とある組織の空気砲弾(ショットガン)
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第三話 人はそれを平穏と言うのだろう
前書き
日常パートです。
寒いくらいネタがあるので、くれぐれも引かないでくださいね(汗)
一夜が明けた。
町は目覚め、そこに住まう人間も目覚め始める。
今日も学生達は自分の可能性(のうりょく)を引き出すため学校へと登校するのであった。
朝から蝉がうるさい程鳴き、七月の日差しが照りつける。いくら天下の学園都市と言えども、四季の気候を操る術はまだ生み出せてはいない。
だが夏は悪い事ばかりではない。学生達にとっての楽しみ、夏休みが待っている。
約二週間後からどう過ごすかと楽しみに話し合う者。
約二週間後から補習という名の絶望を待つ者。
要するに、楽しい夏休みを過ごせるか先生と楽しく補習を受ける者がいるという話である。
―――――――――
ここはとある寮。その一室から一人の学生が出てきた。戸締りを確認し、部屋をあとにする。
身長一八〇センチ前後の長身に不釣合な程細い手足は簡単に折れてしまいそうだ。無駄な贅肉どころか必要な贅肉すら筋肉にまわされているのだろう。
整った顔立ち。短髪の黒髪は所々クセ毛で跳ねている。身長・ルックスだけで判断されるなら、普通にカッコイイの部類にカテゴライズされる。
学校指定の白Yシャツは暑さもあってか胸元まで開き、中に着ている青のTシャツが見えている。
そんな色々とギャルゲー主人公の要素を兼ね備えた青年、灯影月日は、今日も変わらぬ朝を迎えていた。
大き目のスポーツバッグを肩に掛け、歩き慣れた道を歩く。
いつもと変わらない朝を人は平穏と言うのだろうか……。
「つ~き~ひ~」
………。
おそらく、平和ボケとはこういう光景を指すのだろう。
(はぁ…)
溜息が漏れる。そして、自分の名前を呼んだ声とその主の足音が近づいてくる。
月日は身を屈め、
「おっは―――」
「唸れ、俺の拳ッ!!」
そこから体のバネを利用し、渾身のアッパーカットを放った。
「―――よう、ぎゃぁぁぁああッ!!」
断末魔の如き叫びを上げながら、声の主はまるで背面ジャンプのような体勢で宙を舞った。そしてマット代わりにゴミ捨て場のゴミ袋の山に落下していった。
それを見届けた月日は、
「今日も、日差しが眩しいなぁ…」
今の出来事をなかったことにしていた。
そして、本当に何事もなかったように再び歩き出した。
「ちょっっと待ったあぁぁぁぁあーーーーぁ!!」
しかし、それを許さない者がいた。ゴミ袋の山をはね除け、自身の存在を可能な限りアピールする。
それでも、月日は歩みを止めなかった。
「待ってください月日君。どうか返事だけでもしていただけないでしょうか!?」
なりふり構っている状況ではない。いつもの事ながら、月日は無視を決め込んでいる。このままでは今起きた出来事は小石につまずいた程度で処理されかねない。
実際にはもう処理されていなるのだが、知らぬが仏と言うので………。
そんな事を知るよしもない青年は月日へと駆け寄る。
「おい、待て月日!」
そこでようやく月日は振り向き、
「ん? おぉ、鷹見(たかみ)。おはよ〜さん」
月日は“たった今”やって来た、鷹見に挨拶をした。
眩しい程の笑顔と共に。
「うお! なんて眩しい笑顔…。これが、数々の女を虜にしたというキラースマイルか!―――――――じゃねーよッ!!」
「何だよ朝っぱらから」
ギャーギャー喚くこの青年、鷹見行方(たかみゆくえ)は良く言っても悪友であり、悪く言えば変態である。
その証拠に白Yシャツを直に着ている。しかも前面を全開にしている。
これ以上言うこともあるまい。この男は、変態である。
そんな悪友に月日は心底面倒臭そうにする。ここで気絶させてゴミ捨て場に放置してやろうとも考えたが、それでは作業員の方の迷惑になるだろうと今は実行しない事にした。
―――――――――
それから二人は共に歩き出した。
鷹見は先程の出来事について月日を問い詰めていた。
「大体よぉ。清々しい朝に、清々しく挨拶をしてくる親友(※自称)に、問答無用男女平等顔面爆砕拳をぶっ放す奴がどこにいるよ!?」
「え? 俺はてっきり、新手のガチホモストーカーが襲ってきたのかと」
真顔でものすごく真面目に答えた月日。「それに親友? 笑えないな」と鼻で笑った。
「月日………お前ェ」
その答えを聞いてプルプルと震える鷹見。
それが爆発した。
「我(おれ)がガチホモ? 否! 男好き? 否ッ!!」
そして、彼は天に向かって吠えた。
「我は! お姉様が!! 大・好・きだぁぁ〜〜ああッ!!!」
その瞬間。世界を静寂が支配した。
七日間という短命であり、命を賭して鳴き続けていた蝉すら、鳴く事を放棄した。
「OK.やっぱりゴミ捨て場行き決定な?」
どうやら本人はゴミ捨て場を所望しているようだ。
なら期待には答えなくてはなと月日は指を鳴らす。
舞い上がっている本人は全く気付いていない。
「あの時の今よ、さようなら。今日の今よ、こんにちは。この救われぬ者に安らかなる眠りを……」
このまま鷹見を放置しておくのは精神的な意味でよろしくない。
(この変態(ばか)を何とかするのは、俺の役目だよな…)
“親友”だしと、月日は呟いた。
―――――グシャッ!!
こうして、世界は音を取り戻した。
それから少し時は過ぎて、月日は歩いていた。
その傍らには、残念ながら鷹見が一緒に歩いていた。
「…本当に残念だ」
「何がだよ! 人の延髄に容赦無く拳をぶち込んで言う事がそれ? 我じゃなかったら死んでるぞ!」
「そうだな。たまにそのゴキブリ並みの生命力にイラッとくる時があるが…」
「お前なぁ…」
この二人の朝は大体こんな感じである。
中学からの付き合いではあるが、この関係は変わらない。
「で、お前はいつもの如く“それ”を飲んでるのな……」
鷹見の言うそれとは、月日の手に握られている一リットルパックの飲み物。ついさっき、彼がスポーツバッグから取り出したのだ。
月日はそれをがぶ飲みしている。
「これ飲まないと、力出ないんだよ」
そう言って月日はパックを傾ける。喉を鳴らし、本当に美味そうに飲む。
口を離し、ぷっはぁー!と一息ついて、
「やっぱり牛乳は、ムサシノ牛乳だよな!!」
これも朝のお決まりである。
確かに、中学からの付き合いではあるがこの関係は変わらない。
ただ、大きく変わってしまった。
「お前、それ以上大きくなってどうするつもりだ…?」
そう、灯影月日はムサシノ牛乳を四年前から急に飲みだした。
その結果、中学の時一五〇センチだった身長が、高校生である現時点で一八〇センチまで伸びた。
成長期でも成長しすぎである。
「伸びるものは仕方ない」
「で、今は?」
「一八五センチだったかな……」
どうやら成長期が期間延長しているらしい。
余談だが、この事で鷹見が『筍君』と渾名で呼んでからかった事があった。
それはもう……口では言えない程、散乱した。
…………中身とか。
「よく飽きもせず飲むな…」
「美味いものを飲み続けて何が悪い?」
「いやいや、飲み過ぎは良くない訳よ。ちゃんと骨に行ってるならいい。でも、過剰摂取で下から出てきたら、見分けつかないじゃん?」
本当に……、本当に朝から何を言っているのだろうか。
最早変態を超越して、猥褻(わいせつ)物の域である。
やれやれ、と月日は呆れ、
――ガチャン!
ポケットから素早く抜いたその手には、“鉄色の物体”が握られていた。
「何だ、朝から盛んだな。白と対をなす赤でも欲しいのか?」
月日の手に握られているのは、リボルバー式の拳銃。銃身の先端が鷹見の額に当てられている。
「――――」
当てられている本人からは大量の脂汗が噴き出す。
そんな彼を気遣うように月日は優しい言葉をかけた。
「ん? どうした。暑いのか? 大丈夫、すぐに涼しくなるさ…………どうせ冷たくなるんだから」
とんでもない事をサラッと言う月日。だがその言葉が嘘ではないように、引き金にかかる指に力が入り、撃鉄がわずかに動いた。
「………じょ、冗談だよ、ジョーダン! 我だって時と場所くらい考えるさ。………アハハハハ」
鷹見は必死だった。説得力のない言い訳をするのに必死だった。目が笑っていない。こういう時の月日は本気(マジ)である。真剣(マジ)でやりかねない。
いや、殺る。間違いなく。
「口は災いのもとだ。気を付けろよ…」
「お、おう……」
月日はリボルバーをポケットに収める。
命拾いしたと鷹見は大きく息を吐いた。同時に気温が下がったのに気が付いた。
「あれ、これって」
「ついでだ」
月日はそのまま歩き出す。彼が離れると、鷹見の周囲は本来の気温に戻る。
慌てて月日を追い、その傍らまで近寄ると、再び気温が下がったように感じる。
「本当に便利だよな。お前の能力って」
「我もそっちの方が良かったぜ……」とぼやく鷹見。月日からすれば「お前も十分すごいと思うがな……」と鷹見の能力に関しては、一応認めてはいるらしい。
そう、この現象は月日の能力によるもの。
月日の能力は『大気操作(アクセルエア)』。風力操作系の能力であり、大気に存在する物を生成・化合ができ、気流まで操る。
その他にもできる事は多々あるが、日常生活で役立つ事は滅多にない。
月日自身あまり能力や大能力者(レベル4)であると自慢する事はない。
それは、その道がどれだけ過酷なものかを誰よりも知っているつもりだからだ。
「鷹見の能力だって“まともな”使い方してれば文句ないんだが……」
「何を言う、失礼な。我はいつだって、まともに使って――――」
「あ、約一五〇メートル先で女の子のスカートが風で盛大に捲れt―――」
―――ピキィン!
「射程内だッ!!」
鷹見は声を上げ、集中力を高めていく。
彼の目に映る世界がズームアップして、目標を捕らえた。
これが鷹見の能力、『千里透視(ロングレンジ)』。簡単に言えば望遠鏡人間である。異能力者(レベル2)である現時点では、二五〇メートル先まで望遠できる。まさに射程内だ。
皮肉にも、レベルが上がれば遮蔽物を無視して望遠できるとされている。
この時月日は、三歩離れた所で靴紐を結び直すフリをしていた。
要するに、他人のフリである。
そんな事はお構い無しに、鷹見は目標を視界に収めていた。
「ヒャァァァーーホォォッ!! 今時珍しいイチゴ柄。さて、どんな娘が穿いて――――」
その顔を拝もうと視線を上げた時、
「ギャァァーー!!! 目が……目がぁぁッ!!!」
歓喜の声が一瞬で絶望に変わった。
目を手で覆い、のたうち回る。そのあまりにも奇怪な光景に、行き通う女子生徒達からは侮蔑の眼差しを向けられ、男子学生達からは「またか…」などと呆れられている。
本当に精神的にも衛生的にもよろしくない。
(やれやれ…)
今日何度目か解らない溜め息が漏れる。
若者達に悪影響が出る前に、処理しなくてはならない。
月日はしゃがんだ状態のまま、手で口元を隠す。
「アァァァーー!Aaaa――――!!」
未だにのたうち回る鷹見。その動きはホラー映画顔負けである。
そんな彼を救う声が、
「タカ君」
(―――はッ!)
気味の悪い動きが停止する。
鷹見は聞いた。幻聴ではなく、確かに聞こえた。
この声は、
「やあやあ、タカ君。おはようだね! そんな所で寝てると、置いてっちゃうゾ?」
間違いない、あの博士だ。鷹見はそう確信した。
「あああ、あなたは………!束(た○ね)さん? 束(たば○)お姉様ですかぁ!? どこに、どちらにいらっしゃいますか!!?」
たぶん、あれだ。インフィニット・ジャス〇ィスt…………違うな、ロッ〇オン・ストラトス………でもない…………、とにかく!そんな感じの兵器造ったあのうさみみの天才博士の声。それは何よりも鷹見の救いとなる声だった。
お解りだろうが、最早この男に正常な判断などできる訳もなく、周りからすれば、ただただ奇怪である。
「それじゃ、先に行ってるよ♪」
「待ってくださいませ、お姉様! どうかこの哀れな雛鳥をその神々の谷m―――――」
姿なき声の主を追って鷹見は昇降口へと消えた。
「やれやれ…」
静かに立ち上がる月日。残り少なくなった牛乳を飲み干して喉を潤す。
飲み終えたパックを小さく折り畳んでスポーツバックに戻し、新しいムサシノ牛乳を取り出した。
「我ながら、“あの声で喋る”なんて……」
ちょっと後悔したが、鷹見の排除には成功したので、結果オーライという事で納得する。
パックの口を開け、牛乳を胃に流し込む。
一気飲みに近いペースで四分の三を飲み干す。
「俺も行くか」
鷹見絡みで遅刻しましたじゃ洒落になっても笑えない。
月日も昇降口へと入っていく。
彼にとってはこれも日常である。悪友と馬鹿をやりながら、授業を受け、クラスメイトと笑い合う。どこにでもある普通の学校生活。
そんな光景を、人は平穏と言うのだろう。
今日も彼の日常が始まる。
後書き
主人公の能力と悪友のどうでもいい能力公開しますた。
次回、新たなオリキャラとあの人達が登場です。お楽しみに!
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