ううむ。こう言ってはいかんが」
難しい顔になったのだった。ここで。
そしてその顔でだ。信長は述べた。
「義輝公とは違うのう」
「ですな。確かに」
林も義輝のことは知っている。信長について上方を回ったあの時に会っているのだ。それはここにいる他の多くの者にしても同じである。
それでだ。彼もまた主に同意して言うのだった。
「あの方は潔いはっきりした方でしたが」
「常に表に立たれていたな」
「はい、毅然とされていて」
「わしはあの方は好きだった」
信長は残念そうに述べた。その間松永はただ平然としている。
「しかしじゃ」
「あの方はちと違いますな」
「うむ。義昭様は似ておらぬな」
義輝にだというのだ。
「それも全くな」
「そこは注意せねばなりませんな」
「義輝様はわしを信じて下さったからのう」
それも信長にとっては嬉しかったのだ。信用されて嬉しくない者なぞいない。それで彼も義輝については好意を抱いてすらいたのだ。
だが義輝への好意と義昭への好意は違う。それで彼は言うのだった。
「義昭様はどうじゃろうな」
「そのことですが」
細川だった。彼が出て来て言ってきた。
「公方様は信長様を信用されておられます」
「左様か」
「はい、そのことは間違いありません」
「だとよいがな」
信長はそう言われて内心は隠すことにした。ここにいる細川も明智も口外しないことはわかっているがだ。とりあえずそれは隠したのだ。
「しかしそれならばじゃ」
「はい、そういうことで」
「うむ。それではな」
「それにしても」
林はふと細川達の顔を見た。そうして。
そのうえでだ。彼等の服も見て言うのだった。
「今日の細川殿達の服ですが」
「何か」
「そうですか。その服ですか」
「そうです。我等は幕臣ですので」
彼等だけは青ではなかった。織田家の色の服は着ていなかった。
地味な色の服である。その服の彼等を見て言うのだった。
「それで礼装も」
「そうさせて頂きます」
「では席もですな」
「無論幕府の側におります」
幕臣としてだ。そうするというのだ。
「そうさせて頂きます」
「ふむ。そういえば幕府の色じゃが」
信長は細川と林のやり取りを見届けてから述べた。
「ないのう」
「そうですな。尊氏公の頃よりそうした色というのは」
「つけてはおらぬな」
「昨今になってだと思いますが」
「確かに。戦国になってからじゃな」
しかも近頃になってからだった。特定の家が色を付けるようになったのは。
織田家は青であり武田家は赤だ。徳川家は黄色だ。それぞれそうなっている。
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