SAO─戦士達の物語
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SAO編
八話 青年の苦手な物
目の前で、少女が泣いている。
嗚咽を漏らし、目からあふれ出す涙を自分の意思では止めることも出来ずに流れるがままにして、泣いている。
正直言って、嫌な気分になる。
それは、苛立ちや、怒りなんかの激しい感情では無い。
嫌悪や、疑念なんかの黒っぽい感情でも無い。
ただ、嫌なのだ。
目の前で女性が涙を流すと、それが誰であれ何故であれ、たまらなく心がモヤモヤして気持ちが悪い。(嘘泣きは見分けがつくが)
しかも、こんな状況からは普段の俺なら即刻立ち去る所なのに、そんな事が出来る流れでも無い位置に今の俺は居るわけで。
仕方が無い……か
「その、悪かった、間に合わなくて……」
何とか話してみないと、この子が泣き止むことは無さそうなのでとりあえず謝る。
多分俺がもうちょっと敏捷度を上げていれば、この涙は防げただろう。
或いは投擲スキルをうまく使っていれば。
或いは初めの一瞬の躊躇が無ければ。
いずれにせよ、もしかしたら防げたかもしれないこの状況に罪悪感を感じた俺は、自然と謝罪の言葉を口にしていた。
「……いえ……あたしの……あたしのせいですから……。助けてくれて……ありが、とう、ござ……」
と言われても、必死に泣くのを堪えてる顔ではむしろこっちが苦しくなるばかりだ。
ああああ!駄目だ!どんどんモヤモヤが増してきた!
とりあえず何か逃げ道は無いかと考える……ふと、彼女の足元に落ちている水色の羽が気になった。
俺は少女の前に跪いて、正面から目を合わせられるようにする。
「なぁ、その羽……アイテムだったりするか?」
普通に考えればあの小さな竜の遺品なんだろうが、この世界に置いてそんな気のきいたシステムは無い。
死ぬ時はきれいさっぱり砕け散って消滅するのがこの世界だ。逆にいえば、何か残して逝ったという事は意味があるかもしれない訳で。
戸惑ったように少女が顔を上げる。
髪は薄い亜麻色で、左右を赤い玉のような装飾が成された髪飾りで結んでいる。
顔立ちは整っているが、やはりというか……幼く、多分12~4歳だろう。
改めて正面から見ると可愛らしい顔をしている。中層プレイヤーたちのアイドルにもなるわけだ。
アイテムの名称などを見るには、シングルクリックの要領でそのアイテムに触れるのが最も手っ取り早い。
ゆっくりと、恐る恐るといった様子で少女の指が羽に触れ、半透明のウィンドウにアイテム名と、何故か重量が表示される。
[ピナの心]
[0、2g]
軽いな、ピナの心。
いや、そういう状況で無い事は分かっているが何と無く思ってしまったんだ。うん。
と言うかこの子また泣きそうになってるし!ああっ!くそっ!
「待った待った!なんか思いだしそうなんだ、頼むから泣かんでくれ!」
「え……?」
後半が本音なのは認めるが、前半も決して口からでまかせでは無い。
キョトンとした顔の少女を尻目に俺は必死に思考を巡らせる。確か最近どこかで……
『思い出せ、思い出せ思い出せ……早く思い出さないと精神的に俺がきつい……』
心、心、心……
考えている内に、俺の頭の中に三週間ほど前に俺の行きつけの店で義弟とした会話が思い出される。
『そう言えば最近47層で──』
『──へぇ、でも俺使い魔居ないし関係な──』
我が義弟に感謝だ。今度茶でも奢るとしよう。
「もしかしたらその使い魔、蘇生できるかも知れんぞ。」
「え!?」
キョトンとした顔が、今度はぽかんとした顔に変わる。口が半開きだぞ少女よ。
「俺も最近聞いた話なんだがな、47層にある《思い出の丘》って所に咲く《プネウマの花》ってのが、何でも使い魔蘇生用のアイテムらs」
「ほ、ほんとですか!?」
最後まで言わせろよ。
まぁしかし、先程までと違って彼女の顔には光が灯っていた。良い兆候だ、泣いて無いし。
駄菓子菓子
「……47層……」
またしても少女は落ち込む。まぁ、この層(35層)であの戦闘内容なら当然だろう。
正直な話、とても一人で47層を突破できるとは思えない。
というか、また泣きそうになってる。あぁもう……
「あーっと……報酬さえもらえりゃ俺が行ってくるが、本人が行かんとその花が咲かんそうなんだよな。」
これも事実である。そして問題はもう一つ。
「いえ……情報だけでも十分です。いつかは、きっとそこまで……」
「あーすまん、あまり言いたくないんだが、そう都合よくも行かないんだよ。」
この上更に追い打ちをかけるような事を言うのは非常に心苦しいんだが、言わずに頑張らせたら事実を知った時に自殺でもしかねん。
「蘇生にはタイムリミットがあるらしくてな、3日以内に蘇生を行わないと、「心」が「形見」に変化して二度と蘇生できなくなるそうなんだよ。」
「そ、そんな……!」
まぁ、さっきも言ったように35層であの内容なのだ。恐らくこの子のレベルはせいぜい47層では適正レベル(階層数と同じ数字のレベル)かそれ以下。間違っても安全レベル(階層数に+10レベル程度)ではないだろう
「う、く……」
分かってはいたが、やはり絶望させてしまったらしい。
目の前の少女は、地面に落ちていた水色の羽を両手で胸に抱くようにしてうつむき、肩を震わせながらまた、泣きそうになっている。
「……っ」
泣いている少女の姿が、何かと……。
いや、俺には関係ない。分かってる。このままこの子が希望を無くそうが勝手だし、最悪自殺したって俺には全く実害は無い。
むしろ、俺は感謝されるべきだ。それが分かっていながら、こんな所までわざわざ追いかけて来てまでこの子の命を救ったわけだし。貴重な情報まで与えた。
この現実主義者しか生き残れなくなった世界で、人より自分を優先するのが当然の世界で、此処までしただけでも異例だ。このまま立ち去っても誰もとがめない。
それに俺は今依頼を受けている。そうだ、今すぐ此処を立ち去ってロザリアを追いかけよう。そうすれば……
少女の瞳から透明な光が落ち、また一つ、地面に小さな染みを造った。
「…………」
畜生め。
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