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リリカルってなんですか?

作者:SSA
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空白期(無印~A's)
  第二十六話 結


 地球の日本という国にいて、テロという事態に遭遇する確率は一体いかほどだろうか。少なくとも前世と今世をあわせてもうそろそろ三十年ほどになるが、その機会は一度もなかった。つまり、限りなくゼロに近い確率だといっても過言ではないだろう。しかしながら、僕は、その地球の日本にいれば、ほとんどゼロに近い確率であるテロに遭遇している。日本から出たのが不味かったのか、あるいは、僕の運が悪かったのか、現時点で検証する術はない。

 さて、手に黒光りする拳銃を手にしたおじさんというべき年齢に達しているであろう彼は、軽く引き金に手をかけ、いつでも発砲できることを示しながら、ショッピングモールのど真ん中、しかも、防火壁が降り、周囲と隔絶された空間の支配者になっていた。そういった意味では、彼が持つ拳銃は魔法の杖となんら変わらないのかもしれない。

 そして、誰もが、彼の指にかけられた拳銃に遠慮して動く事ができない。当たり前だ。彼のそれが本物であることは先ほどの一発で既に証明されている。実際は、小指程度の鉄の塊だ。しかし、それが持つ殺傷能力は高い。下手をすれば、一発であの世行きである。

 だから、誰も勝手に動いて目をつけられたくないのだ。その行動で、彼の注意を向けたくないから。その引き金に手をかけられた銃口が自分に向けられたことを恐れているのだ。

 しかし、我ながら、嫌に落ち着いていることを疑問に思う。確かに、経験した事がない状況に緊張しているのか心臓はバクバクと激しく高鳴っているが、思考はクリアでパニックにはなっていない。なぜだろう? と考えてみたが、よくよく考えれば、僕の人生は、前世とは異なり、ありえないことばかりだ。

 まるで、『ありえない、なんてことはありえない』ということを証明するかのように。まず、二度目の人生というオカルトめいたものを経験し、魔法が実在することを知り、自分でも魔法が使えている。それに、世の中には、吸血鬼という人種がいることさえ知っている。

 よくよく考えてみると、テロよりもよっぽど確率的にはゼロに近いと思っていたことに出会っていることに気づいた。なるほど、確かに緊張するような要素はあったものの、混乱するほどパニックになるようなことはない。そもそも、力で脅されることは、これで二度目だ。一度目は、まさかの私刑というか、リンチに近かったが。

「ねえ、ショウくん、どうするの?」

「え?」

 一方で、僕の隣に立っていたなのはちゃんは、いつもと変わらなかった。テロリストであるおじさんに怯えるような様子をまったく見せず、まるでそれが日常の一コマのように平然としている。もしかしたら、なのはちゃんも僕と同じような感覚なのかもしれない。いや、しかし、それでも表情一つ変わらないというのはすごいと思うけど。

 相変わらず、彼女は、素朴な疑問のようにきょとんとした表情で、僕に答えを求めてくる。

 さて、どうしたものだろうか。残念ながら、僕の経験則の中にテロに遭遇したときの対処法はない。例えば、事故にあったなら、救急車を呼ぶ、警察を呼ぶという対処は知っていても、テロの対処法は分からない。考えられる限りでは、警察―――ここでは、時空管理局を呼ぶ、という手段が考えられるが、それが正しいのだろうか。

 例えば、強盗にあったときの対処法としては、犯人を刺激するべきではない、と言われている。むしろ、小額でも良いから金を素直に渡したほうが被害としては少ない事がある。つまり、今回も下手に刺激するべきではないのだろうか。少なくとも、今すぐにでも殺されそうだ、という状況ならば、考えるが、現状を鑑みるにその可能性は低そうだ。

 彼らがテロリストということは、彼らは誰かに何らかの要求があるのだろう。僕たちはそのための人質だろう。ならば、下手に騒ぐよりも大人しく従ったほうがよさそうだ。なにより、防火壁の向こう側が分からない。魔法を使えば、彼らを倒すことは不可能でも、拘束することは可能だろう。僕でも、チェーンバインドで拘束することは可能だ。

 もっとも、それはテロリストが彼ひとりの場合だ。もしも、このお客さんの中に混じっていたなら、僕には分からない。一人が、目立つように行動し、もう一人は、隠れて行動する。防火壁で遮られているとはいえ、ここに集まっているのは、二十人ほどは確実にいるのだ。もしかしたら、僕たちのように魔法が使える人間もいるかもしれないのだ。それを考えるとやはり一人で制圧というのは、若干厳しいと思う。

「ちょっと様子を見ようか」

「うん、分かった」

 今すぐ危害を加えられる危険性がない以上、その様子見が最初の一手になるだろう。なのはちゃんは、僕の意見に納得したのか、あるいは、最初から僕の意見に従うつもりだったのか、間髪いれずに肯定の意を示した。

「言うことに従えば、危害を加えることはしない」

 僕たちがこれからの方針を決めたところで、改めて、拳銃を持った男が口を開いたと思うと、拳銃でこちらを脅しながら、僕が先ほど予測したようなことを口にした。その後は、防火壁で遮られた区画内のショッピングモールの道を歩いていた客たちを、一箇所に集め始めた。集める場所は、通路の中心部で、周りにほとんど何もない場所だ。雑踏とした場所では、逃げ出そうとしたときや、下手に動くものがいても分からないからだろう。

 中心部に僕たちを集めた彼は、地べたに座るように言う。文句を言うものは誰もいなかった。当然といえば、当然なのかもしれない。相手の手に握られているのは、軽く引き金を引いた程度で命を奪える代物なのだから。しかし、意外だったのは、誰もパニックにならないことだ。こういうとき、誰かはパニックになってもおかしくないのだが、全員が何かを諦めたような表情をして、淡々と指示に従っていた。

 その場にいた全員が地べたに座った頃、店の中から数人がぞろぞろと出てきた。たぶん、十人ほどだろうか。後ろには、やはり拳銃で脅すように銃を突きつける男性の姿がある。しかも、二人も。そうだ。ここはショッピングモールであり、店が並ぶ場所だ。当然、通路以外にも店の中に店員や客がいてもおかしい話ではない。そのために、彼は一人、ここで騒ぎを起こしたのだろう。だから、仲間は、三人だったようだ。

「これで、全員か?」

「はい。店の中の確認はしました」

「そうか、では。手はずどおりに」

 ショッピングモールの通路で最初に拳銃を放った男がリーダーなのだろう。上司に報告するように店の中から出てきた男性が報告すると、それにいちいち頷くと次の手順が決まっているのか、次のフェイズに動くように指示していた。

「ほらっ! 手を出せ」

 部下と思しき彼らは、どうやら僕たちを拘束するつもりらしい。ただし、縄などではない。パソコンのケーブルをまとめるためのプラスチックのバンドといえば分かるだろうか。そのようなもので人質となっている僕たちの手首と足首をしっかりと拘束する。縄であれば、解けるかも? と思えるが、意外とこれは、外れにくい事がわかった。しかも、通路のど真ん中だから、ドラマのようにガラスで切るようなこともできない。

 彼らは、そのプラスチックのようなバンドを使って人を拘束することに慣れているのか、あるいは、訓練でもしているのか、手際よく拘束していく。なのはちゃんは、自分が拘束されるときに、何かを期待するように僕に視線を向けてきたが、僕は、それに対して首を横に振った。

 確かに縛っている彼らは、拳銃を手にしていない。しかし、リーダー格の彼は、こちらをしっかりと警戒して、拳銃から手を離していない。なのはちゃんが強いのは分かっている。もしかしたら、一発で彼らを制圧できるかもしれないが、ほぼ同時というのは賭けに近いだろう。ならば、勝機を待つべきだ。ベットするのは自分の命になるだろうから。

 大人しく僕がプラスチックのバンドで縛られている頃、リーダーの男性は、無線のようなものを取り出していた。

「こちら、C65ブロック。制圧を完了した」

 無線の向こう側にいるのは、仲間だろうか。しかも、ブロックごとに区切っているということは、僕たち以外にもこうやって制圧された区域があるのだろう。いくつの区域が同じような目に会っているのだろうか。防火壁が降りているが、完全に隔離されたわけではないだろう。防火壁には小さな扉があり、そこから隣に移動できるのだから。いや、そもそも、このテロの規模すら分からない。もしかしたら、全区域で同じような光景なのかもしれない。そんな事がありえるのだろうか。そんなに大規模な組織があるのか。

 分からない。情報が足りなすぎた。ここが不慣れな魔法世界であることも起因しているのだろうが。常識的に通用しないのだから。

 僕たちの拘束を終えた彼らは、やがて僕たちを三角形のように囲むようにして僕たちを見張り始めた。もちろん、彼らの人差し指は、拳銃の引き金にかかっている。いつでも、対応できる様にだろう。彼らの行動に対して、縛られている周囲の反応は、どこか落ち着いていた。いや、確かに恐怖に怯えているような感覚はあるのだが、それだけだ。パニックに陥って、暴れるような真似はしていない。

 テロリスト達も先ほど宣言したように静かにしていれば、僕たちに危害を加えるつもりはないようだ。彼らの目的が、殺人ではない以上、不用意に僕たちを手にかける理由はないからだろう。人が人を殺すというのは、かなりの精神的な負担だ。普通は、よほどの事がない限りは、人が殺すという手段に手を染めることを忌避する。

 しかし、人質になった僕たちは騒がず、テロリスト達も、彼らは、僕らの監視役なのだろう。特に何かを話すこともなく、僕たちを見張っている。時折、リーダー格の男性が、無線機のようなもので、「特に問題なし」という定時報告のようなものを行っているぐらいだ。

 つまり、端的に言えば、暇なのだ。彼が危害を加えるつもりがないということが分かっているので、特に怯えることもなかった。

 そうなると、自然に考えてしまうのは、外の状況だ。彼らの目的は強盗のようなお金目的とは思えない。なにより、防火扉で密室の状況を作り出すほどの計画を立てている彼らだ。目的は、何らかの主張だろう。ならば、必ず、外には何らかの呼びかけを行っているはずである。

 もっとも、日本では、テロリストなどまったく出会うことがないことから、これはフィクションで作られた予想でしかない。ショッピングモールを囲むように警察が部隊を展開しているのだろうか。ああ、僕たちがここに来ていることは、母さんとアリシアちゃんも知っているのだ。心配していなければいいのだが。といわれても、テロリストに占拠されたデパートにいることを知っていて、心配しない親などいないだろうが。そういえば、一緒に来ていた恭也さんは無事だろうか。

 色々なことを考えるうちに、外の様子が知りたくなった。動けない現状では無理だ。携帯電話は、確かにエイミィさんが少しだけ改良して、使えるようにしてくれたけど、この状況で携帯を開けるわけもない。携帯も開かず、外と連絡を取る方法なんて―――ああ、そうか、あるじゃないか、一つだけ。外と連絡を取る方法が。

 僕は自分が、どうしてこの世界に来たのかを思い出した。

『クロノさん、聞こえますか?』

 僕は、念話を使って、クロノさんに話しかけた。本来であれば、許可なく魔法を使うことはできないが、なんにだって例外が存在する。その例外が、今回のような緊急時の連絡だ。僕は、クロノさんからの返事を待った。しかし、一向にクロノさんからの返信はない。

 確かに魔法にも電話のように電波が届かない―――この場合は、魔力が届かないということはある。だから、普通は、デバイスに内蔵された通信機器を使うらしい。しかし、聞いた話によるとクロノさんは、僕たちがこちらにいる間は、ミッドチルダに駐留するつもりだといっていた。そして、僕の魔力の強さでは、ミッドチルダという町全体ぐらいは、通信範囲内だと聞いている。

 もっとも、正確に距離を測った事がないため、もしかしたら、クロノさんがいる位置というのは、僕の魔力通信範囲外になるのかもしれない。

『ねえ、なのはちゃん』

『なに? ショウくん』

『クロノさんに念話で連絡を取ってもらえないかな?』

 僕は、なのはちゃんにクロノさんに念話で連絡をしてもらうように念話で頼んでみた。口にしないのは、テロリストの人たちに気づかれないようにするためである。僕では無理かもしれないが、なのはちゃんなら可能だろう。なのはちゃんの念話は、僕のような町という単位ではなく、国という単位で通じるらしい。つくづくなのはちゃんの規格外の魔力の大きさが分かろうというものだ。クロノさんがミッドチルダにいるなら、なのはちゃんから話しかければ、通じるはずだ。

『うん、分かった!』

 元気に返事してくれたなのはちゃんが、目を瞑るようにして集中した、その後、すぐに僕に念話による通信が入ってきた。

『翔太くん、なのはさん、無事かい?』

 声はまさしくクロノさんだ。僕の念話が今更ながら通じたのかな? と思ったが、おそらく違うだろう。なのはちゃんが気を利かせて、僕にも念話を流してくれているらしい。つまり、なのはちゃんが中継塔のような形になっているのだ。実に器用だと思う。魔力だけではなく、その扱いにも長けているといえるだろう。

『はい、無事です』

『そうか、よかった』

 僕からの返事を聞いたクロノさんは、どこかほっとした声で、僕たちの無事を喜んでくれた。本当にクロノさんは、いい人だと思う。時空管理局が警察のような組織というのであれば、クロノさんほど嵌っている人はいないのではないかと思う。

『あの、外の様子はどうですか?』

『今は、地上部隊がショッピングモールを囲むように展開して、逃げてきた客を避難させているよ』

 逃げてきた客? てっきり、僕は全部の区画が僕たちのように防火扉で仕切られた、と思ったのだが、どうやら違うらしい。しかし、よくよく考えてみれば、納得できる理由だ。この場所だけでも三人が監視役として銃を持っている。防火扉がどれだけのブロックに分割できるか分からないが、10以下ということはないだろう。ならば、監視役に必要な人数は最低でも三十人以上必要だ。

 人数が大きくなればなるほどに統率を取るのが難しくなる。だからこそ、作戦に妥当な人数に絞ったのだろう。

『もしかして、捕まっているのは、僕たちだけですか?』

『いや、確認できただけでも8ブロックが君達と同じように隔離されている』

 運が悪かったと思うべきか。同じような広さが8ブロック。面積比で言うならば、人質になる確率よりも、逃げられる確率のほうが高いはずなのだが。事前に知っていたわけではないので、嘆いても仕方がない。巻き込まれたことを不運に思うだけだ。

『そうですか。救助のほうは動いてますか?』

 巻き込まれた不運については仕方ない、と割り切って、僕は助けについて聞いてみた。普通なら、警察―――この場合は、時空管理局の地上部隊の人たちが助けてくれるのだろうが、おそらく8ブロックに分けられたことが救助を難しくしている。なぜなら、一箇所なら、突入のタイミングを計るのは、簡単だ。しかし、別れている場合、一気にタイミングを合わせるのが難しくなる。

 もちろん、一箇所一箇所占拠していく方法もあるが、彼らは意外と用意周到だ。無線できちんと定時報告をしているのだから。時計がないから分からないが、おおよそ十分に一度ぐらいだろうか。つまり、一箇所一箇所占拠していくにしても、定時報告のタイミングを見計らって、一気に制圧する必要がある。予想以上に時間をかけた場合、人質に危害を加える可能性があるのだから。

 考えれば、考えるほど、今回の事件の計画はよく練られている事が分かる。しかし、そうなると怪訝な事が一つある。

 それは、今、こうやって僕が外と連絡取れていることだ。魔法という手段が、一般的ではない僕の世界なら分かる。しかし、ここは魔法世界だ。これだけ念入りな計画を立てている彼らが、魔法のことを失念しているとは考えられない。ならば、なぜ、こうやって僕たちは見逃されているのだろうか。

『……言いにくいことなんだが、もしかしたら、救助は長引くかもしれない』

 この事件に関して不審な点を考えているとクロノさんが、やや言いづらそうに言葉を発した。

『理由を聞いてもいいですか?』

『ああ、どうも、奴らAMF発生装置を持ち込んでいるようだ。しかも、強力なやつを。地上部隊では、ショッピングモールで魔法を使うことはできない』

 ああ、なるほど、と僕はクロノさんの言葉に納得してしまった。彼らは、魔法のことを考えなかったわけではないのだ。考える必要がないのだ。AMF―――アンチマギリンクフィールドだっただろうか。魔力結合を分解する魔法殺しの結界魔法。AAAランクに値する結界魔法である。

 魔法殺しという割には、魔力結合を分解するだけなので、体内で展開される魔法―――身体強化などは発動できるという代物だ。

 なるほど、僕の念話が通じなかった理由が分かった。AMFに妨害されたと見るのが適当だろう。もしも、AMFによる妨害を回避するつもりなら、なのはちゃんのように圧倒的な魔力でねじ伏せるしかない。

 だが、なのはちゃんほどの魔力を持つ人間がどれだけいるのだろうか。特に地上部隊に。クロノさんの話では、ほとんどの主力は海―――本局に偏っているという話だが。ああ、だから救助が遅れるのか。

 AMFで魔法が封じられた彼らには、救助のためにできる手段としては身体強化で突入するぐらいだろう。しかし、銃を持っている連中にそれは自殺行為だ。バリアジャケットが展開できれば、話は別だろうが。あれもAMF下では、影響を受けてしまう。

『今、本局のほうにも連絡して、陸との共同戦線を張るつもりだ。だが、少し時間が必要かもしれない。すまない……少しの間、耐えてくれ』

『分かりました。首を長くして待っておくことにします』

 できるだけクロノさんが気負うことがないように、冗談交じりで僕は答えた。確かに待つことは苦痛だが、危険がなく、クロノさんも頑張ってくれている以上、文句が言えるはずもない。早いことに越したことはないが、焦って、きゅうじょが 不確実なものになるよりもいい。

 僕の気遣いなんてものは軽くばれていたのか、クロノさんは、くくっ、と苦笑するとやや気が抜けたような声で言う。

『子どもが気を使うものじゃない。できるだけ早く話がつくようにするから。それまで待っていてくれ』

 クロノさんとあまり身長は変わりませんよ、とはいえなかった。クロノさんとの念話は、それで切れた。おそらく、話していたように地上部隊との交渉を優先したのだろう。ならば、僕にできることは、銃を持って見張っている彼らを誰も刺激しないようにすることだけだ。

 僕はなのはちゃんに念話を繋いでくれたことにお礼を言うと、しばらくの間、大人しく待つことにした。



  ◇  ◇  ◇



『ショウくん、クロノって人から念話だよ』

『え? なんだろう?』

 大人しく待つことにしてどれだけの時間が流れただろうか。生憎ながら、時計すら見る事ができないこの身では、正確な時間の流れすら分からない。それなりの時間は経っていると思う。

『翔太くん、聞こえるかい?』

『ええ、どうしたんですか? クロノさん』

 クロノさんに用件を聞きながらも僕は、内容に大体の予想ができていた。この状況下で伝えることは、一つしかない。ありていに言えば、僕は救助が来ることを期待していた。いい加減、ここにいるのは窮屈になってきたからだ。後ろ手に縛られた手首も段々、痛くなってきたし。しかし、クロノさんの口から語られた言葉は、半分だけしか僕の期待にはこたえてくれなかった。

『救助の準備ができたんだ。だけど、少し問題があってね。8つのブロックに人質が別れているんだが、位置的な問題で、すべてを同時に制圧するのが無理そうなんだ。いや、むしろ、一気に制圧されないように場所を選んでいるというべきか』

 これほど用意周到に計画を練っている彼らだ。その可能性も否定する事ができなかった。しかし、それは悪いニュースだ。さっき考えたように、この事件では、一気に制圧できないことは、この事件による被害者を増やす原因になってしまう。できるだけ、同時に制圧しなければならない。

『そこで、非常に心苦しいお願いなんだが、君達でその区画の制圧をしてもらえないか?』

 クロノさんが本当に申し訳なさそうに口にする。元来であれば、自分達の仕事だろうに僕のような子どもに頼るしかないのだから、口惜しさも一入だろう。自分の仕事に誇りを持っていそうなクロノさんが、お願いするのだからよっぽど切羽詰っていることは容易に想像できた。

『でも、僕は魔法が使えませんよ』

 AMFがある限り、僕は魔法が使えない。僕が使える魔法の中で制圧のために役立ちそうなチェーンバインドさえ、このAMF環境下では、発動することすら難しいだろう。いや、たとえ、発動したとしても名前の通りの鎖の強度を保てるとは思えない。

『ああ、それは大丈夫だ。AMF発生装置は、恭也さんが壊してくれることになっている』

『それは―――』

 恭也さんの名前を聞いて、少しだけ驚いた。いや、確かに僕は四月の事件で恭也さんのことは知っている。あのジュエルシードが取り憑いた化け物に対して一歩も怯まなかったのだから。ただ、それが銃を持ったテロリストに通用すかどうか疑問だ。なにより、数の問題がありそうだ。一対多数になるだろうが、大丈夫だろうか。

 しかし、僕がそんなことを考えても仕方ない。なにより、恭也さんが自分ができないことを安請け合いするような人には見えない。恭也さんができるといえば、できるのだろう。

『分かりました。なんとかしてみます』

 いいよね? という意味をこめて、なのはちゃんの目を見ると、彼女は、コクリと静かに頷いてくれた。

 魔法が使えるのであれば、僕でも彼らを相手にすることは可能だろう。いや、そもそも、よくよく考えれば、なのはちゃんがいれば、彼らぐらいなら簡単に制圧する事が可能だろう。もっとも、ただ見ているだけというのは、みっともないので、僕も加勢はするが。

『タイミングは、僕が知らせる。最初に陽動部隊が突入するから、その隙を突いてくれ』

 クロノさんなりの配慮なのだろう。確かに、どこかに部隊が陽動で突入すれば、一瞬とはいえ、僕たちから注意はそれる。その時間を使えということなのだろう。僕は、その好意に甘えることにして、クロノさんが出すタイミングを待った。

 なのはちゃんと行動を相談している間に、その時は、案外早くやってきた。

『準備はいいかい? 今から五秒後に作戦を開始するよ。5、4、3、2、1』

 クロノさんのカウントダウンが終わった直後、耳を劈くような爆発音が鳴り響き、ショッピングモール全体が大きく揺れる。さすがに、この現象を無視するわけにはいかなかったのか、テロリストたちも慌てた様子で、無線を使って状況を把握しようとしていた。人質になっている人たちも悲鳴を上げたり、突然のことに怯えていたりしていた。僕たちはその騒ぎにまぎれるようにして行動を開始する。

「「チェーンバインドっ!!」」

 僕となのはちゃんの声が重なる。僕が発動したチェーンバインドは2本に対して、なのはちゃんは1本。それぞれ、テロリスト達を拘束するように動く。特に両腕がこちらに向かないように注意する。魔法を使えても拳銃で撃たれれば、一緒だからだ。魔力が弱い僕のほうが、チェーンバインドの本数が多いのは、なのはちゃんよりもデバイスなしの状態で魔法を展開することに慣れているからだ。それになのはちゃんには、僕ではできないことやってもらう必要がある。

 おそらく、彼らは作戦を知っていたのだろう。しかし、それでも魔法を使っている僕に対して驚愕の様子を隠す事ができず、なっ! と驚きの声を上げていた。その時間すら間抜けだ。驚いている間にも僕たちは行動を開始する。

 なのはちゃんのアクセルシュータでプラスチックのバンドを引きちぎった僕は、身体強化の魔法を使った状態で、真正面のテロリストに向かって走る。僕の魔力光である白いチェーンバインドに拘束されたテロリストに勢いをつけた蹴りをお見舞いすることは容易だった。

 身体強化の魔法をかけた僕の蹴りは、子どもの身体といえども成人男性並の威力がある。手加減なしで蹴ったのだ。彼の体が文字通り飛ぶのも仕方ない話だ。僕は、それを見届けた後、踵を返して、人質の人たちが固まっている場所へと駆け出した。

「スフィアプロテクション」

 僕は、この魔法の初心者講習で新しく覚えた魔法を展開する。対象者全体を囲う防御魔法だ。この場合の対象は、人質の人たちだ。一箇所に集められていた事が幸いした。これでばらばらだったら、全体を守る事ができなかっただろう。

 この場合、僕が恐れていることは、テロリストたちが魔導師であることだ。銃を持っていることは魔法を使えないことと等価ではない。もしかしたら、本当は魔法が使えて、AMFの関係で銃を持っているかもしれないのだから。もしも、魔法が使えるとすると、僕たちのチェーンバインドだって簡単に解いてしまうかもしれない。その可能性を考えると、人質の人たちを守るためには、万が一に備えて広域結界をはる必要があった。

 さて、僕は上手くいったけど、なのはちゃんは―――と、視線をなのはちゃんの方に視線を移してみると、なのはちゃんは、聖祥大付属小の制服に似たバリアジャケットに身を包み、おそらく気絶しているであろうテロリストを彼女のデバイスであるレイジングハートでつついていた。

 しかも、なのはちゃんが気絶させたのは、見張り役だった三人だ。つまり、僕が広域結界を展開している間に僕が相手にしていたテロリストまで気絶させたことになる。僕の目的は、テロリストを結界の内部に入れないために範囲外に蹴り出すことだったので、意識を絶つことは二の次だったのだ。

 しかし、こうも手際がいいと、彼女も恭也さんと同様に何か剣術のようなものでも習得しているのだろうか、と思ってしまう。魔法だけでも圧倒的なのに、それに加えて技術まで手に入れたら、彼女はまさしく鬼に金棒である。

 そうやって、なのはちゃんを見ていると、彼女は僕の視線に気づいたのか、レイジングハートでテロリストをつつくのをやめて、僕に向かって大きく手を振っていた。おそらく、全員、意識がないことを確認したのだろう。

 どうやらクロノさんに頼まれたこの区画の制圧は完了したようだ。

 こんなことは初めてだったので少し緊張したが、上手くいったようで安心した。僕は、ほっと安堵の息を吐いた後、ああ、そういえば、なのはちゃんに手を振り返さないと、と思い出してなのはちゃんに応えるように大きく手を振った。



 ―――不意に胸に激痛が走る。



「え?」

 その呟きは果たして誰のものか。きゃぁぁぁぁぁ、という悲鳴が近くから聞こえる。不意に痛みを感じた胸に手をやってみれば、ぬるっという液体の感触。その感触の正体を確認するために手を見てみると、僕の右手は赤黒い何かで装飾されていた。

「あ……れ? ごふっ」

 その赤黒い何かの正体を見極める時間もなく、不意に吐き気を感じた僕は赤黒く装飾された手を口に持っていく。吐かない様に気をつけたつもりだったが、その努力むなしく胸の中からこみ上げてきたものは、僕の口から吐き出され、同時に感じる錆びた鉄のような味。

 僕はその味を知っていた。

 ―――ああ、そうか、これは……血だ。

 冷静だったわけではない。おそらく、一種のショック状態だったのだろう。だが、それを認めてしまえば、もはや僕の意識を保つことは難しかった。僕の意思に反して、立っている事ができない。せめて頭から倒れこまないように膝を突いてショッピングモールの床の上に倒れこむ事が精一杯だった。

 倒れこむと同時に粘度の高い液体に身を沈めたのか、耳に響くビチャッという音。その液体は、ほんのりと生暖かかった。

 うつ伏せになった僕の視界は、赤い、紅い世界を見ており、同時に僕の意識が逸れたからか、結界魔法が解除されるのを見えた。

 ああ、もう一回張りなおさないと。

 そうは思うが、身体が動かない。ショッピングモールの中は一定の温度に保たれているはずなのに、まるで極寒の中にいるような寒気を感じる。意識がはっきりとしない。考えがまとまらない。

 おい、坊主っ! という声や誰かっ! 誰かっ! という悲鳴が聞こえるが、意味を理解することはできなかった。

 ただ、僕が薄れゆく意識を完全に絶つ前に最後に覚えているのは――――

「嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ――――なのはちゃんの搾り出すような叫び声だった。



  ◇  ◇  ◇



「ん……ここは?」

「おや、気づいたかい?」

 僕が意識を覚醒させると、いつの間にかまったく知らない場所へと移動し、どこかのベットで横になっていた。しかも、着ている服が病院服とでも言うのだろうか、簡単に脱ぎやすい服に変わっていた。

 しかも、隣から聞こえたのは、クロノさんの声だ。一体どうなっているのか、まったく頭の整理が追いつかない。僕は事情を聞くために起き上がろうとしたのだが、クロノさんは、苦笑しながら、それを手でとどめた。

「いや、起き上がらなくてもいいよ。というよりも、その状態じゃ、起き上がれないだろう?」

 そういわれて、クロノさんが視線を移す両サイドに視線を向けてみると、僕の右手を握るようにして腕を枕のようにしてなのはちゃんが、左手には、同じような格好をしてアリシアちゃんが寝ていた。

 なるほど、確かにこのままじゃ起き上がれないな。

 仕方ないので、僕は横になったまま事情を聞くことにした。僕が覚えているのは、ショッピングモールでテロリストを制圧したところまでだ。あの後は、いろいろ記憶が混濁していて意味が分からない。

「それに、君は質量兵器で撃たれたんだ。検査では異常はなかったが、安静にしたほうがいい」

「撃たれた?」

「おや、覚えていないのか? まあ、あれだけ失血していたら意識も朦朧としているか」

 僕が覚えていないことに納得しながら、クロノさんは、事の顛末を説明してくれた。

 どうやら、僕がテロリスト三人を制圧した後、人質の中に紛れ込んでいたもう一人のテロリストに撃たれたらしい。らしいというのは、クロノさんが現場に到着したときには、すでに僕の怪我は治っており、人質だった人たちの証言だけが頼りだったからだ。人質だった人の証言によると、白い子どもの魔導師が青白い光で治していたらしい。

 その光の原因は不明。回復魔法にしても、なのはちゃんの魔力光は桃色なので、青白い光というのもおかしい話らしいが、なのはちゃんに聞いてもよく分からないとのこと。レイジングハートにお願いしたらしい。一方のレイジングハートは、なのはちゃん以外にはアクセス権限はなく、調査は困難との事から、調査は打ち切られたようだ。

「それで、テロリストの人たちはどうなったんですか?」

 僕のことはわかった。しかし、事の顛末だけは分からない。気になった僕は、それをクロノさんに聞いたのだが、クロノさんは、引きつったような笑みを浮かべたまま教えてくれた。

「うん、まあ、一応、数人の負傷者は出たが、人質の人たちは全員無事だったよ。テロリストも全員逮捕できた」

 どうやら、事の顛末は事の外、思ったよりも上手くいったらしい。おそらく、負傷者の一人に数えられた僕が言うことではなかったが。

「ただ―――」

「ただ?」

「君達がいたショッピングモールは更地になったけどね……」

 あはは、と乾いた笑みを浮かべながらクロノさんが言う。

 更地? どうやったら、あの状態からそうなるというのだろうか。訳が分からなかったが、なぜかクロノさんは僕が聞いても頑なにその原因を応えてくれなかった。まあ、クロノさんも時空管理局の局員なのだ。そう簡単に教えるわけにはいかないということなのだろうか。クロノさんを困らせるわけにもいかない、と判断した僕は、クロノさんに問うのをやめた。

「とりあえず、君の母親を呼んでくるよ」

 母さんは、どうやら別室の親族用の部屋で休んでいるらしい。クロノさんにえらく心配していたから、今から覚悟することだね、と笑いながら言われたが、僕にはクロノさんの真意が分からなかった。疑問符を浮かべる僕に苦笑しながら、病室から出て行くクロノさん。

 彼の苦笑の意味を理解したのは、飛び込んできた母さんに強く抱きしめられ、その人肌の温かさに安心感を覚えながらも、危うく窒息しそうになったときだった。



  ◇  ◇  ◇



「二週間なんてあっという間だったね」

 僕たちは、この世界に来たときと同じ建物に来ていた。第九十七管理外世界―――地球の日本へ帰るために。見送りのために来ているのはクロノさんとリンディさんだ。

 そう、僕たちがテロに遭遇してから数日後、魔法世界の滞在期間が終了した。二週間もいたのか? と思うほど体感時間は早かったが、初めての魔法講義、テロに遭遇、というイベント尽くしでは、それも無理もない話だ。

 あのテロの翌日から、前から僕の後を追いかけてくることが多かったアリシアちゃんだったが、それがより顕著になった。下手すると僕の袖を掴んでくるほどに。僕が怪我して、失血量から考えれば、死んでいてもおかしくない、と聞いたとき一番取り乱したのはアリシアちゃんだったというのだから、こうやって甘えてくるのは、その反動なのだろう。

 母さんも、今まで自分にべったりだったのに、悲しいわぁ、と苦笑しながら言っていた。おそらく、本当は微塵もそんなことは思っていないはずだ。むしろ、微笑ましく思っていたはずだろう。しかし、アリシアちゃんは、その冗談が通じなかったのか、僕と母さんの間で右往左往していた。

 しかも、残り数日になったとはいえ、魔法講義までついてくるのだから。教室では、ただでさえ注目されているのに、その上、新しい人間を連れてきてしまったものだから、さらに注目を集めてしまった。おそらく、原因はそれだけではなく、アリシアちゃんの容姿にもあったのだろうが。

 僕にとっては、可愛い妹程度の認識しかないが、それでも可愛いと思えるのだ。まったく他人である男の子からしてみれば、アリシアちゃんは美少女といえるのだろう。注目を集めてしまったのは、おそらくそんな理由もあるのだろう。

 一方、なのはちゃんも似たような行動を取っていた。もっとも、彼女の場合は、聞いただけではなく僕の惨劇も目にしているのだから仕方ない部分があるだろう。あれがトラウマになっていなければいいのだが、とはクロノさんの言である。確かに人が目の前で撃たれているのだ。それがトラウマにならないとは限らない。

 だから、できるだけ一緒にいて、僕はここにいるということを証明しなければならなかった。

 もっとも、この世界に来てからは一緒にお風呂の入ったり、同じベットで寝ていたりしていたので今更だが。

 故に、テロにあってからも色濃い数日だったというわけだ。

「お世話になりました」

 ありがとうございました、というお礼と一緒にお世話になった二週間のお礼も告げる。クロノさんがいなかったら、ここでの生活も一苦労だったし、テロにあって撃たれてしまうという悲劇もあったが、この世界にくることもなかっただろう。

「いや、僕たちのほうこそ、あんなことに巻き込んでしまって申し訳ない」

 お礼を言ったはずなのになぜか謝られる。しかし、これはもう何度も謝罪を受けている。そして、僕は生きているのだから、問題ないとは断言できないが、これ以上、謝られても困惑するだけである。

「そうだね。じゃあ、もうこれでおしまいだ」

 僕が思っていることを告げると、僕の態度が子どもらしくないと思っているのか苦笑しながら頭を上げていた。

「ああ、そうだ。別れる前にこれを渡しておくよ」

 そういってクロノさんが取り出したのは、数冊のパンフレットだ。まるで、アリシアちゃんが聖祥大付属小に編入する前に貰ったパンフレットのような本である。

「僕が働いている時空管理局のパンフレットだ。もしも、君達が魔法について学びたいと思ったら、連絡をくれ」

 どうやら、勧誘のようなものらしい。クロノさんの話によると管理外世界の人間がこうやって、スカウトのようなものをされるのは、別に珍しい話ではないらしい。ミッドチルダにも管理外世界の住人が時空管理局に勤めている例もあるし、なにより驚いたのは、クロノさんの上司以外にも地球からミッドチルダに来ている人がいることだ。

「もっとも、君達はまだ子どもだ。進む道を今すぐ決めることはないだろう。ただ、別の選択肢があることも覚えていてくれると嬉しいよ」

 報告によると君達は、魔法の才能があるようだからね、と冗談交じりのように言うクロノさん。なのはちゃんは当然としても、僕も同じように言われるとは思わなかった。

「わかりました。これは一応、受け取っておきます」

 クロノさんの言うとおり、今すぐ決める必要はないだろう。僕たちはまだ小学生だ。進路を決めるには幼すぎる。魔法という知らない技術に胸が踊ることも事実だが、この世界に来るということは、僕がいる世界との繋がりが薄くなるということだ。いや、こうして行き来ができていることも事実だが、容易に移動することはできないだろう。

「それじゃ、翔太くん、なのはさん、元気で」

「はい、クロノさんも気をつけてくださいね」

 僕とクロノさんは、がっちりと握手を交わす。なのはちゃんも、おっかなびっくりという様子でクロノさんと握手を交わしていた。

 それを最後に僕たちは、クロノさんとリンディさんに手を振られ見送られながら、空港でいうところのゲートを越えた。

 こうして、僕たちの魔法世界での短い滞在期間は終わりを告げたのだった。





 空白期終わり

 A's編へ続く 
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