戦国異伝
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第九十三話 朝廷への参内その七
その青の織田家にだ。帝はというのだ。
「では。是非共じゃ」
「帝の衣をそれがしが」
「着るとよい。あと南蛮の宣教師から面白いものを貰っておる」
「南蛮の?」
「そう。南蛮のじゃ」
それもだ。信長に下賜されるというのだ。
「それも渡したいが」
「南蛮のものといいますと」
「近衛、よいか」
「はい」
近衛はまた帝に応えた。そうしてまただった。
一人の女官があるものを持って来た。今度はというと。
また衣だった。だが今度の衣は妙なものだった。表はみらびやかな金で裏は銀だ。その二色で輝いている。色だけでもかなり違っている衣だ。
だがそれと共にだ。普通の衣では到底ない部分があった。それは。
「袖がありませんな。これは」
「知っているか」
「マントですな」
それだとだ。信長は帝に話した。
「それですな」
「そうか。知っているなら話は早い」
「これもまたそれがしに」
「渡そう」
下賜されるというのだ。
「着るがよい」
「衣を二つもそれがしにとは」
信長も驚きを隠せなかった。帝から衣を賜ること自体が非常に名誉なことだ。しかもそれが一着ではなかった。二着も承ったのだ。それでだ。
言葉を失いそうになった。だが気を保ち何か言った。その言葉は。
「有り難き幸せ。是非着させてもらいます」
「それと。後は」
次は官位だった。あらためてそれも授けられたのだった。この間信長は礼節を崩さない。見事なまでに。
その見事な礼節を見てだ。公卿達もひそひそと話す。その話は。
「うつけと聞いておりましたが」
「どうやら違いますな」
「礼節も弁えておりまする」
「気品もありますぞ」
信長の顔を見ながら話すのだった。
「これはどうやら」
「そうですな。稀代の傑物でござろう」
「尾張の蛟龍とはまことでござったか」
「文武二道、智勇兼備の御仁でござったか」
「その様ですな」
「おのおの方」
帝の御前である。それで近衛が彼等に注意をした。
この言葉だけで充分だった。彼等も黙った。そうしてだった。
帝は信長に対してだ。こう言ったのである。
「ではまた会おうぞ」
「はい、そしてその時は今よりもです」
「天下を安らかにしてくれるか」
「手に入れた国を治めてみせましょうぞ」
「楽しみにしているぞ」
帝はそのお顔を綻ばさせておられた。そうしてだった。
信長は家臣達と共に深々と頭を下げそのうえで帝の御前から消えた。官位を授かるのは信長自身想定していたことだ。だが、だった。
問題は二つの衣だ。朝廷を退く時に林が驚きを隠せぬ顔で信長に言ってきた。
「いや、恐れ多いことですな」
「御主もそう思うか」
「はい、全くです」
林は声にその恐れ多いという気持ちを出していた。
「ただ。礼服にその南蛮の」
「マントじゃな」
「はい、それもとは」
マントのこともだ。林は言うのだった。
「おそらく帝が伴天連の者から献上されたものでしょう」
「そうであろうな。そしてそれをわしに下された」
「まことに恐れ多い方です」
「わしは帝に大きな恩ができた」
信長はあらためて言う。帝の御前から下がる廊下のその途中で。
「これはやはりな」
「朝廷への献上金をですか」
「うむ、伊勢神宮もじゃ」
皇室の祖である天照大神を祭っている社だ。本朝随一の社と言っていい。
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