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戦国異伝

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第九十二話 凱旋の後その九


「よいな。そうせよ」
「何と、風呂まで用意して下さるとは」
「有り難い心遣いです」
「風呂は身体だけでなく心も奇麗になる」
 ここでは湯の風呂のことだった。蒸し風呂ではなくそちらだ。
 その湯の風呂についてだ。信長は笑って言うのだった。
「蒸し風呂もそれはそれでよいがな」
「ううむ。確かに湯の風呂は疲れも落ちますし」
「ようございますな、身体にも心にも」
「今から入れ。わしはもう入った」
 信長は既に入ったと言う。彼は奇麗好きであり風呂も欠かさない。そこで垢を落とし身奇麗にして身体だけでなく心も和ませるのだ。
 その風呂にだ。家臣達も入れと言うのである。家臣達もそれに頷いてだった。 
 それぞれ風呂に向かう。信長は彼等を見送ってからだ。己の左右に控える小姓達に述べたのだった。
「さて、それではじゃ」
「はい、殿はこれでお休みですね」
「そうされますか」
「そうする。あの者達も風呂から出たら休むしのう」
 だからだというのだ。
「明日に備えて。今日は皆ゆっくりと休むのじゃ」
「帝の御前にですね」
「赴かれる為にも」
「そうじゃ。帝の御前に汚い姿で出ることはできぬ」
「ですね。それはです」
「絶対になりませんね」
「わしだけではなくあの者達もじゃ」
 家臣達一同も信長の供で帝の御前に出るならばだ。それも当然のことだった。 
 こうした話をしてだ。信長はあらためて小姓達に告げた。その言葉は。
「奇麗にさせて。すっきりとした身なりで帝の御前じゃ」
「では殿、これよりお床に」
「そちらに向かいましょう」
「久し振りに屋根の下で寝るのう」
 信長は今度は楽しげに言った。
「ではな。寝るぞ」
「はい、それでは」
「今より」
 小姓達も応えてだ。そのうえでだった。
 信長は用意されていた己の床に入り休んだ。そうしてだった。
 家臣達は風呂で湯舟に浸かったり髪や身体を米の研いだものや手拭いで洗い清めていた。そうして身体も心も奇麗にしながらだ。こんな話をしていた。
「何じゃ猿、御主身体は小さいが」
「また随分逞しい身体じゃのう」
 坂井と原田が羽柴をそれぞれ左右から見て言っていた。
「筋肉ばかりではないか」
「毛はないから余計に目立つぞ」
「いやあ、戦場にいて駆け回っておりますので」
 それでだとだ。羽柴は二人にいつもの愛想めいた笑いで返した。右手は頭の後ろに置かれた。
「さすればです」
「確かにのう。わし等も戦場におるからな」
「自然とこうなるな」 
 そう言う坂井と原田もだった。その身体は逞しい。しかもあちこちに切り傷や刺し傷がある。ただ戦場を駆け巡るだけでなく命のやり取りもしてきたのがわかる。
 見ればどの者も身体には傷がある。特にだ。
 柴田と佐久間の傷が多かった。そのそれぞれの年齢を感じさせぬ逞しい身体にある傷を見てだ。中川と蜂屋が唸る様な顔になり言うのだった。
「お見事ですな。そこまで戦われるとは」
「まさに槍に生きておられますか」
「ははは、わし等も確かに傷は多いがのう」
「平手殿はもっと凄いぞ」
 二人は笑って平手の名前を中川と蜂屋に述べた。 
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