SAO─戦士達の物語
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SAO編
二話 狂い始める世界
「……は?」
スデンリィが消滅した。目の前で起きた事実に俺は、突然の事で一瞬間抜けな声を出してしまったが、すぐに正気に戻る。
今自分がいるのはあくまでネットゲームの中なのだ、突然回線の不具合で接続が中断されるなど、別にあっても何ら可笑しなことは無い。
「それにしても、このサーバー落ちの仕方は性質悪いな」
そう嘆きながら俺は苦笑する。
いくらただのサーバー落ちだと分かっていても、目の前で突然人が消えるのは見て気分の良い物ではない。嫌な物を見たなと思うが、まぁそのうち復帰して、フレンドメッセージが来るだろう。
結論付けて、俺はNPC相手にアイテムの売却を始める。
が、売却をしながら俺は何となく、背筋に拭いきれない靄の様な物を背負っていた。
『なーんか、嫌な予感がするっつーか、当らないといいんだが』
売却を終え店を出た俺は、とりあえずスデンリィに連絡を取ろうとメニューウィンドウを開こうとした。
直後。
世界はその有りようを、
永久に変えた。
リンゴ―ン、リンゴ―ン
鐘のような音が鳴り響く。
「ん!?」
同時に、俺の周りを青い光の柱が包みこむ。
『強制転移!?』
この現象は何度か見た事のある。プレイヤーが使用する結晶アイテムにやって引き起こされる。転移≪テレポート≫だった。だが俺が何もしていないのに引き起こされたと言う事は、これは運営が使用した強制転移と言う事になるが……
そんな事を考えている内に転移が完了し、俺の視界は武器屋のある裏通りではなく、全てのプレイヤーがゲームをスタートさせる場所、「始まりの町」の中央広場に変わっていた。そしてそこには既に多くのプレイヤーが人混みを作っていた。間違いなく百人や千人では無い。もしかすると、ゲームのプレイヤー全員が……?
周りのプレイヤーたちは口々に、「これでログアウトできるのか?」とか、「早く返してくれよ」とか言っている。はて?
『ログアウトしたいならメニュー開けばいいのでは?』
そう思い、自身のメニューウィンドウを出現させるとあらびっくり、メニュー画面下部にあるはずの《LOG OUT》のボタンが綺麗に消えていた。と、俺はさっきの違和感の意味にやっと気がついた。
「つーか何で気がつかなかったんだ俺」
苦笑しつつボソッとそんな事を言って視線を前に戻すと、プレイヤーたちはだんだん苛立ってきたようで、「ふざけんな」だの「さっさとしろ」だのと言った暴力的な言葉も出始めた。おお、怖い怖い。
そして唐突に誰かが「あっ……上を見ろ!」と言った事で、皆が上を向き、広場は静かになった。
【Warning】
【System Announcement】
俺達の頭上には真っ赤なフォントでそんな文字が表示されていた。それは紛れもなく、システムを管理する運営側からのアナウンスが始まることを示している。誰もが、これで万事解決だと、そう思った。
そしてそんな皆の予想は、物の見事に裏切られることになる。主に、いや。全面的に悪い意味で。
空に、血のように赤いローブの巨人が出現した。ただし、顔無しだが。
『あぁ?』
不気味なローブの男をみて、他のプレイヤーたちも次々に疑問の声を上げる。そしてざわつき始めたプレイヤーたちを圧するように、低く、良く通る(システムそおかげだと思うが)男の声が、頭上から降り注いだ
[プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ]
『私の世界?何言ってんだこいつ。』
俺は反射的に疑問を持った、私の世界って、まるで自分個人の世界の様な言い草だ。運営側のアナウンスが言う言葉としてどうなのかと思ったが、そんな俺の疑問はしかし、あっという間に消え去る事になる。
[私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ]
「なっ……!」
俺は耳を疑った。茅場晶彦だと!?
俺は一度、色々あって茅場に会った事があった、そして今目の前にいる妖怪顔無しフード男の話し方は、紛れもなく茅場晶彦だ。ゲームデザイナーで量子物理学者、ナーヴギアの基礎設計者でもあり、若き天才と名高いあの茅場の話し方その物だった。だが……
『何やってんだ……あのオッサン?(失礼っ!)っていうか……』
あの男は人前に出て目立つ事を極端に嫌うタイプのはずだ、それがこんなところでいったい何を?
そんな事を思ってる間にも茅場のアナウンスは続く。
曰く、ログアウトボタンが消えているのは本来の仕様だの、今後この城の頂を極めるまで自発的にログアウトはできないだの……って
『本当に何言ってんだ?』
意味不明だ、わけがわからない。こいつは何を言ってる?そんな俺のパニックは無視して茅場の話は続く。
[……また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合──]
ほんの一瞬、息継ぎをするように間が空く、だが俺達は全員息を止めていた、そして。
[──ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる。]
空気が凍りついた。冗談だと、そう思いたかった、だが俺は、残念ながら即座にそう思う事が出来なかった。ナーヴギアは、大きなバッテリーを内部に埋め込んであり、人間の脳を焼き尽くす事など朝飯前だと、その事実を俺は知っていたからだ。
そしてその一瞬に出来た間は、俺自身の頭のどこかに、茅場の言っている事が事実だと突き付けていた
他のプレイヤーもざわつき始める、しかしその顔は一様に青ざめていて、恐怖と不安に満ちた顔だ。茅場のアナウンスは続く。
[より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み──以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局及びマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果]
そこでアナウンスにひと呼吸が入る、同時に、俺はその先を無性に聴きたく無くなった、絶対に聞いてはいけないような気がした。
しかし容赦なくアナウンスは続き、俺はその先を、聴いてしまった。
[──残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している。]
どこかで細い悲鳴が上がり、俺はその瞬間背筋に強烈な寒気を覚えた。
該当するかもしれない例を、俺は知っていたからだ。そして俺は必死に、先程消えたそいつ……スデンリィの姿を周りを見回して探す。
皆頭上を見上げているため、顔を確認するには困らないが、それでも一万人は数が多すぎる。全員を確認するのはとても無理だ。だが俺はそこで、簡単にスデンリィの行方を知る方法に気がついた。
『そういや、フレンドリストがあったな……』
即座に俺はメニュー画面を開きそこからフレンドリストを見る操作をしようとした、が、そこで手が止まる。
言いようのない不安と、恐怖が俺の手を動かす事を拒んでいる。
あり得ない、そう思いながらも拭いきれない恐怖を無理矢理振り切って、俺は指を動かし、そして、見てしまった。
フレンドリストに唯一登録されたスデンリィの名前が、連絡不能を表すグレーに染まっているのを。
「おい……おい……」
自分の出した、悲鳴とも嘆きともつかない声が、ざわつきの中で妙に大きく聴こえた気がした。
世界が、狂い始める。
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