その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#11 "Labyrinth of thought"
前書き
俺がいつも何を考えているかって?
とても人には言えないような事ばかりさ。
Side ゼロ
「じゃあ、後はよろしく頼む」
ヨランダにそう告げて俺は応接室を出た。別にそのまま部屋に残っても構わなかったようにも思うが、な。
ロックのやつは気にしないかもしれんが、やはり悩み事の相談など一対一で行うものだろう。俺も特に口を出すつもりはないし、あの場にいてもしょうがないだろう。
俺は何処へ向かうでもなく、応接室を出て一人教会の廊下を歩く。応接室同様、古くなってはいるが清潔さは保たれているな。
心密かに感心しながら歩いていると、窓から射し込んでくる日の光が俺の影を床に映し出した。
影、か。
歩みを止めないまま意識を己の内側へと向ける。赴く先にあるのはロックの事だ。
ロックが見てしまったのは俺達の影の部分か。いや、今までアイツが見てきたもの全てが 影と言えるのかもしれんな。
俺達は架空のヒーローなんかじゃない。ただの"悪党"なんだ。
"光あるところ、また影も生まれる"
確かに光に影は付き物だ。影を生み出さない光なぞあり得ん。そこに濃淡の違いはあったとしても影は影だ。そして、この街は世界の影だ。
刹那、光で照らし出されていたとしてもそれは街の極く一部だ。踏みとどまるなら今の内なんだがな。
意識がゆっくりと内側から外界へと向かう。ふと足を止め、 窓から教会の中庭に目を遣る。
花も何も植えちゃいない、木でも草でも生えるに任せた殺風景な庭だ。
浮かぶ感想なんてそんなものだった。神の住む家にしちゃ随分な光景だが、そもそも神なんて録なもんじゃない。
まあ、所詮天上の世界の事は俺達には窺いしれん。地上を這いずり回る事しか出来ない身としてはただ足掻くだけだな。
窓に向けていた目を正面に向け再び歩き出す。意識は再び内側へと向かい、やはりこの街で出会った日本人の事が表層に浮かんでくる。
今頃はヨランダにあれこれと話をしている事だろう。隠そうとしても無駄だ。あらいざらい全部喋らされちまう。心の中にあるもの、全部な。
あの辺は年の功か、それとも"昔の職業"故か。まあ、ロックの相談相手としちゃ最適だろう。思う存分吐き出すと良いさ。
………何故か頭の一部が熱くなった。そっと指で熱くなったこめかみに触れる。見た目じゃ殆んど痕は残ってない。触ってみて漸く分かる程度だ。
「………」
指を離してあの時の事を回想する。
"あの時" レヴィが俺に銃を向け、俺はそれを黙って受け入れた。結果として俺はまだ生きてラグーン商会の一員を続けてる。レヴィとの仲は至って良好。絆がより深まったと感じるほどだ。ロックには分からんだろう。分かって欲しいとも思わないが。
「………」
死者への想いと現実の生活。
先日聞いたばかりのロックとレヴィが潜水艦の中で交わした会話。二人の思いの擦れ違い。
ロックも中々のセンチメンタリストだが、それに付き合うレヴィも大概だな。やはり彼女にとってロックという存在は特別なものなのかな。
恐らくまだ教会の建物外にいるであろう相棒の顔を脳裏に描く。
彼女の過去の話は聞いた事がない。俺も彼女に自分の過去なぞ語った事はない。お互い聞くべきでもないし、聞く必要もないと分かっていたからだろう。
要するに安心して背中を預けられるかどうか。それさえ分かっていれば充分だ。そう思っていたんだろうな、きっと。
「………」
廊下の真ん中で足を止め壁に向かって一歩近づく。そのまま身体をゆっくりと回して、壁に背中を預けてみる。
タバコを吸おうかと手を伸ばしたが、思い直して手をそのままポケットに入れる。目は閉じたまま顔を床に向けている俺。
レヴィを特に"女"として意識した事はない。
いい女だとは思うが、抱きたいと思った事はない。尊敬もしているし、憧れてもいるが、 独占したいと思った事はない。
これまで背中を預けて戦ってきたが一番の理解者は俺だ、などと自惚れるつもりもない。
そんな事を考えた事はない。それは確かだ。 なら、
俺は今何を考えている?
「世界は不完全。そこに生きる人間もまた不完全。だから誰もが誰かを羨ましく思う。自分に無いものを求めて。自分ではない誰かがそれを持っている。そんな気がして」
目は閉じたまま小さく呟く。あの時。船の中でレヴィに銃を向けられたあの時にも、彼女に告げた言葉。
……覚えているものなんだな。ガキの頃に聞かされた言葉というものは。
まして場所が場所だからな。
自分がガキの頃に一時期身を寄せていた場所、だからな。ここは。
「……よく俺に聞かせてくれたよな」
ヨランダには感謝しなくちゃいけない。ここを守ってくれているんだから。
口許が僅かに綻ぶ。自然に笑えるなんていつ以来だろう。やはりここでは調子が狂うな。まあ、たまにはいいか………
俺は壁に背中を預けたまま時を過ごした。ヨランダとの話が終わったロックが、 俺の事を呼びに来るまで………
Side ヨランダ
「中々面白い坊やだね。アンタが気に掛けるのも分かるよ」
部屋の隅にいる男に向かって語り掛ける。今、応接室にはロック坊やはいない。アタシともう一人だけだ。
今は"ゼロ"と名乗っているのだったか。その"ゼロ"はソファにも掛けず、部屋の隅に立ったまま窓から庭を眺めてる。相変わらず愛想が無いね。そういうところは昔と変わらないよ。
アタシはソファに深く腰掛けたまま、身体だけはでかくなった後姿を見ながら、そんな事を考えていた。
「ロックが世話になったな。アイツもスッキリした顔をしてたよ。ここに連れて来たのは正解だったな。
アンタも今じゃすっかりご立派な聖職者だな。それとも"昔の経験"が生きたか? 若い奴からのお悩み相談なんて何度も 受けてたんだろう? 男からも女からもな」
背中を向けたまま話し掛けてくるゼロに思わず笑いが零れる。
ふん、意固地なところも相変わらずだね。アタシも背中から視線を外し、 まだ見える方の目を閉じて話し始める。
「確かにねえ。経験なんて無駄にはならないものさ。例えどんな出来事だってね。
あの坊やがどういう答えをだすのかは知らないけれどさ。この街でアンタ達と出会った事も、決して無駄にはならないよ。あの子が忘れようとしない限りね。
人と人との出会いは全て神の思し召しだよ。ただそこからどういう関係を築くかは、 自分達次第さ。
何もかも忘れて、全てを捨ててしまうのか。どんな辛い出来事でも、自分には到底理解出来ないような考えでも、きちーんと自分の心に受け止めるのか。
どうするかは自分自身で決めるしかないんだ。
神は慈悲深いんだよ。人に選択する自由を与えてくださったんだ。結局自分の歩く道は自分で選ぶしかないんだ。
そして、その責任は自分で負うんだよ。誰かのせいにしちゃいけない。
人は運命の奴隷なんかじゃない。人が生きるって事はね、前向いて胸張って背筋伸ばして 歩いていくって事だよ。こんなクソッタレな街でもね」
ふう、一気に喋り過ぎたかね。さすがに喉が渇いた。
右手で軽く喉を押さえる。ロック坊やの時は専ら聞き役だったからね。全く年寄りばかりに喋らせるもんじゃないよ。
目を開けてさっきと同じ方向に目を遣ると、まだ同じ体勢で突っ立ってるじゃないか。やれやれ、アンタにもあの坊やの半分でいいから可愛げってもんが欲しいよ。
アタシの呆れが混じった視線を肌で感じ取ったか、漸く重い口を開き始めた。もっとも話の内容は全く可愛げのないものだったけどね。
「ここに来る前に『ブーゲンビリア貿易』に寄って来たんだがな。
バラライカが気にしてたぞ。最近街に協定外の麻薬が出回ってると。
今夜連絡会の会合で話し合うそうだ。アンタが自滅するのは勝手だが、善良なNGOの関係者を巻き込むなよ。
大体クリーニング済みのシーツをわざわざ納屋に運び込ませるなんて、怪し過ぎないか? 噂なんて何処から拡がるか判らないぜ。いくらマフィアどもにとって、くそ真面目な宗教関係者が盲点だとしても、気付くやつは気付くんじゃないか?」
アタシはその言葉に構うことなくティーポッドに手を伸ばして、紅茶のお代わりを自分のカップに注ぐ。ポッドから流れ出る熱い液体は変わらず美しい。
本物は何処へ行っても本物さね。例え、この街がどれ程汚れていってもこの紅茶は今と変わらず美しく、そして美味しいままなんだろうね。
アタシがカップを手にしたまま紅茶に思いを馳せていると、
「今日はありがとう。俺の仲間のために時間を割いてくれて。感謝している」
耳にようやく届くくらいの小さな声で、感謝の言葉が告げられた。
やれやれ、本当にアンタは変わらないね。
ゆっくりとカップをテーブルに置き、昔の姿を思いだしながら未だ背中を向けたままのゼロにアタシから話し掛けてやる事にした。
「構やしないさ、昔を思い出したようで懐かしかったよ。おチビさん」
昔のように呼んでみたけど、特に振り向きもしてこなかった。アタシも特に気にせず話を続けた。
「そういやあ、昔アンタにこんな話をしてやったのを覚えているかい?
飢え死にしそうな二人が死体を見つける話さ。
その死体の傍にはその死者の遺品と財布が転がってる。一人の奴はこう主張する。死者に金なんか必要ない。これで俺達は生き延びる事が出来る。さあ、金を貰っていこう。
もう一人も主張する。その金はその人が生きてきた証しであり、それを奪う事はその人の誇りをも汚す事だ。自分はそんな卑劣な人間にはなりたくない。そんな事は止めるんだ。
どうだい? あの坊やとレヴィ嬢ちゃんが遭遇した場面とピタリと重なるじゃないか。
当然嬢ちゃんは前者。坊やは後者だね。
で、アンタならどうするんだい?
"あの時"は泣きながら抗議したよね。ひどい、何故そんな事をするんだと。何で大切な思い出の品を売ろうとするんだと。
今でもそうかい。どうなんだい? ええ?おチビさん」
アタシの声に揶揄するような響きが混じっていたのは認めるよ。
コイツが"ゼロ"と名乗り出して、色々活躍しているってのは聞いてる。エダあたりも随分気にしているようだ。大したものだとは思うけど、ねえ。
まだ窓の方なんぞ眺めて、此方も見れないようじゃ"ゼロ"なんて呼びたくないね。タイニートットで充分さ。膝の上で両手の指を絡ませながら、アタシはそんな事を考えていた。
部屋の隅で突っ立ってた"ゼロ"は漸く振り返ったかと思ったら、大股で部屋を横切りソファに座るアタシの横を通り過ぎていった。
そのまま部屋を出るかと思ったけど、応接室のドアの前まで辿り着いた時にさっきの質問の答えだけは寄越してきた。
「今の俺なら金は頂くよ。あの時のアンタのように思い出の品でも売り払うかもしれない。
そして、その事を決して忘れない。金を盗んだ自分。思い出の品を売り払った自分。金を盗んだ相手の顔。分かるのであれば名前さえも。己の罪も何もかも忘れる事なく。
そうして生きてゆくさ。アンタが"あの時"教えてくれたようにな」
それだけ言うと"ゼロ"は部屋を出ていった。
部屋に一人残ったアタシはゆっくりと立ち上がり、さっきまで"ゼロ"が立っていた場所に立ち窓から庭を眺めた。
別に大したものが見えるわけじゃない。何かがそこにあるわけじゃない。
それでもアタシはそこに立って外を眺め続けた。そうすれば少しでも近付ける気がしたから。もう記憶も薄らいだ遠い過去に。
後書き
作中でヨランダが語った死者とその財布に関する話は、拙作の読者である 這い寄るこんと~ん様より送られた感想に書かれていた話を先方様より引用の許可をいただき使用したものです。 這い寄るこんと~ん様には快く許可を与えていただきました事 改めてお礼申しあげます。 ありがとうございました。
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