魔法と桜と獣
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
六話 過去の真相
前書き
今回も短いZE!
六話
『過去の真相』
「――」
深夜。夜は完全に深まり、すでに十二時を過ぎて翌日となっている頃。
夜の桜並木を一人の老人が歩いていた。
「――」
紺の落ち着いた色をした厚手のコートに身を包んだ男性。彼の名前は朝倉純一。
芳乃さくらの幼馴染であり、この島の数少ない魔法使いの一人だった。
もっとも、本人に言わせればお菓子しか出せない出来損ないの魔法使いだったが。
「――こんな時間に何の用じゃ?用があるなら早くしてほしいのじゃが」
不意に足を止めると周囲三百六十度を見渡しても誰もいない中、純一は僅かに声量を大きくしてそういった。
すると、彼の数メートル先に黒い影がすっと音もなくどこからか舞い降りる。
「――すまんな、こんな時間に」
「いや、こちらも少し話したいことがあったからちょうどよかったよ、悠二くん」
「それはよかった」
そこに立っていたのは純一が見た時とは違う血のような赤い線の入った外套に身を包んだ金髪の少年…水無月悠二だった。
*
「それで、話したいことってなんだ?純一」
「うむ」
二人は場所を桜公園に移し、ベンチに腰掛けていた。昼間は観光客や地元の人間で賑わうこの場だが時間が時間のため、二人の姿しか見えない。
「すでにわかっていることと思うが、さくらのことじゃ」
「――だよな」
悠二もそのことを聞きたいがために眠気を押して此処まで来ているのだ。
「――あれとワシ等は幼馴染でな、小さいころからよく遊んで負った」
「それで、『お兄ちゃん』か」
「ああ。間違っても良い兄ではなかったがな。そして、小学六年生のときにさくらはアメリカに引っ越してしまった」
そして、純一は語りだした。
自分と、彼の義理の妹音夢、そしてさくらのことを。
「――始まりは、その何年か後、わしが高校生だったころじゃ。その時はワシと音夢は義理の兄弟でな。ごく普通に暮らしとったんじゃ」
純一によるとすでにその音夢は他界しており、そのせいか純一は昔を懐かしむように、そして寂しそうに語っていった。
「そんな日常が続き、高校も三年目の卒業式目前になって、突然さくらが転向してきおった」
「――ほんとに、突然だな」
「ああ。それからじゃた、普遍と思われた日常が変化していったのは」
「――」
突然のさくらの転校。そして、昔のように無邪気に純一に甘えるさくらの姿にやがて音夢は自分の中にある想いを強めて言った。それは純一と『兄弟以上の関係』になりたいという真摯な願いだった。
そして、彼の所属していた風見学園付属の卒業式。それと並行して行われるパーティーの時に音夢のその想いは開花したという。
「――惚気話じゃねえか、ボケ爺。どこがさくらと関係あるんだ?」
さくらとはまったく関係ないわけではないが明らかにのろけ話になっている純一をジト目でにらみつつ、文句を言う。
「話は最後まできけ、若造。ちょうどそのころから、音夢の体調が崩れ始めてのう。そして、さくらの身の回りでも原因不明の事故が起こるようになっとんたんじゃ」
「――」
「その所為で、さくらは周囲から変な目で見られるようになってしまっての。それで、音夢の観護の合間を縫って、原因を調べようとしたんじゃ。そして、それから程なくして、その原因はわかった」
――それは彼女の祖母がかけた魔法だと純一は言った。
『願えばかなう力』
当時、苛められっ子だったさくらが幸せになれるようにと彼女の祖母がかけた魔法だという。
「音夢の体調不良も一種、原因は同じじゃった。昔も、今のように桜が年中、咲いていたんじゃ。その理由は悠二君ならわかるんじゃないかな?」
「――あの桜か」
悠二の脳裏に浮かんだのはあの桜。
さくらが植えたあの魔法の桜。あれがあるから、この初音島だけは季節を問わずにさくらが咲き誇っている。
「その通りじゃ。その時の桜は彼女の祖母が埋めた桜じゃった。誰もが幸せになってほしい。そんな願いを込めて埋められたとワシは聞き及んでいる。
皮肉じゃな。そんな誰よりも高潔な願いが音夢を、さくらを苦しめることになるとは」
「――」
「それからいくらかあり、さくらはついにその桜を枯らした。
その数日後、さくらはこの島を去った。どんなことを考え、どんなことを想ったのかはワシにもわからん。そっちのほうは悠二君の方がわかっているだろうと思う」
「ああ。繋がった、全て」
悠二の中で辻褄がった。
なぜ、さくらがあんなものを作ったのか、そもそもなぜあんな無茶としか言えない存在を作ろうとしたのか。
そして、なぜそこまでしてアレに拘ったのか。
その全てに合点がいった。
「――血は争えん。そういうことか」
「――そうじゃな。その様子じゃと、ワシの推測もあっていたようじゃな」
残念そうに呟く純一。
できれば外れてほしい、そう思える推測だったに違いない。
「――ああ、爺さんの予想通りだよ。ただ、これは爺さんの時代のアレより幾分も劣っている」
おそらく、さくらという異分子がなければ53年前、桜が枯れることはなかっただろう。
『誰もが笑っていられる世界』
そんなお伽噺にすらないものを実現させた彼女の祖母に少なからず驚きを覚えずにはいられない。
だが、さくらはそれをもう一度具現化させようとして、考え付かないほどの年月を犠牲にし、そしてついに孤独に負けてしまった。
「――では、義之君は…」
「――ああ。さくらがアレに願った結果、生まれたモノだよ。いわば泡沫の幻想だ。源が消えればすべてなくなってしまう、さくらの抱いた儚い夢の結晶だ」
吹けばなくなってしまう。醒めれば消えてしまう。そんな儚い夢に縋ってしまうほどにさくらは孤独を恐れ、そして拒絶した。
「――」
年老いた顔をくしゃりと歪めて、純一はなにかをじっとこらえるように俯く。
「――悠二くん」
「なんだ?」
不意に表情が真剣なモノへと変じて、純一は悠二に声をかける。
「さくらを、あの馬鹿な義妹を頼んでもいいか?」
「――わかった。僕に出来ることはしよう」
僕でいいのか?何で僕なのか?などとそんなことは聞かない。
おそらく、この島で一番、さくらを知っているのは悠二だから。それを自分でわかっているからこそ、頷いた。
なんとかできる。等と大言壮語する気はない。だが、自分に出来る最大限は惜しまないと言った。
「すまない」
どこか、悔しそうな表情を浮かべて、純一は言った。
(あの馬鹿、どこが孤独だよ。こんなに心配してくれる兄がいるってのによ)
悠二には呆れるしかなった。
さくらは自分が思っているほど孤独なんかではない。一人なんかではない。そのことを、純一の表情から窺い知ることができる。
「――まったく、馬鹿な妹を持つと苦労するな、純一」
「ああ。まったくだよ」
*
「――不思議な子だったな」
桜公園を歩きながら一人ボソリと呟く。
あれから、悠二は眠いと顎が外れやしないかというほどの大あくびを掻き、家に帰っていった。
純一も帰ろうかともおもったが、少し桜公園を散歩していくことにした。
「――水無月悠二くん…か」
思い浮かべるのは先ほどまで自分が話していた金色の髪に青い瞳というさくらとよくにた外見をもち彼女と同じように外見とは裏腹に、大人びた性格とまるで老成した男のような落ち着いた雰囲気を持っている不思議な少年。
「――彼なら、さくらを救ってくれるかもしれないな」
『――兄さんはずいぶん、あの子を買っているんですね』
「かったるいことに、ワシじゃさくらはもうどうにも出来んからの」
少し寂しそうに笑う純一の隣にはいつのまにか、黄色のリボンのついた白い制服をきた少女が笑顔を浮かべて立っていた。この少女こそ、在りし日の朝倉音夢その人であった。
「…私も、もう死んで兄さんに憑いてる身ですからなにもできませんしね…」
そういって、音夢も苦笑する。
「大丈夫さ。悠二君なら」
「――そうですね。あの子と話しているさくらちゃん、まるで兄さんと話している時みたいでしたしね」
「――そうか?」
楽しそうに笑う音夢だったが、純一はいまいち思い出せていないようだ。
それも致し方ないことだろう。純一にとってはもう53年前のことなのだから。
「――でも、そうだな。たしかにさくらの笑顔はずいぶん久しぶりに見た気がするな」
夕食の席で見せたさくらの表情は本当に楽しそうに見えた。
彼女のそんな笑顔を見たのは、あってなかったことを差し引いても、本当に久しぶりに想えた。
「私的には、あの子のことも心配ではあるんですけどね」
「悠二君のことか?」
「ええ」
少し表情を曇らせた音夢が続ける。
「まるで昔のさくらちゃんを見ているような気になっちゃって」
「――」
言われた純一も否定できない。
どこがどうと言われても言葉に困ってしまうが、純一も音夢と同じ意見なことには違わなかった。
しっかりしている子だが、どこか危なっかしそう。というのが純一の中での悠二像だ・
事実、それは的を射ていた。
「――大丈夫さ。今度は大事になる前にワシ等大人が止めればいい」
「そうですね」
「――さて、ワシもそろそろ帰るか」
「その方が良いですね。もう一時近いから風邪ひいちゃったら大変ですから。兄さんももう年なんだし」
「――そうだな」
純一と音夢。外見の違いからまるで祖父と孫にも見えるこの夫婦は楽しそうに話しながら帰路につくのだった。
後書き
感想指摘お待ちしてます
ページ上へ戻る