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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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双葉時代・反省編<後編>

 決断を下してから、私は今まで以上に精力的に働いた。

 忍び連合に参加してくれた一族の頭領達との会合に、各一族の負傷者の治療。
 複数の一族同士で行う合同任務の仕組みの普及や、各国の大名達との会談。
 それまでに手をつけていなかった分野にも手を出していき、連合の勢力はそれまで以上に大々的なものとなっていた。

 何よりも、私の予想以上に各国の忍び達が戦乱の世に疲弊していたと言う事実が連合の勢力拡大への後押しとなった。

 千手や前々からの同盟者である猿飛一族や志村一族などはまだマシで、多くの一族の者達は長引く戦国の世に一人また一人と一族の者を喪っていき、中には一族と名乗っていても実際の所は数家族しか残っていない者達も大勢居たのだ。

「扉間。これで、この界隈の忍び一族で同盟に参加していないのは……」
「はい、姉者。残りはマダラ率いるうちは一族だけです」

 集まった書類に目を通しながら扉間に声をかければ、銀の髪の弟はやや固い声で応じる。
 この弟は目標を一度定めればどのような辛苦を物にもせず、真っ直ぐに進んでいくタイプだ。そのため、ここら数日の間はこれ以上無く働いてくれていた。

「すまんな、扉間。ここ数日の間お前に仕事を押し付けてばかりで」
「いいえ、姉者。姉者の夢はオレの夢でもありますから。こうしてその夢に近づけて、オレはとても嬉しいのです」

 誇らし気に語る弟に、罪悪感が胸を過る。
 ああ、私はなんて情けない姉なんだろう。
 最強と呼ばれ、誰にも一目置かれる様になって過信する様になっていたのだろうか。何でも一人で出来ると頭の何処かで思い込んでいたんじゃないだろうか、今の私があるのは支えてくれた人々の助力があってこそだって言うのに。
 ああ、だめだ。考えれば考える程憂鬱になって来た……。うう、なんてみっともない。

「姉者」
「……なんだ、扉間」
「姉者は千手の――いいえ、オレの誇りです。オレの、自慢の姉です」
「お前も、私の自慢の弟だよ」

 そんな私を静かな眼差しで見つめながら、宣言してくれた弟。
 思えば昔からこの子は私の事を慕って、支え続けて来てくれていたよね。
 告げられた言葉になんだか胸が暖かくなって、思わず弟に抱きついた。
 私の黒髪とは違う綺麗な銀の髪をわしゃわしゃと撫でれば、照れた様に扉間が耳を赤く染める。
 可愛いなぁ、とほのぼのとした気持ちでいると、ミトが書類を持って入室して来たので、これ幸いと最愛の妹にも抱きつかせてもらいました。 

*****

「なあ、マダラ。お前も気付いているのだろう? 千手もうちはも、誰もが長引く戦争に疲弊している。平和を、望んでいるという事に」

 ――この聡い男が気付いていない筈は無いのだ。
 世の中がこれ以上の争いを望んでおらず、人々が太平の世を希求していると言う事実に。
 それでも頑に同盟に応じようとしないのは、その心の内に何か秘めたる物があるからか。

 相見えたマダラへと必死に声をかける。
 内々にマダラへは同盟を求める書状を送っていたが、今まで一度足りとて返事は来なかった。だから、こうして直接問い質すしかなかった。

 マダラの赤い目が、私を睨んでいる。
 つい先程から彼は攻防一体の絶対防御・須佐能乎を展開したままだ。彼の目と体にかかる負担は並大抵の物ではないだろう。

 ――――そんな事を思って、息を飲む。
 何かが可笑しい事に、私はようやく気付いたのだ。

 万華鏡写輪眼は使用者に強大な瞳力を与える反面、その両目に決して軽くはない負担を強いる。
 実際、マダラが強力無比なその瞳力を発揮する度に、彼の目にはかなりの負担がかかっていたのを私は知っている。
 それは瞳力の使い過ぎで起こされる激痛であったり、瞳から流れる血の涙であった。

 ――――それが、ここ数度の戦いでマダラの目には起こっていない。

 気付いたその事実に背筋が凍る。
 須佐能乎を纏ったマダラを見つめ、その赤い目に必死に目を凝らす。
 まさか、まさかとは思うが……! 嫌な予感が脳裏を過り、私は勢いよく地を蹴ってマダラへと肉迫した。

 催眠眼・幻術眼としての力を持つ写輪眼とは出来るだけ視線を合わさない様にしていたが、確かめるためにはその瞳を覗き込まなければならない。

「マダラ、お前、その目は……!」
「――気付くのが遅かったな、千手柱間。貴様にしては珍しい」

 至近距離から赤い目を視認した後、振るわれた紫の炎を纏った鬼の腕に両手を付けて背後へと跳んで避ける。
 万華鏡に開眼したマダラの写輪眼。以前目にしたその模様は三つの巴紋が三角形に似た形を作っていたが、覗き込んだ先のマダラの万華鏡に浮かぶ模様は変わっていた。

 マダラ達兄弟は二人共万華鏡を開眼していた。
 マダラの紋が三つ巴の三角形ならば、弟君の方は瞳孔から伸びる三条の筋。

 そして今のマダラの万華鏡は、彼の弟の文様とマダラの物が合わさった紋を描いていた。

 青年の顔に浮かぶのは諦観と怒りと憎しみと……微かな絶望。
 いつもと同じ不敵な表情だと言うのに、どうしてだがその顔が泣き出しそうに見えたのは目の錯覚か。

「オレの目は、大分前から光を喪っていった。これは、弟の――イズナの目だ」
「マダラ、お前……!」
「うちはを守るために、友を殺し、弟の目を奪った。貴様の申し出を受ければ、その全てが無駄になるだろうが……!!」

 咆哮を上げて、マダラが私へと迫って来る。
 我武者らに振るわれる太刀には、彼自身のどうしようも出来ない感情を示す様に、普段の洗練した太刀筋が欠けていた。

「それもこれも千手を……引いては――貴様を倒すための、力を手に入れるために!」
「――っ!?」

 首を擦った太刀が、私の髪を断ち切る。遅れて、刃の擦った首筋から血が噴き出した。
 首筋を押さえるまでもない。私が自分の体に掛けている自動治癒の忍術が作動して、見る見る内に傷が癒えていく。

 千手の陽遁の具現である肉体には、陰遁の力を最大限に発揮する写輪眼と違って大した負荷がかからない。
 だから、私には分からない。友を殺し、弟の目を奪わざるを得なかった彼の苦悩も悲嘆も懊悩も。

「貴様も言った筈だ、千手柱間! 頭領として、一族は守らなければいけない! 友を殺したのも、弟の、イズナの目を奪ったのも、全てはそのためだ!!」

 振るわれた太刀を、片手で受け止める。
 手甲越しに皮膚にのめり込んでいく刃。相手の膂力と私の抵抗する力とが拮抗し合って、押え付けている片手から血が地面へと滴り落ちていく。

「けど、マダラ。このままじゃ、失いたくない物までも失ってしまう! 今ならまだ、無くさずに済むだろう! オレも、お前も!!」
「黙れ!!」

 脇腹目がけて叩き込まれた横蹴り。
 敢えて避ける様な真似をせず、蹴りと同時に背後に飛んでダメージを減らす。肩で大きく息をしている青年を見つめて、私は一度目を閉じた。

 ――無性に、哀しかった。
 うちはマダラと言う人間に、私は好感を抱き始めていたから、尚更に。

 巳の印を組めば、戦場を無数の樹木が覆い尽くしていった。



 血で血を洗う戦いも終盤に差し掛かり、両一族が引き上げの合図を告げた時。
 私はマダラと打ち合っていた刀を引いて、他の者達同様に戦場から去るべく地を蹴った。

 敵の追撃を受けない様に、千手が引き上げる時は先頭を扉間が、私が殿を務める事が多い。

 今回も逃げ遅れた者がいない様に私は戦場のあちこちに視線を巡らせ、負傷者の有無を確認する。
 ――その際、微かな呻き声と物音を聞きつけてそちらへと走った。

 戦が終わった後にまで敵を殺す気は無かった。敵であれ味方であれ、負傷者であるならば助けるつもりだった。
 腰の高さまである草に、私が木遁で生やした巨木達。その間に倒れ臥している影を見つけて、私は息を飲んだ。

「――おい、大丈夫か!? って、君は!」

 駆け寄って、仰向けに転がす。そうしてから目を剥いた。――知っている顔、だった。

「弟君! 君程の忍びが、何故……」
「千手、柱間……?」

 虚ろな目には、何も映されていない。
 何処か乾いた目の表面に、一つの可能性に思い当たる。マダラが言っていた事が本当なら、弟君の目は兄であるマダラに移植された事になる。ならば、今の彼の目は義眼な筈。

「……残念だなぁ。兄さんに目をあげちゃったから、あなたの顔を……よく、見れないや」
「馬鹿言うな! 目が見えないというのに、なんで戦場に出て来た!? 自殺する様なもんだぞ!!」

 義眼だからといって、視力が全くないと言う訳ではないだろう。
 だが、瞳力を誇るうちはの忍びがその根源たる写輪眼無しに戦場に出るなんて、ましてや千手を相手取るなんて無謀としか言えない。
 瀕死の重傷なのは間違いない。

 私としても、敵であったとしても顔見知りであるこの子を見殺しにするつもりは無かった。

 掌にチャクラを込める。
 緑色を帯びた両手が傷を癒そうとして効力を発揮するが、マダラとの戦いでチャクラを使い過ぎた様で、いつもの様に直ぐさま完治といかないのが歯がゆい。

 ――内心で舌打ちしていれば、弱々しい力で私の手が弾かれた。

「……やめて、くれますか。あなたのお気遣いは嬉しいのですが、僕にも誇りはある」
「うちはだからか? そんなの関係ない! オレが助けたいから助ける、文句あるか!?」
「……はい」

 虫の息だと言うのに、その声はやけに重々しく私の耳に届いた。
 信じられない気持ちで、弟君を見やる。この子とも、私は戦場で刃を交えた事はある。
 兄弟での連携で挑んでくる彼らに、私も扉間と組んで対抗したっけ。

「あなたという、誰もが憧れる忍びの……敵であった事。ねぇ、お願いです。僕から、その誇りを……奪わないで下さい。兄さんも、僕も、あの日……出会った時から、あなたを」
「やめてくれ、そんなの……! オレは……私は君達の関心に値する様な人間じゃない! 命と引き換えにする様な、そんな、そんな事言わないでくれ」

 焦点の宿っていない瞳に、純粋すぎる憧憬の光を見た気がして、体が戦く。
 そんな目で見られる様な人間じゃない。平和を望みつつも、人殺しを厭いつつも、私の手は戦場の数を増やすに連れ、赤く染まっていった。
 英雄なんかじゃない、そんな高尚な人間じゃない。平和な世では人殺しと罵られるだけの事をしている人間なんだよ。
 君が、そんな目で見ていい人間じゃないんだ!

「僕達は、あなたの中で……看過出来ない敵で、あったでしょう? それは、僕に取って……誇りでしたよ」

 それなのに、彼は幸福そうに誇らしそうに私に告げる。

 始めて会った時は、森の中。怪我をしているこの子を半ば強引に治癒したのが出逢いの切欠。
 あの時はマダラに刀を向けられても医療行為を行ったと言うのに、どうして同じ事が出来ないのだ。

「あれ? 泣いてるんですか?」
「な、泣いてない! これ以上は何を言っても無駄だからな! 泣いても喚いても、力づくで治療する!」

 口の端から血を零しながら、彼は微笑む。擦れた声が私を呼んだ。

「ねぇ、一度だけでいいから……僕の事、名前で呼んでくれませんか?」

 唐突にそんな事を求めて来た彼の目的が分からなくて、手を止める。

 目の前にいるのはマダラの弟で、私の昔の患者。父と母を殺した仇で、一族の敵。
 ――――彼の名前は。

「イズナ、君?」
「あなたの敵として、対等な相手として……認められたかったんです。ずっと、前から……、僕も、にい、さ……」

 ……眠る様にイズナが瞳を閉ざす。
 苦痛で強張っていた頬の筋肉が緩んで、安らいだ表情を浮かべる。
 さっきまで、弱々しくも灯っていた命の灯火が目の前で掻き消えたのを感じた。

「……っあ」

 嘆く資格なんて無い。そう思うのに、涙が零れ落ちるのを止められなかった。
 嗚咽が漏れ出るのを、唇を噛んで必死に堪える。木遁の印を組んで、木製の棺でイズナの亡骸を中へと収めた。
 いつからこんなに女々しくなったのだろう。本当に、情けない。

 目元を乱暴に擦って、涙を拭う。
 戦場に視線を巡らせ、他に人間が残っていないかを確かめる。どうやら私で最後の様だった。
 重たくなった足を叱咤して、その場を離れる。
 一族の集落に向かう途中で、背後の戦場から咆哮の様な嘆きの声が上がった様な気がした。
 
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