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戦国異伝

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第九十二話 凱旋の後その十一


「あの御仁はそう簡単には裏切らんぞ」
「いえ、これまでのことを見ておると」
「それは信じられませぬ」
「ここぞという時に仕掛けてきましょう」
「そう思うから余計に駄目なのじゃよ」
 羽柴はその三人にまた言った。
「よく見ておくのじゃ」
「いや、それでもです」
「どう見てもあの者は信じられませぬが」
「やはり危険です」
「そう言うか。面白い御仁じゃがのう」
 羽柴、そして信長だけはだった。松永に対して何の警戒も見せていなかった。そうしてそのうえで松永をかえって興味深そうな目で見てだ。そのうえで考えていたのだった。
 松永は服を着て本能寺の庭に出た。高い壁に覆われた庭は白い砂と石で奇麗に整えられている。月明かりに照らされているその庭に出るとだ。不意にだ。
 何かが出て来た。それは影だった。影達は松永の後ろからこう囁いてきた。
「織田家はどうか」
「上手に忍び込んでいる様だが」
「織田家の中で大丈夫か」
「警戒されてはおらぬか」
「ははは、警戒されているどころではない」
 松永は己の後ろにいる影達に含み笑いで返した。そのうえでの言葉だった。
 月の白い光を浴びその下で腕を組んでいる。その姿勢で彼は言うのだった。
「少しでもおかしな動きを見せればじゃ」
「後ろからか」
「後ろから斬りつけてきかねぬか」
「そうした状況なのじゃな」
「うむ。危ういのう」
 こうは言ってもだ。松永は全く動じてはいなかった。
 そしてそのうえでだ。こう言うのだった。
「しかしそれでこそじゃ」
「楽しいというか」
「そう言うのか」
「危険であればあるだけのう」
 楽しいとだ。松永は言っていく。
「だから今は楽しんでおる」
「全く。趣味の悪い男じゃ」
「何時斬られてもおかしくはないというのにな」
「それをかえって楽しむか」
「そう言うのか」
「その通りじゃ」
 腕を組みそうして月の光を浴び続けだ。松永は言っていく。
 今度はだ。こんなことを言ったのだった。
「それでじゃが」
「今度は何じゃ」
「一体何を言うのじゃ」
「信長殿は面白い方じゃな」
 言ったのはこの言葉だった。するとだ。
 その言葉を聞いたその瞬間にだ。影達は一斉にこう返してきた。
「馬鹿な、何を言うのじゃ」
「織田信長は我等の敵ぞ」
「その敵を面白いと言うのか」
「一体どういう了見じゃ」
「だからじゃ。わしはじゃ」
 また言う松永だった。
「あの方を個人的に気に入っておるのじゃ」
「御主個人としてか」
「そうだというのか」
「そういうことじゃ」
「わからぬのう。魔界衆じゃぞ」
「そうじゃ。我等は魔界衆ぞ」
 これが彼等、何時の間にか出て来た影達の言葉だった。
「それで何故じゃ」
「何故あの男を気に入る」
「日輪を気に入るのじゃ」
「日輪か。我等にとってはじゃな」
 松永はここで上を見上げた。そのうえでの言葉だった。 
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