戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第九十話 堺衆その七
幾分望む感じでだ。こう利休に言うのだった。
「しかし。できれば」
「信長様の本陣でもですか」
「見てみたい。この茶は果たして一つなのか」
「茶の道は一つです」
まずはこう答える利休だった。
「その道は一つです」
「そうか。それではだ」
「しかし茶は生きています」
「茶が!?」
「はい、生きております故」
それでだというのだ。
「ですからそれぞれです」
「作法があると」
「いえ、作法は一つです」
それはだ。一つだというのだ。
「決まったものがあります。しかしです」
「それでも茶は生きていて」
「そうです。その時その場によって変わるものなのです」
「それだけ深いものだというのか」
「私はこれまで茶の道に入ってきました」
利休はその深い目で遠くを見つつ述べた。
「ですがそれでもです。まだ入り口にも入っておりません」
「茶の道に入っても」
「そうです。入り口にもです」
まだだ。入ってもいないというのだ。
「そこまで深いものなのです」
「信じられぬな」
ヨハネスはそうした利休の話を聞きだ。唸る様にして述べた。
「そこまで深いものがあるとは」
「そうなのです。茶の道に限らずどの道もです」
「そこまで深いものだと」
「その通りです。それではです」
「それでは、か」
「信長様の御前でもです」
利休は倣岸ではない。だが卑屈でもなかった。
堂々と、それでいてそこに謙虚な、まさに人間としての圧倒的なまでの深みを見せながら話していく。そうしてその話を聞いてだ。羽柴もだった。
唸った。彼もそうしたのだ。
「ううむ、どうやら利休殿は」
「何でしょうか」
「巨人ですな」
こう評したのだった。利休を。
「まさにそうですな」
「私は巨人ですか」
「左様、ただ身体が大きいだけではありませぬ」
小柄な羽柴から見れば余計にそうだ。だがここで言うのはそうしたことではなかった。
その人間を見てだ。羽柴は利休に言っているのだ。そうしてだった。
今度はだ。こう彼に言ったのである。
「器が違いますな」
「私の器ですか」
「左様、巨大な器を持っておられますな」
「有り難きお言葉。ですが」
「それでもだと」
「そうです。私は己の器も求めてはおりませぬ」
求道者、そして真に器の大きな者の言葉だった。
「求めているのはです」
「茶ですな」
「そうです。茶の道です」
まさにだ。それを求めているというのだ。
「それの果てを見ることを求めております」
「ではそれがですな」
「それがとは」
「利休殿の天下ですな」
彼もまた天下を望む者だとだ、利休は看破してみせたのだ。
そしてその言葉を受けてだ。利休もこう言った。
「天下は一つだけではないと仰るのですか」
「道にもそれぞれ天下があると見受けますか」
「そうだとすればそうなのでしょう」
利休は肯定しなかった。だが否定もしなかった。
「茶の道にもまたです」
「やはり天下がありますか」
「私はそれを求めております」
利休は静にまた述べた。
「ただ。それだけでございます」
「左様でござるか。それでは」
「はい、信長様の御前で茶を淹れたく存じます」
自分からだ。言ったことだった。
ページ上へ戻る