その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#15 "I want to……"
前書き
私は死ぬ事はちっとも恐くない。
ー チャールズ・ダーウィン最期の言葉 ー
Side レヴィ
右腕を真っ直ぐ伸ばしてロックの鼻先に銃口を突き付ける。
ロックは魅入られちまったかのように、右手のシューティンググローブに包まれたベレッタを凝視してる。"ゼロから借りたベレッタを"
だらしなく口を開けたままで、身動き一つしないロックの代わりにアタシの方が口を開いた。銃向けといてべらべら喋るのは好みじゃねえけど、まあいいだろう。"こういう場合はな"
「ロック、アタシを見ろ」
その言葉を受けてロックの目が揺れる。揺れながらも視線は銃口からアタシの方へとゆっくりと向いてくる。それを確認してから、再び口を開く。
「そうだ、それでいい。
あんたが見なきゃいけねえのは銃じゃねえ。
アタシだ。
あんたに銃を向けてるアタシを見ろ。あんたを撃ち殺そうとしてるアタシを見ろ。あんたが散々罵ってくださった格好悪いアタシを見ろ。
悪かったな、今まで気付かなくて。
知らなかったよ、あんたがアタシのお守りをしてくださっていたなんてさ。
生憎あんたと違って学がないものでね。
感謝の言葉が思いつかないからさ、代わりに贈り物をさせてもらうよ。
遠慮するこたあねえ。
鉛で出来た9ミリ程度のちっぽけなやつさ。勿論一つや二つなんてケチな事は言わねえ。
あんたは大事な"仲間"だからさ。たっぷりと贈らせてもらうよ。感謝を込めて、な」
開いたままの口はいつの間にか閉じていた。身体の方はさっきから動きを止めたままだ。 此方の話を理解しているのか、いないのか、石になっちまったかのようにロックは視線を 固定したまま何も話そうとはしなかった。
右手に握られている奴のネクタイだけが風に煽られて揺れていた。
「ロック、もう一度聞くぞ。
何か言い遺す事は?
今の状況は分かってるか。あんたに出来る事はその舌を動かす事だけだ。
勿論他の事がしたけりゃそれでもいい。
別に逃げたければ逃げりゃあいいさ。殴りたければそうしたっていい。それはあんたの自由だよ。
ただあんたがやりたい事をする前に、アタシの指がちょいと動くけどね。
悪いけど、それはアタシの自由だよ。
アタシはアタシで好きにやらせてもらう。
アタシは"力"を持ってるからね。
で、どうする?
あんたが何か言いたいっていうなら、アタシは大人しく聞いててやるよ。
まあ、あんまり詰まらない話だとこの指が動くかもしれないけどね」
「………」
一つ感心したのはロックが震え出さなかった事だ。
素人は銃を向けられてもすぐには反応しない。
大抵はポカンと馬鹿面さらしやがる。暫くたってからようやく状況を理解し、ガタガタと震えだしてから泣きわめくか、命乞いをしてくる。
まあ、そういうものだ。
ロックもようやく自分の置かれた状況を理解し始めたんだろう。
少し目に力が入ってきてやがった。
さあ、何を囀ずってくれるんだ?
アタシはロックに気付かれない程度に小さく笑った。
この"茶番劇"ももうすぐ終わる。ここまで付き合ったんだ。最後まで楽しませてくれよな、ロック。
「………俺は逃げないよ」
アタシから目を逸らさないままロックは話し出した。"最期の言葉"をな。
「俺は逃げない。逃げるわけにはいかないんだ。
お前に対して色々言っちまった。
好き勝手な事を言った。酷い事も言った。言いたい事を言った。腹の中に溜まってたもん全部ぶちまけた。
これで逃げ出しちまったら、俺は格好悪過ぎるよ。
あそこまで言っておいて、お前にあれだけ格好悪いなんて言っといて、自分は逃げ出すなんて出来ないよ。
レヴィ。
俺が君に言った事は否定しない。否定はしないけど、謝っておく事はある。
俺があそこまで言ってしまったのは君のせいじゃない。俺のせいだ。俺が弱いからなんだ。
この街で君やラグーン商会のみんなと出会って、俺の世界は一変した。
何もかもが新鮮だった。
戸惑う事も多かったけど、君達と一緒にいる事は楽しかった。
今まで住んでた自分の世界が何だかちっぽけなものに思えて。その世界にいた自分自身もちっぽけなものに思えて。
一緒に船に乗って、一緒に酒を飲んで。たまに荒事に巻き込まれたって、それすらも何だか楽しかった。
……ものすごく怖い思いもしたけれど」
ロックは目だけを動かして空を見上げた。アタシの向こう側に見えているであろうロアナプラの空を。
「だから君達に憧れた。君と、ゼロに。
君は強かった。そして自由だった。つまらないものになんて縛られない、強くて綺麗な女主人公。……ちょっと口は悪いけど。
ゼロは何て言えばいいんだろうね。何もかも分かっているようで、自分一人で何だって出来るような。
でも、そうはしない。必ず誰かに手伝わせる、ソイツが出来ないと言っても駄目だ。お前は出来るって言って、無理にでもやらせる。
結果として本当にソイツが上手くやったらこう言うんだ。
見ろ、やれば出来るじゃないか。俺は何もしちゃいない、やったのはお前だ、ってね。
そんな事言われたらさ、言われた方は堪らないよ。
憧れるに決まってるじゃない。あんな風になりたいって思うさ。
……無理だと分かっていてもね。
レヴィ。
手の届かない空を見上げてたのは、俺もそうなんだと思う。
君達に勝手に憧れて、格好悪いとこばかり見せて、全然理想に近付けない事に苛ついてた俺自身なんだと思う。
今もこうして喋ってるけど……
本当はすごく怖いんだ。どうしていいのか分からないんだ。
……結局俺はなれなかったよ。彼にも、"ロック"にも。
悔しい、すごい悔しい。もっと君達と一緒にいたかった。もっとこの街で過ごしたかったよ。
君は最低なクソッタレの街だって言うけど。事実そのとおりだと思うけど。それでもこの街にいたかったよ。君達と出会ったこの街で、君達と一緒に生きていきたかったよ。"ロック"として。
………ありがとう。最後まで話を聞いてくれて。
ダッチとベニーには代わりに謝っておいて。色々面倒見てもらったのに、何も返せなくてごめん、って。
ゼロには………
何も言わなくていいや。そうか、の一言で済まされるんでしょ。だったら別にいいよ。
レヴィ。
最後くらい格好つけようと思ったけどさ、やっぱり無理みたいだ。
俺さ、死にたくない。死にたくないよ、レヴィ。
こんな情けない言葉が最期の言葉なんてさ、本当に泣きたいくらい格好悪いけど、俺死にたくないよ。レヴィ……」
そこまで言ってロックはゆっくりと目を閉じた。涙は出てはいないようだ。
アタシはロックの顔を見つめながら、この"茶番劇"の幕を下ろす時が訪れた事を察した。
ロックの右手から力が抜け、ネクタイが風に舞いながら地面へと落ちる。
アタシはすっと右手を挙げて………
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