SAO─戦士達の物語
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SAO編
三十八話 刃と聖騎士
「なんつーか、悪意を感じる」
どうも最近、俺はコーブと関わる事が多い。この間からアスナには関わりっぱなしだし、この間もコーブ主催の《キリトVSヒースのおっさん》という妙な決闘を観たばかりだ。
そして今日に至っては……
「何であのおっさんが……」
From Heathcliff
Main 少々話がある。ギルド本部までご足労願えないかな?
反射的にNOの意思を返そうとした俺は悪くないと思う。
何たって最強ギルドの団長殿だ。俺みたいなはぐれソロプレイヤーとは肩を並べる事は有れど接点など全く……と言うわけでは無いにしろ殆ど無い。それが何でいきなり?
はっきり言って怪し過ぎだ。
「ったく……しゃあねぇか」
今日はレベル上げに勤しむつもりだったのだが、どうやら少しお預けらしい。
――――
第五十五層 主街区 グランザム
ギルド [血盟騎士団]本部
長ったらしい階段を門にいた案内人に連れられながら上がる。やがて、殆ど頂上の位置にある扉にたどり着き、案内人は足を止める。
「此方です。お帰りの際は……」
「あぁいや、大丈夫です。お構いなく」
そう言うと案内人は一礼して去って行った。
「さてと……」
取りあえずノック。一応年上だしな。
「入りたまえ」
「おっじゃましまーす」
軽く挨拶しながら扉を開けて部屋の中へと入る。
内部は一人用としては広めの長方形の部屋で、窓が壁一面のガラス張りなおかげか、きらびやかさは無いにしろ綺麗な作りだと思えた。
むしろDDA本部の城のように、無駄に豪華であるよりは俺の好みだ。
「春以来かな?君とこうして会うのは」
そしてその窓手前。部屋ただ一つの机の奥に微笑をたたえて座す、この部屋の主。
「その節はお世話んなりました……あ、ラフコフの件もアスナの提案通して下さったそうで、どうもっす」
言いつつ俺は軽く会釈する。
あの討伐戦の後、アスナに頼んだあの約束には、難しい事は有れどこの男ならばそこまで反対する事も無かろうと思っての事でもあったのだ。
まあ、しかし……
「相変わらず、アスナ君達には話してはいないのかな?」
「ええまあ、話さなきゃいけない理由も有りませんしね、むしろ面倒な説明が増えそうなので」
そう。一応この男と俺は知り合いなのだが、その事はアスナ、キリト含め一切他人には話してはいなかった。
理由は色々あるが……まあ曲がりなりにもSAOで最強と言われるこの男とこんなに軽く話が出来るのを人に知られて、色々と聞かれるのが面倒くさいと言うのが第一だ。
「そうか……まあ、君の意志ならば私はそれを尊重しなければならないね」
「どうもっす」
再び軽い会釈。
そして、俺と目の前の男……聖騎士ヒースクリフは一瞬沈黙する。
「改めて……久しぶりだねリョウコウ君」
「えぇ、ご無沙汰してますヒースクリフ団長」
そうして、はぐれソロプレイヤーとこの世界の剣士の頂点に立つ男は対談した。
――――
「は?休暇……っすか?」
訪ねたリョウにヒースクリフはしっかりとした動作で頷いた。
「あぁ、実は攻略担当の……特に前衛部分の担当者から案件が出ていてね」
そう言うとヒースクリフはアイテムレストレージからスクロール(要は書類)アイテムを取り出し、机の上でリョウの側に押し出して来た。
それを手に取り、中身を読む。
「攻略組一部プレイヤーのレベル突出による問題……あぁ、そう言う事か」
いちいちお堅い感じのする、面倒な文体で書かれた書類の内容は要約するとこういう物だ。
・攻略組内で、一部の突出し過ぎたレベルを持つプレイヤーのレベル調整をしたい。
いつかのフロアボス攻略がいい例だが、SAOと言うゲームはプレイヤーに対する戦闘経験値の割り振りに関して「パーティー内に置いて対象モンスターに対してその戦闘で与えたダメージ総量が高い程、取得経験値も多くなる」と言うシステムを採用している。
勿論、モンスターへの最後の一撃である《ラストアタック》等には結構なボーナスが付く等、例外はあるが……
そしてこのシステム、よくよく考えると意外にえげつない仕様なのだ。
なぜなら、より多くのダメージを与えたいと思うならば、より高いレベルとなるのが一番手っ取り早い。しかしそのためにはより多くの経験値が必要だ。それにはより多くのダメージを……
と、こんな具合に、放っておくとパーティー内でレベルの高いプレイヤーばかりがどんどん大量の経験値を獲得していき、逆にそれによって、レベルの低いプレイヤーは低いまま。彼らの差はどんどん開いて行ってしまう事になる。
そしてそれによるデメリットが最も如質に表れるのが、大量の経験値をプレイヤーにもたらし、ソロ・ギルド含めて多くのプレイヤーが入り乱れて戦う、《ボスモンスター討伐戦》である。
実際リョウは以前、自身の持つ圧倒的な攻撃力により一人で凄まじい量のダメージをボスに与えた結果、殆どそのパーティーの経験値を独占してしまい、メンバーに凄まじい目で睨まれた経験がある。
連結《レイド》パーティー(複数のパーティーを連結して組む大規模なパーティーの事で、ボス討伐や専用クエスト等の大規模戦闘になることが前提の場合に組む事が多い)を組んで戦う《ボスモンスター討伐戦》では、以前からレベル調整は由々しき問題だったのだが、多くの人間の協力が不可欠であるため、あまり進んでは居なかった。
要はここに来て、遂に本格的にそれに乗り出したと言う事なのだろう。
「で、俺に協力のために休暇を取れって訳ですか?」
書類を読み進めるとそこには調整対象となる幾人かのプレイヤー名が書き連ねてあった
キリトや、アスナ。リョウの名前もしっかり入っている。そして……
「団長殿にも頼むとは、下の連中も思い切りましたねぇ……」
「いや、そうでもないさ。やるなら徹底的にやるべきだと言うのには、私も賛成だ」
その中にはヒースクリフの名前も入っていた。
休暇とは言っても事実上は謹慎に近いこの提案。少々団長至上主義な所のあるこのギルドの幹部がよくここに団長殿の名を連ねられたものだ。
まあ流石に、此処でコーブのメンバーを一人も入れないなどという真似をすれば提案される側の連中(主にDDA辺り)が黙って居ないだろうから、やむを得ない所もあったのだろうが。
「それで……どうだろう?勝手とは分かっているが、全体の為にもこの提案、受けては貰えないかな?」
「そーっすねぇ……」
最強ギルドたるコーブの団長殿の頼みとはいえ、流石に答えに詰まる。
そもそもレベル調整は、別にしなくてもソロであるリョウ個人は困らないのだ。むしろ困るのは常にパーティープレイを強いられているギルド側の方であり、リョウのような者にしてみれば、この提案はギルドを含む全体のレベルバランスの為に自分のレベルを犠牲にしてくれと言われているに等しい。
勿論、リョウとてこの先のフィールド及びフロアボスを自分の力だけで討伐出来るなどと、自信過剰馬鹿のような事を思っている訳ではないから、協力する事自体には別段否定的でも無い。
ただ……
「きっかけでもありゃあ良いんですけどねぇ……」
「ふむ……」
そう、きっかけが無いのだ。
どうせ休むなら、理由なり楽しみが欲しい所だが、今のリョウには特に休暇を取ってまでするような長期的な目的となる事があるわけでも無いし、まして楽しみに関しては、現在最前線で繰り広げられる恋愛話を覗いている真っ最中だ。
……こら其処、おじさん臭いとか言うな。
「ふむ、そうか……まあ、考えて置いてくれたまえ」
「分かりました。……えっと今日は」
訪ねたリョウにヒースクリフは再び頷く。
「あぁ、要件はこれだけだ。呼び立てたのだからお茶の一杯でも出すべきだったな……無礼な事をしたね、許して欲しい」
「ははは、俺がそう言うお堅いのが嫌いなのを承知で何も出さなかったんでしょう?もう帰りますから。どうぞお構いなく」
そう言ってリョウは踵を返し、扉に向かって歩を進める。
扉に手をかけた時、再び後ろから声が掛けられた。
「そういえば、君は本当に戻ってきてはくれないのかな?」
聞いたヒースクリフに対して、その質問を半ば予想していたリョウは、ニヤリと笑って首だけで振り返り、言った。
「何度聞いても無駄ですよ。もうフレンドリストに団長の名前はありませんしね」
「ふ……それは残念だね」
「すみませんね。失礼します」
その言葉を最後にリョウは部屋から出て行った。
一人部屋に残ったヒースクリフは、微笑を崩さないまま小さく呟く。
「本当に残念だよ。君が「あれ」を持っていない事も含めてね」
――――
長い階段を降りながら、リョウは呟く。
「ったく。昔っからやっぱ煮ても焼いても食えねぇよな。あのおっさんはよ」
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