| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ALO編
  六十話 桐ケ谷家の朝

 桐ヶ谷涼人の朝は本人の性格に反して人としては規則正しかったりする。
先ず朝五時五十分ごろに携帯端末のアラームが鳴る。のろのろと布団の中から手を伸ばし、携帯のボタンを押してそれを止めると、一度パタリと腕が力を失って垂れ下がる。だいたい五秒後に再び布団がもぞもぞと動き出して涼人が起きあがる。「あー」だの「うー」だのと言語として意味を持たない音を口から発しつつものろのろと箪笥からジャージを取り出し、寝巻として使っている少々大きめで厚手のシャツと下の布ズボンを取り換える。
従兄妹達を起こさないように廊下を歩き、階段から一番奥の自分の部屋から直葉と和人の部屋を通り過ぎて下に降りる。洗面所で顔を一度洗い、外に出て軽く準備運動をしたら町内を軽く走ると言うのが最近の日課だ。

「ほっほっほっ……」
 町内半周。筋力が落ち、碌な体力も戻って居ない以前の身体では時間をかけてゆっくりとその工程を走っていた物だが、今はだいぶ筋力も戻り、体力もSAO以前とはいかずともそれなりに戻っているので、無理の無い程度で町内一周でも走れるようになった。

「とーちゃく。っと」
 桐ヶ谷家がある埼玉県川越市は基本住宅の多い地域だ。家々の間をトントンと走り、大通りや公園を経由して家へと戻って来る。時計を見ると六時半。タイムも縮まって来た。
軽くクールダウンしてから家に入る。汗を流し、部屋着に着替えて、前日の内に家族全員から出されていた洗濯物をジャージと一緒に洗濯機にブチ込む。そのままスイッチを入れようとして……

「りょう兄ちゃんおはよ~ってあ!待って待って」
「おう、スグおはようさん。ってまたか、早く出せ」
「は~い」
 後ろから呼びとめられ、振り返った所に居たのは涼人の従妹。直葉だった。直葉は毎朝剣道の素振りをするのが日課で、既に姿衣は黒い袴に白の道着。右手には竹刀を持っている。後ろから寝巻らしき服のを次々に洗濯機に投げ込んでいく。その内一つを……

「よっと」
「へ……みゃあ!?」
 キャッチ。
直葉が涼人が驚くべき動体視力と反射神経で手に取った物を見て悲鳴を上げる。それは直葉の……ブラジャーであった。

「な、何でわざわざそんなの手に取るのよ!?」
「いや?なーんつーか……」
 涼人は手に取ったブラジャーと、道着の直葉の胸部分を見比べてしみじみとした調子で言う。

「胸、でかくなったなぁお前」
「むにゃ!?」
「いやぁ、二年前何かもっとぺったんこで──「ニャアアアアアアアア!!」うわっ馬鹿!!竹刀は痛いってへぶっ!!?」
 朝方の桐ヶ谷家に、バシッ!と言う打撃音が木霊した。

────

「いつつ……からかい過ぎちまったか」
 ははは……と笑いながら涼人は朝食の準備をする。本日の朝ご飯は、と考えた所で、そう言えば賞味期限の切れかけた食パンが残っていた事を思い出す。

「……偶にはフレンチトーストでも作ってみっか?」
「あ、りょう兄おはよう……」
「おうカズ。おはようさーん」
 タマゴと牛乳、バターを出そうとした所で、後ろからまた声がした。和人である。まだ寝むそうで、少々ぼーっとしているのが分かる。

「スグは……朝稽古か」
「その通り……ほれっ。これでも差し入れるついでに外の空気当って目ぇ覚ましてこい」
 言いつつ、和人にミネラルウォーターのミニボトルを投げ渡す。和人が「ふぁーい」とか何とか言いながら、庭へと向かって行ったのを見送ってから、リョウは台所に向き直った。

「んじゃやるか」
 牛乳と卵の混ぜ物……卵液を適当に切ったパンに適当に付けて……両面をバターを引いたフライパンで焼く。完成。

「さて、んじゃ呼びますかね」
 一応今の工程で三人分作るのに適当に時間が立ったため、従兄妹二人を呼ぶために庭に出る。が……

「あいつら何処行った?」
 庭に二人の姿が無い。不審に思って地面を見た所で、どういう事か気が付いた。
下が母屋の裏に向かって足跡を刻んでいる所を見るに、恐らくは裏手の剣道場に行ったのだろう。

 小さなものではあるが、やたらと敷地の広い桐ヶ谷家には母屋の東側に剣道場がある。なぜそんな物があるかと言うと、和人、直葉、涼人の祖父がこの家を建てる時にほっ建て、そのまま遺言で取り壊すなと言われていたからだ。
 元々、その祖父はやたらと厳しい非常に昔堅気な人物で、自身も警察官であり、若い頃は剣道家だった事もあり、息子である峰嵩氏に同じ道を歩む事を期待したのだそうだ。
しかし峰嵩氏はあっさりと外資系の企業に就職、結婚後も海外を飛び回る日々が続いたため、自動的に祖父の情熱は涼人達孫に向けられてしまった。
涼人はおろか、和人、直葉さえも幼少の頃は強制的に剣道場に通わされそうになったがしかし、実際に続いたのは直葉だけだ。
和人は二年で剣道場をやめ、涼人に至っては続いたのは約一月だけだった。やめる際に涼人は散々祖父に殴られそうになったが、その殆どを涼人は逃げ回り、最終的には母が祖父を何とか説き伏せてそのまま剣道からは離れっぱなし。竹刀にも殆ど触れて居ない。
まぁここつい二ヶ月ほど前までは殆ど本物の刀剣類に触れて居た訳だが。

「ったく、あの爺さんのおかげで後が面倒になったんだよな……」
 小さくそんな事を呟きながら涼人は置いてあった外履に履き替え、剣道場の扉を開く……と、そこは試合の真っ最中だった。

「てぇぇぇッ!!」
 裂帛の気合と共に打ち出された小手がもう相手の手頸へと吸い込まれ……しかし命中するよりも少々早く相手方が身体を捻って的をずらす。

「でぁぉぉぉッ!」
 恐らく「胴」と言っているのだろうが、はっきり言って何言ってんのかさっぱり分からない。と言うか基本的に剣道の試合は見て居ても、言い放たれた言葉より結果で技を判断する方がよっぽど早い。しかしその迫力ある胴も、僅かに身を引いた相手方(というかステップから見て明らかに和人/キリト)に鮮やかに避けられる。
打ち込んでいる方は間違いなく直葉だろうが、全中ベストエイトの直葉の打突を和人は全て見えて居ると言わんばかりにかわしまくる。

『つーか見えてんな』
 まああちらの世界では毎日のようにあのレベルかそれ以上の攻撃を相手にして来たのだ。
直葉の打突は確かに早いが、正直言えば見えるのは当たり前だし、見えさえすれば避けるのは容易と言うものである。

『やっぱ眼はあっちのままか』
 涼人にも直葉の竹刀の動きは事如く見えて居る。成程、あちらの世界での経験も、決して此方の世界で役に立たないと言う訳ではないのかもしれない。
しかしそれでも、限界は有る。

「やあああぁぁッ!!」
 直葉がキリトに一気に突撃し、竹刀を強制的に鍔迫り合いに持ち込んだ。そのまま足腰の地かあらで勝る直葉が思い切りキリトを押しこみ、その勢いに圧倒されたキリトの身体がぐらりとバランスを崩す。そこへ……

「めえぇぇぇぇん!!!」
 直葉の強烈な面が、和人の頭を強打した。

 面あり、一本。

 これが限界だ。幾ら見えて居て、軽い力で身体をずらして攻撃をかわす事は出来ていても、いざ此方から攻撃というのが出来ない。純粋な力で劣る以上下手に押しこむことは不可能だし、かといってシステムアシストが無い以上ソードスキルは使えず、まして敏捷値や筋力値と言うった数値的戦闘能力も無いため身体能力は皆無。キリトの他を圧倒する身体反応速度も、身体が脳について行かないのでは何の意味も無い。
あくまでも、今の涼人達はただの人間なのだ。

 ふらついた和人に直葉が駆け寄った所で、試合は終わった。

────

「お見事だな。流石だぜスグ」
「あ、りょう兄ちゃん」
「なんだよ、りょう兄見てたのか」
「途中からな」
 笑いながら二人に歩み寄ると、二人の顔が此方を向いた。まぁ防具ごしなので顔は見えないのだが……

「ほれ、朝飯だぞ、防具解け」
「あ、うん」
「おう」
 取りあえず二人に防具を解き、食卓に付くよう促した、その時だった。和人が突然竹刀を左右にひゅんひゅんと振り、背中に戻す動作をしたのだ。それはあの世界において、剣士キリトが戦闘後に行っていたのとまったく同じものだったが、当然そこに本来納刀されるべき鞘は無いし、何も知らない直葉から見れば完全に不審者か厨二病患者だ。案の定、頭打ったとか言って心配する直葉に、和人が必死に弁解している。

「それにしても……びっくりしたよ?お兄ちゃん何時の間に練習してたのよ」
「いや、うーん、まぁステップはともかく、アシストなしだとアタックがなぁ……」
 和人の呟いた単語に、またしても直葉が目を白黒させて居る。しかしその表情は和人の次の一言で……

「でも、やっぱ楽しいな、剣道……またやってみようかな」
「ホント!?ほんとに!?」
 一気に笑顔へと変わった。
直葉と和人にとって剣道は長年一つの確執だったのだが、あの世界での経験を経て、その剣道が二人を再び結び付けようとしている様な、そんな感覚を涼人は覚える。

「スグ、教えてくれるか?」
「勿論!また一緒にやろうよ!」
「ん、ま、もうちょっと筋肉が戻ったらな」
 そう言いながら片手で直葉の頭をくしゃくしゃと撫で、直葉は顔を綻ばせながら「えへへ……」と嬉しげな声を出す。
正直なところ、この一ヶ月で本当によく思う。

『良い兄妹じゃねぇの』
 あの世界に行く前の二人を知っている涼人は知らず知らず頬を緩ませながらそんな二人の姿を見守る。これならば、自分の出る幕はあるまい。

『んじゃ、邪魔者は退散しますかね』
 そんな事を思いつつ、リョウは一足先に母屋へと戻った。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧