木の葉芽吹きて大樹為す
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双葉時代・発足編<おまけ>
「ふ、ふふ」
もうもうと砂塵が上がる中、私は腹の底から込上げてくる衝動に口元が緩むのを押さえられなかった。
「ふふふふ……!」
「おいおい。含み笑いもそのくらいにしておけ。こえーぞ、お前」
隣で猿飛殿が呆れた様に呟いているが、それすら気にならない。
嬉しくて嬉しくて、今にも両足が地面から浮かび上がってしまいそうだ。
「どうなる事かと思ったが、上手くいった様で良かったな」
「ほんと、ドキドキしたよ」
額の汗を拭いながら奈良殿がそう言えば、隣で胸元を押さえている秋道殿が安堵の溜め息を吐く。
それに同意する様に、向こうで相棒と一緒に地面の上で大の字になっていた犬塚殿が全身で大きく伸びをした。
「まー何はともあれ、上手くいって良かったじゃないか」
「同感だ。何故なら今回の任務程大変な物は無かったからだ」
蟲を操りながら、油女殿が深々と頷く。
荒い息を吐いている山中殿が大袈裟に肩を震わせた。
「し、暫くは柱間殿とは組みたくないぞ……! 人使い、いや、忍者使いがこんなにも荒い奴は初めてだ……!」
「儂も同意じゃな」
志村の旦那が地面に片膝を付いたまま、疲れた声を漏らした。
「えー? でも今回、お二方がいてくれてオレ達凄く助かりましたよ。また一緒に組みましょうよ」
「二度とごめんだ。お前の勢いは老体には堪える」
微塵の容赦も遠慮もなく、断って下さったのは志村の旦那であった。
因みに前回の会合時での一族の頭領同士の合同任務の際に色々あって、私はこれからこの歴戦の忍びの勇士を、志村の旦那と親しみを込めて呼ぶ事にしたのである。
「ええー!? じゃあ、今度は旦那のお孫さんのダンゾウ君に頼もうかな? オレと一緒に任務に就いてくれないか、って」
「貴様の側に置けば、孫が良からぬ影響を受けそうじゃから却下じゃ」
隣で深々と猿飛殿が頷いている。
失敬な人だなぁ、相変わらずに。そんなにヒルゼン君が私に懐いたのが悔しいか……まあ、悔しいだろうね。
「でも――やったな」
静かに呟けば、それまで好き勝手な事をしていた面々が僅かに動きを止める。
そうしてから、誰とも無く口元に笑みを浮かべた。
「あぁ、やったな」
「そうなるよな」
「そうだねぇ」
「その通りだ」
「そうじゃの」
「だな!」
「ああ……。やれたな」
奈良殿が、猿飛殿が、秋道殿が、油女殿が、志村の旦那が、犬塚殿が、山中殿が口々にそう呟く。
誰も彼もが、自分達の戦果を見つめて、嬉しそうに笑っている。
「最初に話を聞いた時はどうなる事かと思ったが、なんだかんだいいつつ、上手くいったじゃないか」
猿飛殿が勢い良く私の背中を叩く。
そうなのだ。私達はやり遂げたのだ。おそらく忍び初の快挙と成る様な事を。
それまでの一族単位の任務遂行から、異なる一族同士の忍びの結託による合同任務。
これは今までに無い画期的な行為に成り、それまでいがみ合うしか無かった忍者達はお互いに自分達は協力出来ると言う事を知った。
「これで、また一歩進めた」
しみじみと、実感を逃がさない様にゆっくりと呟く。
これでまた一歩、平和へと近づける。
嬉しくて嬉しくて、胸に手を当てて祈る様に両目を閉じた。
「よし! 今夜は一族の面々を集めて戦勝祝い兼親睦会といこうか!」
飲むぞー! と片手を上げれば、秋道殿が嬉しそうに声を上げて笑った。
「やったぁ、御馳走が食べられる!」
「ちょ、柱間殿! 相も変わらず勢いだけで突っ走らないで下さい!!」
山中殿が悲鳴を上げているが知るもんか! とにかく私は喜びたくてしょうがないのだ。
* * * * *
「かんぱーい!」
「乾杯です」
「……乾杯」
千手を始めとする忍び連合の勝利を勝利を祝った宴の後、私達三人兄弟は静かに酒を飲み交わしていた。
「千手の中では姉者の無事を危ぶむ声もありましたが、何とか合同任務が上手くいって良かった」
「ええ本当に。それに、今回の任務の成功と宴を切欠に、同盟こそ結んでいたもののぎこちない所のあった一族同士が仲良くなるといいですね」
ほんわりと酒精のせいで頬を紅く染めたミトが笑う。
どこかとろりとした灰鼠色の瞳が、同意を求める様に扉間を流し見た。
「……皆、笑ってたね」
先程まで行われていた宴の光景を思い起こしながら小さく呟けば、珍しく扉間が完爾と笑った。
「はい。また今日みたいな宴をしましょう、姉者」
「……うん」
最初はどこかよそよそしかった一族同士。
それが宴が始まって、ミトを始めとする各一族の女性陣が腕を振るった料理の数々が出され、それぞれの頭領同士が持ち寄った秘蔵の一本を飲み交わせば、それまでの空気が嘘の様に宴の雰囲気は一変したのだ。
最後の方なんて一族の垣根を問わずに、皆して笑い合っていた。
単衣の上に千手の家紋の付いた羽織を羽織った私は、酔いの回った頭でぼんやりと頭上に浮かぶ月を眺める。
そう言えば、宴が始まる前に送った木遁分身は無事にアイツの元に辿り着いたのだろうか……?
「――でさ、そこで奈良殿が秘伝忍術で足止めをしている間に、オレと猿飛殿がね」
『えぇい、やかましい! こんな夜更けまで長々と話を聞かせるな!!』
なんだよ。折角の私達の武勇伝も佳境に入って来たばかりなのに。
ぎょろりとした鮮血の瞳が私を睨む。ううむ……、これからがいい所なのに。
「なんだよ。つれないなぁ」
『なんだ、その巫山戯た態度は。つくづく思うのだが、お前ワシを誰だと思っている』
「天下に名高き悪名高い九尾の狐。誰もが恐れる九喇嘛だろ?」
わざと戯けた様子で言ってみれば、予想に反して九喇嘛は鼻を鳴らすに留まった。
「あれ? なんでか機嫌が良さそうだね。どうしたの?」
いつもだったら巫山戯た事をすれば、照れ隠しの尾の一撃か爪の一振りが私に向かって放たれるのに。
――そんな事を思っていた時。
私と九喇嘛のいるこの海岸に面した崖に向かって、とんでもなく威圧感を感じる“何か”が近付くのを感じた。
「……なんだ?」
『フン! ワシの旧い知り合いだ』
その一言に、私は思わず隣の狐を見やる。
心底意外そうな顔をしていたのに気付いたのか、九喇嘛が不愉快そうに瞳を細めた。
『なんだお前、その目は』
「いや……。お前、友達とかいたんだね」
いつも一人で暴れ回っているか、遠くを眺めているだけだから、てっきりひとりぼっちだと思ってたよ。
因みにそれを言ったら、かなり強烈な爪の一撃を食らわされた。……勿論、木遁で防御したけど。
『――――お久しぶりですね、九尾』
木錠壁の後ろから頭だけを覗かせる。
すると、九喇嘛が寝転んでいた海に面した崖の向こうに、白く巨大な頭が見えた。
『何の様だ、五尾』
『特に用などはありません。偶々近くを通ったので、挨拶に寄っただけです』
馬に似た体躯に海豚の様にすべすべとした頭部。尾の数が五本である事、親し気に(九喇嘛の方はそうでもないが)会話をしている事から、尾獣なのは間違いないだろう。
木錠壁の後ろから出て来た私に気付いた五尾が不愉快そうに口を開いた。
『……何故、人間がここに居るのです』
「ええと、九喇嘛とお話ししていました」
五尾の艶やかな頭部には五本の角が生えていて、半月系の目の下には落ち着いた朱の隈取りが施されている、九喇嘛とはまた違った趣の美しい獣である。
……それにしてもすべすべしてそうだな、あの体。撫でてみてもいいだろうか。
そんな事を思いながら訊ねられた事に正直に答えれば、何とも不審そうな表情をされた。
『我々の中でも群を抜いて人嫌いな九尾が、あなたと……?』
「そうそう。数年前から時々こうしてお喋りしている」
もっとも、話の大半はろくでもない事ばかりだけどね!
どこぞの空区のお菓子がおいしかっただの、ミトの作る料理は最高だの、扉間が新しい術を開発したとか。
沈み行く月の光に照らされた五尾の純白の体が、幽玄な雰囲気を漂わせる。
『私の事をじろじろと見て、どう利用するのか考えているのですか? 余裕ですね』
「違う違う。月の光に照らされると真珠色に輝いて美しいな、と思ってた」
目の前で器用に五尾がずっこけた。
四つ足の獣でも転ける事があるのか。いや、海の上に立っているのだから、どちらかと言えば海面に乗せていた足が水の中に沈んだと称するべきか。
『な、何なのですか、この人間は!? 九尾!』
『諦めろ。この馬鹿者は昔とちっとも変わっとらん、ワシに対しても同じ様な事を言ってのけた大戯けだ』
悲鳴の様な叫びをあげて五尾が九喇嘛を振り返れば、くつくつと笑いながら九喇嘛が嘯く。
信じられない物を見る目で見つめられ、少々居心地が悪い。
「ここに居るのは木遁を使った分身なんだけど、取り敢えず初めまして。オレの名は千手柱間。もし良ければ、名前を教えてくれないだろうか?」
『先程から思っていたのですが……我々に名が有る事を知っている人間は、もうこの世には存在しない……。つまり、九尾があなたに名を教えたのですね』
五尾の言う通りだ。
一年前くらいに、私はぶっきらぼうな口調の九尾から「九喇嘛」という名を教えられた。
九喇嘛にとって、名前はとても大事な物なのだろう。その時の態度でそう感じて以来、私はその名で九喇嘛を呼び続けている。
『人間に自己紹介などをされたのは……初めてです』
「まー、そうだろうね。基本、君達はおっかないし」
普通の人間なら、自己紹介などする前に逃げようとするだろう。
私の場合は、最初の出逢いの段階でそれを逃してしまっただけの事だ。
『成る程……。九尾があなたに名前を呼ぶ事を許したのも分かる気がします』
『こいつが並外れて奇矯な人間なだけだ。他の奴らがこの馬鹿者と同じだとか思うんじゃないぞ』
言われたい放題だな、自分。反論出来ないのが悔しい。
『しかし……。千手柱間の名はあちこちで聞いた事があります。まさか……あなたの様な人だとは思いもしませんでしたが』
「へぇ……。随分とオレも有名になったもんだな」
『ここ最近、目立つ活動を続けているようですね。何のためにです?』
何処か試す様な目に成った尾獣二頭に対して、私は軽く息を吸い込んだ。
どのような答えを出すのかと、期待と同時に恐れを抱いた四つの目に見つめられ、それに恥じる事の無い様に私は宣言した。
「取り敢えず、この忍び世界の無秩序具合を一旦ぶっ壊してやろうと思って。争ってばかりのこの世界を変えてやるんだ」
『――――戯れ言を』
『素直じゃありませんね、九尾は。態度でバレバレですよ』
「うん。九喇嘛がツンデレなのは知ってる」
――そう言って笑った五尾と私に、九尾の尾の一撃が来たのは余談である。
後書き
デレのあるツンデレが、九尾。
デレのないツンデレは……さてどなたでしょう。
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