その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#13 "Rock decides it is high time for a show-down"
前書き
時は来た。それだけだ
ー 橋本真也 ー
Side レヴィ
「お前、格好悪いよ」
正面切ってそう言われた。一対一で面と向かい合った状態で。アタシら二人の他には誰もいやしない。そんな状況下で言われちまった。
「………」
くわえた煙草から立ち上る紫煙越しに相手の顔を見据える。今すぐ殴り飛ばせる程の距離、ではないけれど銃であれば十二分に頭を吹っ飛ばせる距離。
その程度しか離れてないとこにある相手の顔をただただ見据える。
口元はきゅっと結ばれ、額には少し汗が浮かんでる。真っ直ぐにアタシを見てきやがる目からは一歩も引かねえっていう気持ちだけは伝わってくる。
ふううん………
それなりに覚悟は決めてるってわけだ。
アタシは一度ぐるりと廻りを見渡してから、こう告げた。
「O.K. 今ここにはアタシとアンタしかいない。
こんな路地裏の空き地に昼間からやって来るなあ、よっぽどの物好きだ。邪魔が入る可能性は低い。
何でも言いてえ事ほざいちまえよ。遠慮する事たあ、ねえ。もっともそのつもりもねえか?
早速好きな事ほざいたもんなあ。
これから、もっともっと聞かせてくれるんだろ?良いぜえ、大人しく聞いててやるよ。
喜びな!
アタシがこんなサービスするなんて滅多にねえぜ。アンタだけに特別許してやるよ。嬉しいかい?」
"ロック"
最後にそう名前を呼び掛けた時、さてアタシはどんな顔をしてたんだろうな。
笑ってたのかもしれない。そうじゃねえのかもしれない。どちらにせよ、中々いい表情を浮かべてたんだろうよ。自分で見れねえのが惜しいくらいのいいやつを。
何せアタシがロックに呼び掛けた時。アタシがコイツの名を呼んだ時。
目の前に立つコイツはハッキリとその顔に、見慣れてきたもんを浮かべやがったからな。
アタシがこれまでに散々見てきたもの。数え切れねえ程の連中が浮かべて、曝してくれやがったもの。
これから獣に喰われようとしてる獲物が見せるような、怯えと僅かな抵抗心が混じったような表情。
それをコイツの顔に見て取った時、アタシは何だか無性に嬉しくなった。嬉しくて笑えてきちまってしょうがなかった。
何故だかは分かんねえ。けど、んな事は別に分からなくたって構やしない。
どうせこれはゼロの野郎が仕組んだ舞台。アタシはただ楽しませてもらうだけさ。
「ほら、どうしたんだい。アタシは格好悪いんだろ?
良かったらその理由でも聞かせてくれよ。ただ格好悪いとだけ言われたんじゃ、 アタシも立つ瀬がないってもんさ。
アンタがアタシの事をどう思ってるのか、どんな風に見てきたのか、しっかり話して聞かせてくれよ」
腰に当てていた手は胸の前で組み合わせた。
これは当然銃を抜く体勢じゃあない。ま、こんなド素人が相手ならここからでも速攻でデケエ穴開けてやれるけどな。頭でも腹でも好きなところに。
だけど今はまだその時じゃねえ。それにちょっと興味もある。
一体コイツが何を言い出しやがるのかって事が。
以前のアタシじゃ素直に認められなかったけど、現在なら多少は認めてやって もいい。
アタシはコイツに興味がある。目の前で震えながら、でもアタシから決して眼を逸らそうとしないこの日本人に。
最初は情けねえ野郎だと思った。スーツ着てネクタイ締めて、何の苦労も知りませんってな顔した典型的なホワイトカラーだと。
酒はそれなりに飲める奴だけど、くだらねえ事でも簡単に泣くし、ちょっとした事でも吐きやがるし。
ラグーン商会に誘ったのもただの気紛れだ。行き場の無くなった可哀想な馬鹿を拾ってやったつもりだった。どうせ使いもんにもならねえだろうし、すぐに逃げ出すだろうけどな。 そう思ってた。
だけど糞熱苦しいスーツは脱がなかったけど、コイツはこの街に居続けた。アタシらの"仲間"として。
糞メイドが暴れた時には、思わずコイツを庇っちまった。
あの時はゼロへの反発心と糞メイドの身体のどこに鉛玉をくれてやろうか。
そんな事しか考えていないつもりだったけど、確かにあの時アタシはコイツを庇ったんだ。"仲間"として。
潜水艦の中であんな話をしちまったのもコイツの事が無視できなくなっていたからだ。アタシ達とは違う世界からやって来たコイツの事が。
今からコイツがどんな話をするか知らないけれど当然その話も出るんだろう?
覚悟だけは決めとけよ、ロック。
例えこの場が仕組まれた舞台だとしても。アンタが"本気"で話したとしても。
アタシが気に入らねえなと思っちまったら、もう容赦しねえぜ。
アイツも言ってたんだぜ?
アタシはアタシのやりたい事をやりたいようにやって良いんだってよ。
そうじゃなきゃアタシじゃないんだってさ。
決して忘れるな。
この街の名はロアナプラだ。
マトモな奴なんていやしないんだぜ。アンタがその頭の中身をここでぶち撒けて横たわったとしても、誰も泣いても弔ってもくれないんだぜ。
アンタは誰かの糞にまみれてこの街の土になっていくだけだ。
アンタの好きなゼロだって例外じゃない。アタシがアンタを撃ち殺したって、たった一言こう言うだけさ。
そうか、ってな。
賭けてもいいぜ。アイツは"そういう奴"だ。アタシには分かるんだ。アンタには分からないだろうけどな。
さあ、いつまで震えてんだい? 腹あ括りなよ、日本人。大和魂を見せてみなよ。
アンタには期待してんだ。あの野郎にもアタシにも出来ないような事をやって見せてくれよ。
ほら、ほら、ほら!
さあ、さあ、さあ!
ロック!ロック!ロック!
アタシは騒ぐ心を押さえ付け、沈黙を保ちながらロックの口から出てくる言葉を待った。奴が漸く言葉を発したのは、くわえていた煙草が根元近くまで灰になってからだった………
Side ロック
気圧されるな。
腹に力を入れて、しっかり立て。一旦目を閉じて、両の拳を握り締めながら自分で自分に言い聞かせる。
ここで逃げるな。一歩も退くな。
再び両の眼を押し開き、目の前に立つレヴィと改めて向かい合う。
車に戻って来たレヴィに促されて、連れて来られたのは入り組んだ路地裏を抜けた先にある空き地だった。
遠くに見えるのは古ぼけたトラックと積み上げられた土砂。
多分想像するに何か工事の予定でもあったんだろう。
元々この街は第二次大戦中に旧日本軍が軍港として開発しようとしたらしい。
大戦終結後は見棄てられたかのようにしばらくは寂れた港街のままだったようだけど。
だが、いつしかこの街は変質していった。
タイ奥地の生産地から、諸外国へ麻薬を運ぶための一大供給拠点へと。
複数のマフィアが連携して統治するこの街は、基本的に"マトモ"な企業は進出出来ない。
そう。どんなに内側でいがみ合っていたとしても、外敵に対しては一致して事に当たる。 それはどんな国や組織でも共通して持つ防衛本能とでも呼べるものだろう。
この街を一つの生命体と考えると、そこに巣食う犯罪組織のメンバーは抗体とも言えるか。
"情報は隠匿されてこそ価値がある"
いつだったか『イエロー・フラッグ』で飲んでた時に聞いた言葉だ。
さて、発言の主はゼロだったかベニーだったか………
実際俺も昔の仕事柄、多少は外国の危ない街も幾つか知ってはいた。
けどロアナプラなんて街は全く知らなかった。
もっともこれは俺の無知故というより、この街の住人達の尽力故らしい。
自分達の暮らし易い居場所を護るため、彼等は極力情報が流出し過ぎないよう抑制してきたらしい。
その為、この街は裏の世界ではとことん有名ではあるが、明るい光が当たる世界ではただの何処にでもあるアジアの都市という位置付けしかされていないのだ。
時には海外企業が支社工場を建てようと乗り込んで来ることもあるらしい。
嘗ての植民地支配さながらに現地の安価な人件費を当て込んで、間接統治を目論んでいるのだろう。この辺りの図式は今も昔も変わらない。
支配するものと支配されるもの。搾取する側と搾取される側。征服者と被征服者。
ありきたりと言えばありきたりな関係だ。
もっともこのタイという国は他のアジアの国とは違う。形式的とは言え独立を保ち続けてきた数少ない国だ。
今になってその一都市であるロアナプラが、諸外国の進出を阻んでいるというのも不思議な因縁を感じる。もっとも阻んでいる側にタイ産まれの人間は誰一人居ないわけだけど。
そうした海外企業の計画は悉く水泡に帰す。悉くだ。一つの例外もなく。それも徹底的に。
殆んどの場合はそういう情報が入り次第、計画を未然に潰すそうだ。それはもう様々な方法で。
それでもごく稀に勇敢な、或いは無謀な経営者がこの街に自らの信念と情熱を懸けて施設を建てる事もあるそうだ。
それらは操業まで漕ぎ着ける事もあるし、それ以前に他の数多の先人達と同じ道程を歩む事もあるらしい。
土砂が積み上げられたままと言う事は、後者の方なのだろう。
再開発でも狙っていたのか、或いは別の狙いがあったのか。今となっては全く分からないが。
「レヴィ もう一度言うよ。君は格好悪い。潜水艦の中で君の話を聞いてから、ずっと考えていて出した結論だよ」
俺は腹に力を込めて再び語り出した。レヴィは腕組みしたまま俺を睨んでる。
口にくわえられた煙草は殆ど灰になってしまっているのに、気にもしていない。
新しい煙草に火を点ける訳でもなく、吐き捨てようともせずに俺を見据えている。
………レヴィの視線と俺の視線が交錯する。
彼女とこうして正面から向かい合うと正直恐ろしくて堪らない。身体の奥底に刻み込まれた"何か"が、俺の心に突き破りそうな痛みを与えてくる。
レヴィ、なんだな。
彼女はアニメや漫画のキャラクターなんかじゃない。
スクリーンの向こう側で活躍する登場人物なんかじゃない。確かに俺の目の前に存在していて、確かにこの世界で生きている。
時に法に触れる仕事もする運び屋で、人殺しも躊躇わない。納得がいかなければ"仲間"にだって銃を向ける。
俺が今まで見た事もないような女で、出会うなんて想像も出来なかった。
一緒に仕事をするようになってからも、とても踏み込めなかった。彼女の世界に。彼女の内側に。
知ろうともしなかった。彼女がどんな人間なのか、彼女が何を考えているのか。
それでいいと思っていた。
彼女の過去を知らなくても。彼女の現在を知らなくても。
憧れていた。彼女の勇姿に。彼女の艶姿に。
………それじゃあ駄目だったんだ。
見たいものだけを見ていては。見たくないものに目を塞いでいては。
それじゃあ何も変わらない。
俺は"ロック"だ!
俺は"ロック"なんだ!
岡島録郎はあの時死んだんだ。
ゼロは言った。"いつか"なんて日は永遠に来ない。
"いつか"ロックになる日なんて来ないんだ。ただただ待っていれば自分が変わっていく なんて考えるな!
その為にもレヴィから逃げるな。憧れなんて綺麗事は捨てろ。彼女に真正面からぶつかれ。
「何でそんなに金に固執する?そんなに力が欲しいのか。そんなに弱い自分を認めたくないのか」
歯の間から言葉を絞り出す。声が震えていなかったかは自信がないんだけれど。
レヴィがくわえていたタバコは燃え尽き、根元から地面へと落ちていく。
でも、やっぱり彼女は指一本動かそうともしなかった。ただ黙って俺の話を聞き続けていた。俺から一時も目を逸らすことなく………
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