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髑髏天使

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第二十一話 人狼その二十二


「あっ、いいな」
「羨ましいわよね」
「全くだよ」
「本当」
 その席に入った未久を見て男の子達も女の子達も言う。
「サイドカーのあの席に座れるなんてな」
「あんな渋いお兄さんの隣に座れるなんて」
 ただしその感じているものは違っていた。
「いいよなあ」
「羨ましくて仕方ないわ」
 それぞれ言い合う。未久はその中に座る。その席の座り心地はいつもと同じで何処か硬いものがありそして狭かった。
 だがその硬さと狭さがだった。未久にはそれが実にいいものに感じられたのだった。
「じゃあ塾ね」
「行くか」
「ええ」
 今回は短いやり取りだった。
「それじゃあ」
「帰りに迎えに行く」
 また言う牧村だった。言いながらヘルメットを被る。
「それでいいな」
「帰りも来てくれるのね」
「いつも通りだ」
 それはいつもと。やはり言葉は素っ気無かった。
「いつも通り来る。いいな」
「有り難う」
 未久もまたヘルメットを被る。それを被りながら兄に話した。
「それじゃあ」
「行くぞ」
「ええ。じゃあ行こう」
 また言う未久だった。
「塾にね」
「この学校は同じだな」
 牧村は今は校舎を見ていた。その白い三階建ての一棟の校舎を見ての言葉だった。
「俺が通っていた頃とな」
「ああ、そういえばお兄ちゃんこの学校の出身だったね」 
 未久も兄の言葉を受けて思い出した顔になった。
「私が子供の頃に通ってたわね」
「そうだったな。もう卒業して五年だ」
 彼は言った。
「早いな。時間が経つのは」
「まさかこうしてお兄ちゃんのサイドカーに乗れる日が来るなんて」
「嫌か?」
「ううん」
 微笑んだうえで首を横に振ってそれは否定した。
「全然」
「ならいいんだな」
「だって気持ちいいから」
 にこにことしての言葉だった。
「悪い筈ないじゃない」
「その席にいると気持ちいいのか」
「お兄ちゃんは乗ったことなかったの?」
「子供の頃にはあった」
 こう妹に答えるのだった。
「その頃はな」
「じゃああるんじゃない」
「しかし今こうして運転している方がずっと心地いい」
 そのうえでこうも告げた。
「俺にとってはな」
「運転している方が好きなの」
「そうだ。だから俺はこのサイドカーに乗る」
「私にはよくわからないけれど」
 彼女にとっては横に乗っている方がいいのだ。だから今の兄の言葉には首を捻るのだった。
「そうなの」
「御前も将来乗ってみるか」
「どうかしら」
 また首を捻ることになったのだった。
「あまりバイクに乗るのは興味ないし」
「乗せてもらう方か」
「どっちかっていったらね」
 そういうことだった。
「そっちの方がいいわね。今みたいに」
「ならそうするといい」
 牧村は妹のその言葉を受けて述べた。
「俺は何時までも御前を乗せて進む」
「頼むわね。それでね」
「それで。今度は何だ」
「有り難う、お兄ちゃん」
 兄に顔を向けて見上げてにこりと笑っての言葉だった。
「その言葉忘れないわ」
「では行くぞ」
「ええ」
 またにこりと笑って兄の言葉に頷くのだった。
「それじゃあ。行こう」
「飛ばすか」
「スピードはいいから」
 別にスピードにはこだわらない未久だった。彼女にとっては車やバイクのスピードといったものは別にどうでもいいものであったのだ。だからこう返したのだった。
「安全運転で御願いね」
「何百キロ進んでも安全運転だが」
「何百キロも出して安全運転も何もないじゃない」
 この辺りは案外厳しかった。
「そうじゃないの?」
「そういうものでもないが」
「そういうものよ。とにかくね」
 未久は兄の言葉を遮るようにしてまた言ってきた。
「急がないからゆっくりでいいから」
「そうか」
「塾はじまるまでにはまだ時間があるし」
 だからだというのだった。
「本当にゆっくりでいいのよ」
「わかった」
 ここでようやく妹の言葉に頷いた。
「それでは。ゆっくりと行くぞ」
「御願いね」
 こうして牧村は妹を乗せてそのうえで彼女の塾に向かうのだった。今の彼は妹が知る無愛想だが彼なりに優しい、そんな兄だった。


第二十一話   完


                 2009・8・27 
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