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髑髏天使

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第三十三話 闘争その七


「くれぐれもな」
「さもなければ俺もか」
「深淵を覗いた者は自らもその深淵に取り込まれる」
 そしてこんな言葉も出したのだった。
「ニーチェの言葉じゃったかな。確かこんな言葉だったと思うぞ」
「まあそんな感じですね」
 またろく子の首が来て彼に話す。
「私は哲学が専攻ですが」
「おや、そうだったんだ」
「哲学だったんだ、ろく子さんの専門って」
「ふうん」
 妖怪達もそれを聞いて納得した顔で頷く。
「成程ねえ」
「哲学者ね」
「秘書だけかと思っていたけれど」
「そっちの顔もあるんだ」
「しかも専門は十九世紀の西欧の哲学ですよ」
 話しながら上機嫌でその首を左右に動かしていく。実によく動き伸びる首である。
「ですからニーチェも」
「ニーチェか」
 牧村が反応したのはそこだった。
「そうか」
「いいと思われますか?牧村さんは」
「そうだな。悪くはないだろう」
「そうですか」
 彼の今の言葉を聞いて明るい顔になるろく子だった。
「それは何よりです」
「しかしだ」
「しかし?」
「ニーチェか」
 彼が今度言うのはそのニーチェについてだった。
「あの学者も独特だな」
「色々と辛いことも経験してきておる」
 博士もそのニーチェについて話に加わってきた。
「特に最後はのう」
「狂死だったな」
「梅毒だったと言われておる」
 これはあくまで一説である。しかし有力な説であるらしい。
「それでじゃ。錯乱してのう」
「そしてそのままでした」
 ろく子の声は実に悲しいものだった。表情もそうなっている。
「あの人はそれで」
「そうだったな」
 博士がまた言った。
「惜しい話じゃ」
「あのまま生きていたらどうなったでしょうか」
「さて」
 しかしろく子の今の問いにはだ。首を捻る博士であった。
「それはわからんな」
「わかりませんですか」
「どうなったか見当がつかん」
 そしてこうも言った。
「わしにはな」
「学界でもかなり特別な位置にいましたし」
「逸材じゃったが異才じゃった」
 それがニーチェだというのだ。
「何しろ哲学よりもギリシア悲劇じゃったからな」
「そしてワーグナーですね」
「うむ」
 ドイツを代表する音楽家である。まさに音楽史の巨人である。
「ニーチェといえばな」
「ワーグナーですね」
「星の友情は残念な結果に終わった」
 ここでも残念という言葉を出す博士だった。
「まあ仕方ないと言えば仕方ないが」
「ワーグナーの人間性も考えれば」
「ニーチェもワーグナーを完全にわかっておらんかった」
 それもあったというのだ。
「二人の相違がそのまま決別になったからのう」
「特にニーチェのワーグナーへの一方的な感情がですね」
「そうじゃな。ニーチェはワーグナーに片思いをしておった」
 ここでは恋愛的な意味合いはない。 
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