木の葉芽吹きて大樹為す
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若葉時代・慰霊祭編<前編>
各一族の中で若い衆を集めて、森の中の開けた草原に祭りの会場を設けさせる。
空区でも伝手のある商人達に話を通して、出張店舗と言う形で無数の屋台を設置する。
若い女性達を中心に出店で扱う食品の管理から、子供達の好きそうな玩具のアイデア作り。
当日の警備体制や、お互いの一族同士の交流を含めた顔合わせまで。
やるべき事をやって、そうして。
急に決まった事にも関わらず、無事に一月後の満月の晩に祭りは開かれた。
*****
「こんばんは、柱間様」
「こんばんは。ビワコちゃん、久しぶりだね!」
一番最初に会場に足を踏み入れた私を出迎えてくれたのは、猿飛一族のビワコちゃんだった。
会場のあちこちにいる子供達は各々一張羅を着込んで、女の子達はそれぞれおめかししている。
「あれ? ヒルゼン君は?」
「ヒルゼンなら志村のダンゾウと張り合って、もう祭りを回っています。全くもう、これだから男は……」
――ふ、と溜め息を吐くビワコちゃん。
凄いな。ヒルゼン君と同い年だと言うのに、全然大人びて見える。
女の子の方が成長が早いと言うが、その通りだったんだな。
感心していたら、背後から威勢のいい声がかけられた。
「よう、千手の大将! すげー賑わってんな。うちの餓鬼共も大喜びだぜ」
「我々の一族も同じだ。何故ならこの様な大規模な祭りは生まれて始めてだからだ」
「犬塚殿、油女殿!」
犬塚殿は足下に相棒の忍犬達を、油女殿は手にした籠の中に珍しい虫を。
あまりにも彼ららしくて、思わず笑った。
「すげーよな。これ、お前のアイデアなのか?」
「前々から祭りを開きたいと思って、計画書だけは提出済みだったからね。滞り無く進んだよ」
前世知識の中に残る、祭りの数々。
それらを元に暖めていた計画は、今晩ようやく日の目を見た事になる。
前世の、もう一人の私がよく楽しんでいた別世界の祭り。ありとあらゆる娯楽は、まず間違いなく訪れた子供達を虜にし、大人達も浮かれた空気に心を弾ませている。
「なるほど見事なものじゃ。いつもいつも柱間殿には驚かされるわい」
「全くじゃな、日向の長老」
犬塚殿達とは反対方向からやって来たのは、歴戦の忍びコンビ。
日向の長老殿と志村の旦那だ。
ふさふさとした白い眉毛の下より覗く長老殿の薄紫がかった白い目が、物珍しそうに祭りを眺めた。
「初めに慰霊祭の事を其方に告げたのは我々じゃが、まさかここまでの物にするとはのぅ」
「恐れ入ります」
感嘆の響きが込められた賞賛の声音に、思わず照れる。
厳しいとこもあるこの御仁に誉められると、認められた様で物凄く嬉しい。
「簡単に言ってくれていますが……ここにいたるまでどれほど我々が柱間殿に振り回された事か……!」
「僕は面白かったけどねぇ」
「諦めろ、山中の。あいつはああ言う奴だろうが」
聞こえて来た怨念めいた声に、全員で振り返る。
その先に並んでいたのは猪鹿蝶トリオこと、山中・秋道・奈良の御三家の頭領達。
やけに疲れた顔の山中殿と幸せそうな秋道殿、それから諦め切った表情の奈良殿とえらく対照的である。
「酷いですよ、ご老体。柱間殿の相手をオレ達に押し付けるだなんて……!」
「仕方なかろう。あやつの勢いは老骨には堪える。まだ若さもチャクラも有り余っとるお主らに任せるのが一番じゃ」
志村の旦那の言ってる事が何気に酷いと感じるのは私だけだろうか?
頭領集と別れて、祭りの活気を居心地良く感じながら会場内を好き勝手に回る。
どこの子供達も楽しそうで、その様を眺めているだけで思わず顔が綻んだ。
通りの右側に設けられた飴細工を扱った露店前には秋道の子供達が物欲しそうな視線を寄越し、隣の果物の糖蜜漬けのお店では、奈良家の子供達が買うか買わないかを相談している。
氷を削ってシロップをかけた氷菓子の屋台では山中の子供達が早速購入して、珍しい菓子に舌鼓を打っていた。
「ほら。これでも飲んで口直しなさいよ」
「す、すまない。ビワコ……」
「残念だったな、ヒルゼン」
「酷いぞ、ダンゾウ!」
外れ有りの蒸かし饅頭に食いついて、早速外れに当たったヒルゼン君。
彼が饅頭に食いつくまで見守っていた皆が笑って、外れを引き当てたヒルゼン君へと同情の言葉を贈る。
その隣で素知らぬ顔で安全な饅頭に口を付けたダンゾウ君だって、なんだかんだ言いつつも口元が笑んでいる。
そして、菓子が陳列された露店の反対側。
左方へと配置された店では、主に玩具や子供向けの忍術書を取り扱ったお店が建ち並ぶ。
くじ引き屋では、日向一族の子供達が幼いながらも白眼を発揮して、店主に悲鳴を上げられ、華やかな細工物を取り扱ったお店では、各一族の女の子達が並んでは黄色い声を上げる。
水風船の屋台では、真剣な顔の油女の子が犬塚の子の茶々を受け、折角取った水風船を取り落とした。
「——あれ? あそこにいるのって」
射的屋、と看板がかけられた店がやけに賑わっているのに気付く。
騒ぎに引き付けられる様にして足を進めると、見知った顔に出くわした。
「これは、柱間様……!」
「こんばんは、ヒカクさん。楽しんでいただけていますか?」
「はい。うちはの子供達も、大はしゃぎで……。彼らの子供らしい所を久方ぶりに見た気がします」
なら、良かった。祭りを開いた甲斐があった物だ。
――ところで何を騒いでいるのだろう?
「あーん。また失敗した!」
「へったくそだな、おまえ。それでもうちはかよ」
黒目黒髪の、整った容姿の子供達。
服の背中の『うちわ』紋もあって、一目で識別出来る。
「うるさいなぁ! そこまでいうならカガミもやってみたらいいんだ!」
「言ったな!」
柔らかい素材で出来たクナイの形の玩具を投擲して、標的に当てると言うお店らしい。
クナイと言う所が如何にも忍者らしいと言うかなんと言うか。
「ほーら! 失敗したじゃない」
「うるさいな、今度は当てる!!」
店主のおじさんがニヤニヤとした顔で見守る中、投じられたクナイは当たりはしたが、標的である兎のぬいぐるみは微かに揺らいだだけだ。
本物のクナイであるならば兎も角、この玩具のクナイでは軽すぎるし材質が柔らかすぎる。
よっぽどの力を込めて、尚かつ当たりどころが良くない限り、あのぬいぐるみを手に入れる事は難しいだろう。
「残念だったな、お嬢ちゃん達。そら、最後の一本だ。泣いても笑っても、これで最後だぞ」
「そんなぁ……」
どうやらうちはの女の子がぬいぐるみが欲しいと言い出して、それに付き合う形でカガミ少年がいるらしい。
今にも泣き出しそうな少女を見つめて、カガミ少年が困った様に視線を泳がせた。
困った様に手の中の玩具のクナイに視線を落として、次にカガミ少年は陳列されている兎のぬいぐるみを見やる。
一見簡単そうに見えるこの遊戯の、意外な難しさに気付いたのだろう。彼の唇は固く結ばれている。
「おじさん、おじさん。この遊びはちょっと不公平じゃないのかい?」
「そんなことはねーよ! 何てったって、天下のうちは一族相手だ。このくらいのハンデはあってもいいだろうよ」
同じ事に気付いた道行く忍びの一人がおじさんに声をかけるが、軽く一蹴される。
でも、あれだよね。実はかなり不公平な勝負であると言う事を言外に宣言している様な物だよね、今の一言って。
「それとも、こんな簡単な遊びも出来ないのかい? 大した事無いなぁ、うちはも」
「何だと!」
「何ですってぇ!!」
自分達の一族を馬鹿にされたと感じたのだろう。
カガミ少年とうちはの女の子が写輪眼を発動させて、恐ろしい顔で店主のおじさんを睨む。
隣で成り行きを見守っていたヒカクさんも、少々不愉快そうに顔を顰めている。
全く。楽しんでもらうために計画した祭りだと言うのに。
軽く溜め息を吐いて、そうしてすっかり慣れた気配に軽く口元を綻ばせた。
「やあ、マダラ。お前も来てくれた様で嬉しいよ」
「……務めだからな」
鎧を脱いだだけの普段通りの格好で、背後から歩いて来たマダラへと声をかける。
振り向いた先のマダラの顔は相変わらずの仏頂面である。折角の祭りなのだから、楽しめばいいのに。
「お前達、何をしている」
「頭領!」
「頭領!!」
騒いでいるうちはの子供達に、マダラが声をかける。
振り向いた先に立っていた頭領の姿にうちはの子供達が驚いた声を上げて、慌てて瞳を元の色に戻した。
屋台のおじさんがマダラを見て、顔色を変える。
そりゃそうだろう。さっきの一言を耳にしたらマダラが何をするのかなんて簡単に想像がつくものね。
……そうだ、いい事思いついた。
「なあ、マダラ。折角の機会だからお前がやってあげたらどうだ?」
「何の話だ?」
「ん? これこれ」
屋台の台に載せられた玩具のクナイを取って、軽く放る。
危なげなく受け取ったマダラが、手の中の玩具を不快そうに睨む。
「この子があの兎が欲しいんだって。んで、その一本がラストチャンス」
「言いたい事は分かった。しかし、何故オレがそのような事を……」
一族最強の頭領にそんな事を頼むなんて……! とヒカクさんが戦いている一方で、うちはの女の子は兎のぬいぐるみが手に入るかもしれないと期待した目をしている。
「ほらほら。子供の他愛無い要望に応えるのも大人の役目だろ? なに、そんなに難しい事じゃない。この玩具をあの兎に当てて、下に落とせばいいんだから」
「其処まで言うなら貴様がすればいいだろうが」
「うーん。でも単純な腕力で言えばお前の方がオレよりも上なんだよ。だから、お前の方が向いてる」
玩具のクナイを掌中で弄びながら感覚を確かめているマダラにそう告げると、信じられない物を見た目で見られた。
可笑しいな、そんな目で見られる様な真似をした覚えは無いんだけど。
「――腕力が無い? 前に人の肋骨を遠慮なく折ってくれた貴様が……?」
「違う! あれは純粋な力技じゃないの! チャクラコントロールの応用! オレ、そんな怪力じゃないから!!」
これ重要!
肉体的には女性な私がマダラの様なバリバリの戦闘系と殴り合ったり出来るのは、医療忍術を応用したチャクラコントロールのお蔭なだけ! 生まれつきな怪力とか馬鹿力とかじゃないから!
うちはの子供達に危険物を見つめる目で凝視されて、落ち込みたくなる。
私としては医療忍術応用の怪力と互角で渡り合えるマダラの方が危険だと思います。
「と、とにかく! やってあげなよ」
「……よかろう。あの兎で間違いないな?」
「は、はい!」
これ以上問答を行う気が失せたのか、渋々と、本当に渋々とマダラがクナイを軽く構える。
どうやらやってくれるらしいと理解したうちはの女の子が、瞳を輝かせる。
良かったね、本当に。
ゆっくりとマダラがクナイを構えて、リラックスした仕草で軽く腕を振る。
玩具に似合わない鋭い風切り音が響いて、兎のぬいぐるみへとクナイが吸い込まれていく――そして。
「マ、マダラ! お前、何って事を……!!」
「と、頭領。幾ら何でもこれは……」
私達が見守る中で、ぬいぐるみへと一直線に吸い込まれていったクナイは壁に突き刺さった……玩具なのに。
それから一瞬遅れて、兎のぬいぐるみの頭部が下へと落ちる。
…………“頭”だけ、が。
「うわあぁぁあん!!」
衝撃的な光景を見てしまったうちはの少女が泣き出す。
隣のカガミ少年も、どうしたらいいのか分からない顔で少女と私達とを見比べている。
陳列棚に並べられている頭の無くなった兎のぬいぐるみが非常にシュールである。マダラへと視線を移せば、居心地が悪そうに視線を泳がせていた。
「……とにかく。頭だけは手に入ったのだから、それでよかろう」
「ちっとも良くないわ!! 何、子供の幼気な心をずたずたにする様な事言ってるんだ、お前!?」
見ろ、ヒカクさんも私に同意だとばかりに頷いている。
うちはの女の子の泣き声を聞きつけて、周囲に散らばっていた子供も大人も集まって来ているし。屋台のおじさんも落とされた頭部を抱えて、所在無さげに佇んでいる。
「つーか、あれ何!? なんで玩具のクナイでぬいぐるみの頭だけが切れんの!? どれだけ力込めたのお前!?」
「拳の一撃で地面を陥没させる貴様にだけは言われたくないわ!! 素手で須佐能乎の防壁に皹を入れる忍びなど貴様以外におらんだろうが!」
マダラの服の襟口を掴んで揺さぶれば、相手も不機嫌そうに眉を吊り上げて怒鳴り返して来る。
そのまま互いに互いがどれだけ怪力かを罵り合っていたら、気付けば周囲から人々の姿が失せていた。
待って、こいつは兎も角、私の事まで危険物を見る視線で見つめないで!
「うわあぁん! 兎の頭がぁ! わあああん」
「ご、ごめんね。まさかマダラが兎の首を千切る様な勢いでクナイを投げるなんて予想もしてなくて」
一拍置いて、再び泣き出したうちはの少女。
可哀想に、屋台のおじさんが手にしている兎のぬいぐるみの頭に物凄くショックを受けている。気持ちは分かるよ、お嬢さん。
「その……出来れば胴体の方も頂けないでしょうか? このままだと、この子が流石に……」
「あ、ああ。けど、別々に渡したらもっと泣くと思うぞ」
おじさんの言う事もごもっとも。
あんなに可愛らしいぬいぐるみだったと言うのに、頭部が千切れてしまった今は出来の悪い悪夢にしか思えない。本気で今晩の夢に出てきそうだ。
ヒカクさんが屋台のおじさんと交渉している所に近寄っていって、ぬいぐるみの断面を観察する。
……にしても、どうやったら玩具でこんな事が出来るんだろうか。
「でも、これなら何とかなるかな。ちょっと失礼」
「千手の大将、何をするんだ?」
おじさんの手からぬいぐるみを受け取って、チャクラを込めた糸を通す。
ミト程上手くは出来ないけど、これならどうだ……!
「よし。これなら元通りだよね?」
「ええ。問題ないと思われます」
分かれた頭部と胴体をチャクラ糸で縫い付ける。人体の接合なら何度かやった事あるけど、ぬいぐるみは始めてだったから自信無かったけど、どうやら問題無さそうだ。
しかし……、このままだと縫い付けた後が目立つ……かな? どうしようか。
――ちょっと悩んで、閃いた。
「柱間、何をしている?」
「少しこのままだと目立ちそうだからね。ん、とこれでいいかな?」
今日の私の格好は普段の色無地の和服に羽織を纏っただけの姿だが、折角の祭りだからと言う理由でミトが私の髪を、どこからか調達して来てくれた鮮やかな萌葱色のリボンが私の髪を飾ってくれていた。
使ったのは今日が始めてだし、いいよね。
するするとリボンを解いて、兎のぬいぐるみの縫い目……つまり首の所に蝶々結びで結わえる。
これで、よし。
「はいはい。もう泣かない。ほら、兎も元に戻ったよ」
「うわぁ……! 兎の首がくっ付いてる!」
子供の天真爛漫な一言に、マダラの視線がまた泳ぐ。なんだかんだで不器用だからね、こいつ。
「ほらほら。祭りはまだ始まったばかりなんだから、他の子達とも遊んで来るといい。さ、楽しんでおいで」
「はあい! ありがとうございましたぁ!」
元気一杯に返事をした少女は、とことこと擬音がつきそうな歩き方でマダラの元へと向かう。そうして、ぺこりと頭を下げた。
「頭領、ありがとうございます」
「……あぁ」
面食らった様子のマダラにもう一度少女は微笑むと、大人しく様子を見守っていたカガミ少年の方へと駆け寄って、手を引っ張る。その後に軽く私達に向けて会釈したヒカクさんが続いた。
「良かったね。お礼言われて」
「うるさい」
素直じゃないなぁ、本当に。そんな事を思いながら、空を眺める。
――天上では星々が瞬き、純白の満月が昇り始めていた。
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