スーパーロボット大戦パーフェクト 第二次篇
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第五十七話 兄と妹(後編)
第五十七話 兄と妹(後編)
ギニアス=サハリン技術少将の部隊を退けたロンド=ベルはそのまま前進を続けていた。全軍警戒態勢を緩めない慌しい進軍であった。
あちこちに偵察用の部隊が出される。それでいて速度を緩めてはいなかった。
「何か変わったところはないか」
「今のところは何もありません」
グローバルに輝が答える。
「どうやらネオ=ジオンはそのまま防衛ラインに集結しているようです」
「そうか」
グローバルはそれを聞いて頷いた。そしてポケットからパイプを取り出そうとする。
「艦長」
だがそれをキムが制止する。
「艦橋は禁煙ですよ」
「やれやれだな」
彼はそう言われて微かにはにかんだ。
「では我慢するとしよう。後で幾らでも吸えるか」
「そういうことです」
「ところでレーダーにも異変はないか」
「はい、今のところは」
クローディアがそれに答える。
「異常なしです。落ち着いたものです」
「それは何よりだ」
「あと一時間程で敵の防衛ラインです」
早瀬が報告する。
「そろそろ偵察に送り出している部隊を呼び戻しましょう」
「うむ」
グローバルはそれに頷いた。そしてあらためて指示を下した。
「ブライト大佐に伝えてくれ」
「はい」
「そろそろ戦闘用意に入るとな。総員集結だ」
「わかりました。それでは」
「うむ。宜しく頼むぞ」
返礼した早瀬に対して言葉をかける。そして艦長の椅子に深く座りなおした。
「これからが大変だな」
「これからですか」
「そうだ。おそらく敵も必死だ。これまで以上に激しい戦いになる」
「はい」
「用心し給えよ。ハマーン=カーンは手強い」
「ジオンの亡霊がですか」
「彼等は自分達を亡霊とは思ってはいない」
グローバルはまた言った。
「ジオンを再興させるつもりだ。亡霊と違って生きている」
「と彼等は思っているのですね」
「そうだ。だからこそ手強い」
グローバルは言葉を続ける。
「亡霊ならば動きはしない。だが生きている者は」
「動く」
「そういうことだ。だからこそ我々も動かなければならないということだ」
「敵はそれだけではありませんし」
「火星の後継者達か」
「はい」
早瀬はまた頷いた。
「おそらく彼等も展開しているでしょう」
「厄介なことだな」
「あの草壁中将は。一度は連邦軍に投降した筈でしたが」
「彼もジオンと同じだ」
「ジオンと」
「そうだ。多くの者の目から見れば彼もまた亡霊だ。木星のな」
「木星の」
「だが彼はそうは思ってはいない。彼はあくまで自分の理想、そして野望を果たすつもりなのだ」
「だからまた立ち上がったのですか」
「そう。だから彼も手強い」
「強敵ばかりですね」
「それも当然だよ、クローディア君」
クローディアに対して言う。
「楽な戦争なぞないさ。被害が少ないのが楽かというとそうでもない」
「はい」
「必ず誰かが犠牲になる。しかしそれを怖れていても駄目だ」
「駄目なのですか」
「戦わなければならない時もある。今がそれだ」
「今が、ですか」
「そうだ。ネオ=ジオンや火星の後継者達だけではない」
グローバルの言葉はさらに続く。
「ティターンズとドレイク軍、ギガノス、バルマー帝国、ミケーネ帝国、バーム星人、あとはガイゾックか」
「はい」
「今のところだけでもこれだけいる。他にもいたかな」
「マスターアジアがいますが」
「ああ、彼ね」
クローディアは早瀬の言葉を聞いて頷いた。
「他には使徒もいるようね」
「ええ」
「そういうことだ。敵は多い」
「ですね」
「そしてどれも手強い。迂闊なことをしていてはこちらがやられる」
「気が抜けませんね、何か」
「そうだ。キム君もわかってきたようだな」
「ここに入って長いですから、私も」
キムはグローバルにそう答えた。
「それなりにわかってきました」
「それなりでは駄目なのよ」
早瀬がお気楽な彼女にそう注意する。
「皆戦っているのだから。わかってるかしら」
「まあまあ」
そんな彼女をグローバルが宥める。
「堅苦しいことは抜きだ。バルキリー隊もそうだしな」
「しかし艦長」
「ロンド=ベルで堅苦しいことはやめておこう。フランクにな」
「全く」
「では全軍集結するよう指示を出してくれ」
「はい」
早瀬はあらためて返礼した。
「迅速にな。時間はあまりない」
「ですね」
「全軍を以って防衛ラインに向かう。そして一気に突破するぞ」
「はい」
こうしてロンド=ベルのマシンが集められた。彼等はそれぞれ母艦に帰り臨戦態勢に入った。その中にはコウもいた。彼はパイロットスーツのままアルビオンの廊下を歩いていた。
「おいコウ」
そのコウに後ろからキースが声をかけてきた。
「何だ」
コウはそれを受けて立ち止まる。そしてキースに顔を向けてきた。キースはそんな彼に歩み寄ってきた。
「今度の防衛ラインのことだけどな」
「ああ」
「敵の指揮官はデラーズ提督らしいぞ。かなり厄介だぜ、こりゃ」
「デラーズか」
コウはそれを聞いて深刻な顔になった。
「それじゃああいつもいるな」
「ああ。前方を偵察していたドラグナーチームの連中が言っていたらしい」
「何てだ」
「ノイエ=ジールもいるそうだ。これだけ言えばわかるよな」
「ああ、嫌でもな」
コウは応えた。
「ガトー、やはりいるか」
「気をつけろよ。ノイエ=ジールを出してくるってことは本気だ」
「わかってる」
「あいつは御前のオーキスに任せるけどな。周りの奴等は俺達に任せてくれ」
「頼めるか」
「何言ってるんだよ、その為の仲間じゃないか」
キースはそう言って笑った。
「それに士官学校からの付き合いだしね。任せておけよ」
「済まない」
「まあ邪魔にはならないようにするからな。宜しくな」
「ああ。ところで」
「ん!?まだ何かあるのか?」
「同じ仲間で思い出したけれどクリスとバーニィは何処だい?ちょっと姿が見えないけれど」
「ああ、あの二人ならちょっとナデシコに入ってるぜ」
「ナデシコに」
「ちょっと事情があるらしくてな。けど戦いの時には合流するってよ」
「だったらいいけれどな」
一先それを聞いて安心した。
「けど。事情って何だ。モビルスーツの故障か」
「いや、どうも違うらしい」
「それじゃあ一体」
「お客さんらしいぜ、うちに」
「うちに!?」
「何でも誰かに会いに来たらしい。誰かまではわからないけれどな」
「ふうん」
「そこいらもおいおいわかるさ。それじゃあこっちはこっちで出撃準備にかかろうぜ」
「ああ」
その頃ナデシコではキースの言葉通り客人が訪れていた。クリスとバーニィが彼を案内していた。
「本当のことですね、それは」
クリスが後ろにいる客人に対して問う。
「ああ」
そして客人はそれに頷いた。
「だからこそここに来たのだ」
「そしてまた俺達と一緒に、ですか」
「そうだ」
彼は頷いた。
「そのつもりだが。信用できないか、やはり」
「そういうわけじゃないですけれど」
クリスは彼に答える。
「貴方のことは我々も知っているつもりですし。ただ」
「ただ」
「この前まで敵だった方をそうおいそれと信用することは。私も軍人ですから」
「それは私もわかっているつもりだ」
彼はそれにも答えた。
「だがそれを承知でここに来たのだ」
「そうなのですか」
「ミリアルド=ピースクラフト少佐、でしたね」
バーニィが問う。
「そうだ」
その客人、ミリアルドは頷いた。
「あの仮面は捨てた。私はミリアルド=ピースクラフトに戻った」
そしてこう言った。
「リリーナの為に。ここに来たのだ」
「そうなのですか」
クリスはそこまで聞いて言った。
「ではもうライトニング=カウントではないのですね」
「無論そのつもりだ」
彼はまた言った。
「あれはゼクス=マーキスとしての通り名だ。だが今の私はミリアルド=ピースクラフトだ。そんな通り名は持ってはいない」
「わかりました」
クリスはそこまで聞いて頷いた。
「ミリアルド=ピースクラフト少佐」
そして彼に声をかける。
「これから貴方をナデシコの艦橋にまで案内致します。これからも宜しくお願いします」
「うむ、こちらこそ」
「はい」
こうして彼はナデシコの艦橋に案内された。案内した後でバーニィはクリスに声をかけてきた。
「なあクリス」
「何かしら」
クリスはそんな彼に顔を向けてきた。二人でナデシコの廊下を歩いている。
「どう思う」
「どう思うって。ミリアルド少佐のこと」
「ああ。何か今一つ信用できないんだけどな、俺」
「それなら大丈夫よ」
クリスはそれは笑って言い切った。
「何でそう言えるんだい?」
「目よ」
「目!?」
「そうよ。今のミリアルド少佐は信じられる目をしてるわ。だから大丈夫よ」
「確かに悪い人じゃないのは知ってるつもりだけどさ」
「じゃあ安心していいわよ。それにここにはリリーナちゃんもいるし」
「彼女も」
「あの娘がいる限りあの人は大丈夫よ」
「そんなものかな」
「何言ってるのよ、バーニィ」
クリスはここでバーニィにこう言った。
「貴方だって元はネオ=ジオンだったじゃない」
「それはそうだけどさ」
「同じよ。だから安心していいわ」
「君がそんなに言うのなら」
バーニィも信じることにした。
「そう思うことにするよ。それでいいんだね」
「ええ。ところでお腹空かない?」
「!?言われてみれば」
小腹が空いていた。それに気付くとさらに腹が減ってきた。
「ハンバーガーでも食べましょうよ」
「いいね。じゃあ俺はチーズバーガー」
「私はホットドッグ。それ食べてから格納庫に行きましょう」
「うん」
そんなやり取りをしながら歩いていった。そして戦いに心を馳せるのであった。
二人がハンバーガーを食べに向かっている頃ミリアルドはナデシコの艦橋にいた。そしてユリカ達と面会していた。
「ミリアルド=ピースクラフト少佐ですね」
「うむ」
ミリアルドはユリカの問いに頷いた。
「我が軍に参加したいとのことですが」
「その通りだ。頼めるか」
「貴方は以前ネオ=ジオンにおられましたね」
「否定はしない」
もとより嘘をつく気もなかった。またもうこれは誰もが知っていることであった。
「その通りだ」
「わかりました」
ユリカはそれを聞いた後で頷く。それからまた問うた。
「ここにはどうやって来られましたか」
「自分の機体に乗ってきた」
ゼクスは淡々と答える。
「トールギスⅢだ。それが何か」
「それは今ナデシコの格納庫にあるのでしょうか」
「そうだ。そして今チェックを受けている」
「わかりました」
ユリカはまた頷いた。
「それではあらためて御聞きします」
「うむ」
「そのトールギスⅢで我が軍に参加されたいのでしょうか」
「そうだ」
「その際の階級氏名はミリアルド=ピースクラフト少佐で宜しいですね」
「異論はない」
「わかりました」
そして三度目であるがまた頷いた。
「それではお伝えします」
その場にいた一同に緊張が走る。
「ミリアルド=ピースクラフト少佐、貴方を歓迎致します」
「やっぱり」
ハルカはそれを聞いて一言声をあげた。
「そうこなくっちゃね」
「わかっていたのですか」
「それはね」
メグミにそう応える。
「前うちにもいたし。ほら、こういうことってヒーローものにはつきものじゃない」
「かっての敵が味方になる」
「そういうことよ。しかも美形がね」
「そういえばミリアルド少佐ってかなりイケメンですよね」
「妹さんも凄いけどね。やっぱり血筋かしら」
「高貴な感じも出て。いいですよね」
「高貴な血筋に生まれながらもその誇りと信念故に敵となっていた。もう完璧でしょ」
「おまけにパイロットとしても一流。揃い過ぎですよね」
「これで入らない方がおかしいわよ」
「そうですね」
「あの」
ヒソヒソ、いや半ば堂々と話す二人をルリが窘めた。
「今はそのお話は止めた方がいいです」
「あっ、御免ルリルリ」
「すいません」
二人はそれぞれこう言って口をつぐむ。
「それじゃあこれで」
「お話は中断させてもらいます」
「はい」
ルリはそれに頷いて顔をミリアルドに戻した。そして彼をじっと見詰めていた。
「それでは宜しくお願いします」
「うむ」
ミリアルドはまた頷いた。
「私からも。これから宜しく頼む」
「はい。それでは早速ですが」
「わかっている」
ここから先はもう言うまでもないことであった。だがあえて言った。
「出撃をお願いします。小隊はヒイロ=ユイの小隊に参加して下さい」
「ヒイロ=ユイか」
「何か不都合でも」
「いや」
だがそれには首を横に振った。
「別に何もない」
「それでは宜しくお願いしますね。では総員戦闘配置」
「了解」
ブリッジのクルー達はそれを受けて敬礼する。
「マシンは全機出撃して下さい。エステバリス隊は艦隊の護衛」
「はい」
「そして他の部隊で攻撃に出ます。攻撃目標は敵防衛ライン」
ユリカの指示が続く。
「一点集中攻撃により敵の陣を崩します。そして地球圏に降下しようとする敵へ向かいます」
「はい」
「ナデシコも積極的に前面に出ます。ダメージコントロールはこれまで以上に厳密にお願いします」
「了解」
「ではミリアルド少佐」
「うむ」
ミリアルドはユリカの言葉に応えた。
「すぐに格納庫に向かって下さい。宜しくお願いします」
「わかった」
ミリアルドも敬礼した。そしてすぐに艦橋を後にしたそれから格納庫に向かう。
ナデシコの中が慌しくなっていた。クルー達が左右に走りそれぞれの部署に着く。その中ミリアルドは一人格納庫に向かって歩いていた。
「広いな」
「だから迷わないで下さいね」
ここで不意に横から声がした。それは彼も知っている声であった。
「迷うと厄介ですよ」
「卿もここにいたのか」
「はい」
ノインはミリアルドの言葉に頷いた。
「ロンド=ベルにいるとは聞いていたが」
「ヒイロ=ユイ達も一緒ですよ」
「そうか」
「はい。そしてリリーナ様も」
「・・・・・・・・・」
それを聞くと口をつぐんでしまった。
「元気にしておられます」
「それは何よりだ」
そして一言こう述べた。
「リリーナは本来は軍艦にいるべきではないが」
「これもリリーナ様の御考えです」
「戦いを終わらせる為にか」
「はい。マリーメイア様もおられますし」
「二人共考えがあるのだな」
「それはおそらくミリアルド様と同じ御考えですが」
「それはどうかな」
だがミリアルドはそれには懐疑的な言葉を述べた。
「といいますと」
「私は戦いしかできない男だ」
自嘲を込めるでもなく淡々とこう言った。
「リリーナ達とは違うさ」
「しかしそうだとしても目指されているものは同じでしょう」
「・・・・・・・・・」
ノインにそう言われてまた沈黙してしまった。
「だからこそまたここに来られた」
「少なくとももうゼクス=マーキスではない」
それが返答であった。
「これからはミリアルド=ピースクラフトとして生きる。それでいいか」
「はい」
「トレーズも。それを望んでいたのかもな」
「あの方の考えられていたことも目指されていたこともミリアルド様と同じでした」
「そうだろうな」
「だからこそ木星で。残念なことです」
「いや、それは違うな」
彼はここでトレーズの死を肯定した。
「違うといいますと」
「トレーズはわかっていた」
そしてこう述べた。
「自分自身の引き際をな。そして去ったのだ」
「あの時がトレーズ閣下の引き際だったのですか」
「そしてオズのな。全てわかっていたのだ、彼は」
「そしてそのうえで」
「自分の役目が終わったことも。そしてこれ以上いても何にもならないということもな」
「そうだったのですか」
「私もそれがようやくわかってきた」
そしてそのうえでまた言った。
「私のすべきことがな。だがどうやらそれが終わったからといって私は退場するわけにはいかないようだな」
「勿論です」
ノインの言葉が少しきつくなる。
「リリーナ様はどうなるのですか」
「あの娘は私がいなくても平気だと思うがな」
「いえ、他にも」
「他にも?何だ」
「な、何でもないです」
ゼクスから顔を背けた。耳が赤くなっている。
「そうか」
だが彼はそれには気付いていなかった。ただ頷いただけであった。
「では案内を頼む。一度歩いたので大体は覚えているが」
「はい」
「今は確かウィングゼロに乗っているのだったな」
「はい」
マシンのことになると隠すことなく話すことができた。何時の間にか耳も白く戻っていた。
「中々いい機体です」
「そのようだな。ゼロシステムも搭載されている」
「今では五機のガンダム全てに搭載されていますが」
「ウィングだけではないのか」
「改造されまして。それにより五人の戦闘力が飛躍的にあがっております」
「それは頼もしい。どうやら私の出番はなさそうだな」
「ご冗談を」
ノインはそう言って微笑んだ。
「折角来られたのですから。活躍して頂けないと」
「休みはないということか」
「はい。宜しくお願いしますよ」
「わかった」
そう応えて頷いた。
「では行くとしよう」
「はい」
「戦場が私を待っているというのならな。私も行かなければならない」
「ですが用心はされて下さいね」
「敵か」
「今回もかなりの数のようですから」
「確かデラーズ提督の部隊だったな」
彼もそれは知っていた。
「激しい戦いになるだろうな」
「今まで激しくなかった戦いもないですが」
「それを言うとな。ロンド=ベルでの戦いはいつもそうだ」
「それもそうですね」
そんな話をして格納庫に着いた。やはり道案内するまでもなかった。
ロンド=ベルは次々と出撃していた。そして前面にいるネオ=ジオンの大軍と正対するのであった。
「来たな」
そのロンド=ベルをサダラーンの艦橋から見据える一人の男がいた。
黒い肌にスキンヘッドという風格のある顔立ちであった。ジオンの軍服がよく似合っている。彼こそがエギーユ=デラーズ。ジオンの頃からザビ家を支えているネオ=ジオンの宿将であった。
その軍事的指揮は言うに及ばず理想家としても有名であった。ネオ=ジオンにおいてはハマーンと共に名を知られた男であった。
その彼が今ここにいた。それからもネオ=ジオンの意気込みが感じられるものであった。
「ガトー」
「はい」
艦橋にはガトーもいた。彼はデラーズの呼び掛けに応じて頷いた。
「ノイエ=ジールの用意はできておるな」
「ハッ」
ガトーは今度は敬礼で応えた。
「今すぐにでも」
「わかった」
デラーズもそれを聞いて頷いた。
「では全軍を挙げて迎撃に移る。シーマ=ガラハウにもそう伝えよ」
「シーマ=ガラハウにもですか」
「どうした、何かあるのか」
「閣下、御言葉ですが」
ガトーはここで言った。
「あの女は」
「わかっている」
デラーズはそれにも応えた。
「だが今我等は同床異夢といったことを気にしている場合ではない」
「はい」
「勝たなければならん。そしてジオンの大義を確立させなければならんのだ」
「ジオンの大義」
それを聞いただけでガトーの気が引き締まった。
「よいな」
「はい」
「その為には不本意ですが火星の継承者達とも手を結ばなければならなかったのだ」
「あの草壁という男も」
「うむ。おそらくは大義なぞわからぬ男だ」
彼は草壁を信用できない男と見ていた。
「大義に名を借り己が欲望だけを考えている男だ。我等とは違う」
「はい」
「若しくはその違いをわからぬのかもしれぬがな。だが今はそれはいい」
見れば防衛ラインにいるのはネオ=ジオンのモビルスーツだけではなかった。火星の後継者達のマシンも多数存在していた。
「今はな。よいな」
「わかりました」
「ではすぐにノイエ=ジールで出撃せよ。時はあまりない」
「ハッ」
「ここで奴等を防ぎ止めミネバ様を地球へお送りするのだ」
「ミネバ様を」
「ドズル=ザビ様の忘れ形見」
実はデラーズもガトーもドズルの部下ではなかった。彼等は共にギレン=ザビの直属であった。その為ギレンのジオニズムに深く共鳴していたのである。そのジオニズムがジオン=ズム=ダイクンが唱えたものとは全く異なるものとなっていても、である。それが彼等のジオニズムであったのだ。
「そのミネバ様を地球へお送りすることは我等が悲願であった。そして」
「ダカールにおいてジオンの正当性を唱える」
「それにより我等がジオンの大義は道理を得るのだ。これに勝るものはない」
「まさしく」
彼等はこの時理想家となっていた。
「理想なくして政治はない」
「その通りです」
一面においてそれは真実であった。それを認識できるという点においてデラーズは政治家でもあった。だが政治はそれだけではなかった。それを見ないところがデラーズでもあった。
「その理想を実現させる為にガトーよ」
あらためてガトーに顔を向ける。
「やってくれるな」
「お任せ下さい」
彼は再び返礼した。
「この命にかえても」
「うむ」
ノイエ=ジールがその巨体を銀河に現わした。そして軍の最前列に位置する。そしてロンド=ベルの大軍を待ち受けるのであった。再び戦いがはじまろうとしていた。
「前方のネオ=ジオン軍を視認」
クリスがそう報告する。
「その数約六百六十、部隊はモビルスーツ及び木星トカゲ」
「へっ、連中もかよ」
リョーコがそれを聞いて声をあげた。
「クリスさん、割合で言うとどの位だい?」
「モビルスーツが六で木星トカゲが四ってところね」
「了解。やけにモビルスーツが少ねえな」
「今までの戦いで数が減ってるんだろうね」
ジュンがそれに答えた。
「何だかんだ言ってネオ=ジオンはティターンズやギガノスより台所事情が苦しいし」
「そうなのか」
「それは有り得るな」
クワトロが二人の話を聞いて言った。
「クワトロ大尉」
「ネオ=ジオンは一年戦争でのジオンの残党を母体としている」
「はい」
「その為元々の戦力自体が決して多くはなかった。そしてバルマー戦役でかなりのダメージを受けた。この時にギレン=ザビとドズル=ザビが死んだことにより彼等の部下達の離脱があった」
「そういえばそうですね」
「ギレン=ザビの死はそれだけ大きいってことですか
「そうだ。そのうえキシリア=ザビも事故で失った。今ザビ家の正統な人物はミネバ=ザビしかいない状況だ。しかし彼女はまだ子供だ。部下といえば摂政であるハマーン=カーンとエギーユ=デラーズしかいないな」
「そう思うと勢力が小さいのですね」
「そうだ」
クワトロはそれにも答えた。
「少なくとも連邦軍のかなりの数が参加したギガノスや元々連邦軍であり木星の勢力まで吸収したティターンズに比べてはかなり戦力自体は落ちる。あくまで数のうえだがな」
「けれどその数が大きいですね」
クリスが言った。
「一年戦争は。結局数での勝負でしたから」
「その通りだ」
そしてクワトロはクリスのその言葉をよしとした。
「だからこそ彼等は焦ってもいるのだ」
「成程」
「だから地球に降下しようってんだな」
「そうだったのか」
ダイゴウジがそれを聞いて驚きの声をあげた。
「おい、そうだったのかなあ、って」
「ダイゴウジさん、今までわかってなかったんですか」
「わかるも何も悪い奴等だからそうするとばかり思っていたぜ」
「あのなあ」
それを聞いてリョーコも呆れた声を出した。
「そんなので戦争になるかよ」
「あれ、熱血漫画やいつもそうですけれど」
「ここは漫画じゃねえんだよ」
ヒカルに言い返す。
「戦場なんだよ。わかるか」
「だからこそだ」
ダイゴウジはやはりダイゴウジであった。めげるということを知らない。
「戦場とは何ぞや。戦いとは何ぞや」
「何が言いたいんだよ、あんた」
「戦いとは正義と悪の激突の場だ!そして正義が勝つ場所だ!」
「じゃあどっちが正義なんだよ!」
「フン、愚問!」
彼はさらに言う。
「俺達が正義に決まっている!俺達は正義の部隊ロンド=ベルだぞ!」
「・・・・・・・そうだったのかしら」
クリスはそれを聞いて呆然としていた。
「市民を守るものだとは聞いていたけれど」
「クリス、あの人にはあの人の考えがあるんだよ」
バーニィがザクⅢごとクリスの側に来て囁く。
「だから気にしないで」
「そうか」
「そうそう」
「何がそうそうか!」
だがダイゴウジの耳は地獄耳であった。その二人の会話を聞き逃してはいなかった。
「それでも軍人か!そもそも戦いとは」
「確かに一理ある」
クワトロはぽつりと半ば独り言のよう言った。
「やっぱりな」
「だがそれは一面だけでしかない」
そしてこう付け加えることも忘れなかった。
「そりゃ一体」
「敵もそう思っているということだ」
「敵も」
「言われてみればそうね」
クリスはそれを聞いて頷いた。
「クリスさん」
「ネオ=ジオンの将兵もジオンの大義を信じているわけよね」
「そうだ」
ここで答えるクワトロの顔が少し複雑なものになった。
「それじゃあネオ=ジオンにとってはジオンの大義が正義になるわ」
「じゃあ正義が二つあるということか」
「その通り。正義は一つではない」
クワトロは締め括るようにして言った。
「アナベル=ガトーがソロモンで核を放ったこともまた事実なのだ」
「あれもかよ」
所謂ソロモンの悪夢である。バルマー戦役においてガトーは強奪したGP-02でソロモンに核攻撃を敢行した。これによりソロモンに集結していた連邦軍の艦隊は壊滅的な打撃を受けソロモンを奪われることになった。人類に再びジオンの悪夢を思い出させた衝撃的な事件であった。
「そう、あれこそがアナベル=ガトーにおいては正義だったのだ」
「複雑なんですね」
「複雑。服を雑に置いてふくざっつぅ~~~」
「だからよお、戦い前に気の抜ける強引なネタは止めてくれよ」
「パターン青、使徒です!」
リョーコにそう言われるとイズミはいきなり叫んだ。
「エヴァ発進用意!」
「っておい、今度はマヤさんの真似かよ」
「これはそっくりですね、何故か」
「だからそれも止めろって」
リョーコの言葉は続く。
「紛らわしいだろうが」
「それもそうですね」
「あたしだってノインさんの真似は自粛してるんだよ。お互いそれだけは止めようぜ」
「そういえば私もレイちゃんに声が似てるって言われるのよね。全然似てないのに」
「俺も。シーブックにそっくりだって」
「バーニィは本当に同じに聞こえるわよね」
「だろ?一緒にいるとどっちがどっちかわからなくて」
「俺もだよ。何でかわからねえけどリュウセイと同じ声に聞こえるんだよな」
サブロウタが言った。
「あとラッセさんとかな。まあこれはわかるけどな」
「わかるか?」
しかしダイゴウジはそれには首を捻った。
「全然キャラクターが違うぞ、おい」
「いや、そういうあんたも」
リョーコがいつものように突っ込みを入れる。
「声がドモンやトウジと似てるぜ。まあ声の話はこれ位にしておこう」
「私の声に似ているのはいないようだしな」
「そういえばそうですね」
皆クワトロの言葉には頷いた。
「かえって珍しいですよね」
「あとコウさんの声も」
「えっ、俺」
コウは後ろで自分のことが話されたのに気付いた。
「ええ、まあ」
「俺はまあ。そんなに特徴のある声だとは思わないけれど」
「そうかねえ」
だがリョーコはそれには懐疑的だった。
「何か。皇帝みたいな声だけどな」
「皇帝!?まさか」
それを聞いて思わず笑ってしまった。
「俺はそんな柄じゃないさ」
「そうですかねえ」
「いや、案外そうかも」
バーニィが言った。
「バーニィ、それはまたどうしてだ」
「何かコウさんの声ってそんな感じがするんですよ」
「そんな感じ」
「黒と銀色の軍服着て」
「それは何か俺には全然似合いそうにもないな」
「はあ」
「まあどっちにしろ俺は今のままでいいさ。連邦軍のパイロットでな」
「そして人参さえなければ」
「人参を食べなくても死なないよ」
クリスの突っ込みにこう返す。
「けれどニナさんが怒りますよ」
「まあそれは」
逆に形勢が悪くなってしまったのを悟った。だがそれでも言った。
「何とかなるよ」
「そうですかね」
「そうそう。それじゃあ前線に向かおうか」
「もう向こうから来てますよ」
「しかもノイエ=ジールが」
「ノイエ=ジール。ガトーか」
それまでの砕けた表情が消えた。引き締まったものになる。
「ノイエ=ジールは頼みますね」
「他の連中は俺達がやりますから」
「わかった」
コウはクリスとバーニィの言葉に頷いた。
「後ろは俺がやる」
「いつも済まないな、チャック」
「なあに、これが俺の適役だから。気にしない気にしない」
「けれど文句は言うなよ」
「わかってるって。まあ当たりはしないから」
「大丈夫なんですか、キース中尉」
「どうなっても知りませんよ」
「御前等が言うなよ」
キースはクリス達に言われて口を尖らせた。
「どのみち大して変わらないんだからな。パイロットとしちゃ」
「まあそうですけれど」
「今は機体もいいしな。大丈夫さ」
「だが過信はしないようにな」
バニングが三人を注意した。
「敵も必死だ。それを忘れるな」
「は、はい」
「わかってますよ」
三人はそれを聞いて慌てて言葉を返した。
「そうだといいがな」
バニングはそう言いながら前に出て来た。後ろには04小隊の面々が続く。
「ではウラキ、ノイエ=ジールは任せた」
「はい」
バニングも言った。コウはそれに頷く。
「では突貫します」
「うむ」
「やばくなったら何時でも俺に言いな」
モンシアも声をかけてきた。
「水割り一杯で駆け付けてやるからよ」
「随分安いですね」
「ヘッ、サービスしてやってんだ」
彼はこう言って減らず口を叩いた。
「何ならワインボトル一本でもいいんだぜ。とびきり高いのをな」
「いや、そこまでは」
「そうだろう。まあいざとなってら呼びな。いいな」
「はい」
そして04小隊はそのまま前に向かった。そして戦場に赴くのであった。
「よし」
既にキース達は周りに展開している。そしてそれぞれの敵に向かっていた。
「ガトー、また出て来たな」
「コウ=ウラキか」
ガトーの方も気付いた。そしてコウのGP-03に向かう。
「どうやらさらに腕をあげたようだな」
「当然だ!」
コウは言い返す。
「俺もここまで多くの戦場を潜り抜けてきた!腕を上げたのは御前だけじゃない!」
「ではその腕を見せてもらおう」
ガトーはそう言いながらノイエ=ジールを前に出してきた。
「果たしてその機体の能力を完全に引き出しているのか。見せてもらおう」
「やってやる!」
コウはまた叫んだ。
「行くぞガトー」
「来るがいい」
両者は互いに動いた。
「先の戦いからの決着、今着けよう」
「望むところだ!」
そう言いながらミサイルを放った。
「これでどうだっ!」
「甘いっ!」
だがそのミサイルはかわされてしまった。ノイエ=ジールはその巨体からは想像もできない速さでそれを横にかわした。
「なっ!」
「確かに腕をあげた」
ガトーはミサイルをかわした後で言った。
「だがそれではまだこの私を倒せぬ!ましてやジオンの大義を止めることなぞできぬ!」
「その大義の為にどれだけの人が死のうともか!」
「無論!」
彼は言い切った。
「義を知らぬならば生きている価値はない!人は義によってこそ生きるのだ!」
「貴様はギレン=ザビを肯定するのか!」
「私はギレン閣下の理想に共鳴しここにいる!ならばわかろう!」
「貴様!」
「コウ=ウラキ!貴様は確かに優れたパイロットだ!だが義を知らぬ!」
「義で世界が変わるのか!」
「変わる!少なくともギレン閣下ならば今の人類を変えられた!」
「御前はあの男が独裁者だったとわからないのか!」
「独裁の何処が悪い!」
彼はまた言った。
「この世界は正しき者によってこそ導かれるべきなのだ!優秀な指導者によって!」
「くっ!」
流石にこれは否定できなかった。どう批判的に見てもギレン=ザビが指導者として歴史的にも突出した存在であるのは明らかであるからだ。コウも言葉を詰まらせた。
「そしてそれに反する愚か者共は淘汰されるべきなのだ!今の地球連邦政府に大義はあるか!」
「大義はなくとも!」
たまりかねたように叫んだ。
「そこには多くの人がいる!連邦政府の腐敗とは全く関係なく生きている人達が!俺はその人達の為に戦うんだ!」
「では見せてみよ!」
ノイエ=ジールはビームを放った。
「それが貴様の義というのならな!」
「やってやる!」
そのビームをかわしながら言う。
「そしてガトー、貴様を倒す!」
そう言いながらビームサーベルを出した。そして突撃を開始する。
「これで!どうだ!」
「来い!」
「うおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!」
コウは叫んでいた。そしてそのまま一直線にガトーに向かう。
「死ねえええええええええーーーーーーーーーーっ!」
恐ろしいまでの速さであった。GP-03もまたノイエ=ジールに匹敵する巨体であった。だがそれをものともしない恐るべき速さでノイエ=ジールに突撃していた。今コウはこの巨大なマシンの能力を極限まで引き出していた。
「ヌウッ!」
流石のガトーもこれは完全にかわすことができなかった。ビームサーベルが掠った。
「クウッ!」
「チィッ!」
ガトーもコウもそれぞれ舌打ちした。
「ぬかったか!」
「しまった!」
両者はそのまま交差した。そしてまた互いに向き合う。
「危ないところだった」
「もう少しだったのに」
また対峙した。そしてまた睨み合う。
「どうやら私の予想以上だったようだな」
ガトーはコウを見据えたまま言った。
「コウ=ウラキ。君は素晴らしいパイロットになったと言っておこう」
「ガトー、俺も御前に言いたいことがある」
コウも言った。
「そのノイエ=ジールでそこまでの動きができるなんて。御前はやっぱり凄い奴だ」
「だが」
二人は同時に言った。
「ここで負けるわけにはいかぬ!」
「ガトー、御前を倒さなくちゃいけないんだ!」
また攻撃を開始した。
「いくぞ!」
「喰らえっ!」
それぞれビームを放つ。今度はドッグファイトをはじめた。こうして二人は熾烈な一騎打ちを展開していた。
戦いは何時までも続いていた。だがそれは二人だけではなかった。
他の者達もまた戦いを行っていた。その中にはシーマ=ガラハウもいた。
「チッ、とにかく辛い戦いだね)
長く濃い紫がかった黒髪の女が赤いモビルスーツガーベラ=テトラに乗っていた。そして戦場をかけていた。
「やられているのはこっちばかりじゃないか。これでどうやって守れって言うんだい」
彼女は戦局を冷静に見回していた。だがその戦意は衰えてはいなかった。
「こうなっちゃ仕方ないさね。ロンド=ベルの誰かを仕留めるしか」
獲物を狙っていたのであった。そしてその獲物を探していた。まるで餓えた狼のような目になっていた。
「さて、敵は」
「ん!?何だあの赤いモビルスーツ」
ここでドラグナーが彼女の前に現われてきた。
「誰が乗っているんだ、あれ」
「クワトロ大尉だったりしてな」
「おいおい、だったらそれはドッペルゲンガーだぞ」
ライトがいつもの調子でタップに対して言った。
「どうやらあれはガーベラ=テトラだな」
マギーを見ながら言う。
「ああ、あのガンダムの系列のモビルスーツか」
「その通り」
「何か外見だけ見たら全然そうは見えねえな」
タップはそう言いながら首を傾げさせていた。
「全く別の系列のモビルスーツに見えるぜ」
「どっちかって言うとジオンのやつだよな」
「確かジオンの系列の科学者が開発に関わっていたな」
ライトはケーンの言葉に応えるようにして言う。
「やっぱりそうかよ」
「今コウさんとバニングさんが乗っているあれの開発の時に一緒に作られたやつらしい。ところがそれがネオ=ジオンの手に渡ってしまって」
「今あそこにいるってわけか」
「確かそうだったな」
「何か連邦軍ってのも間抜けだよな」
タップが呆れたように言う。
「毎度毎度ポカやってねえか、何か」
「それは言わない約束だぜ」
ケーンが茶化して言う。
「俺達だってたまたまパイロットになったんだしな」
「それを言うとアムロ中佐も最初はそうだったな」
「本当にいい加減な組織だよな」
「ところが組織はいい加減でも機体はしっかりしていると」
ライトは二人に対してこう述べた。
「というと」
「あれかなり手強いみたいだぞ」
「ゲッ、マジかよ」
「マギーちゃんはそう教えてくれているな」
「それじゃあどうするよ」
「いつもみたいに三人でやるか?」
「それが妥当だな」
「よし」
二人はライトの言葉に応え左右に散った。
「それじゃあやりますか」
「で、乗っているパイロットは誰かな」
「名のあるパイロットみたいだけれどな」
「何か言ったかい?」
シーマの声が三人の通信に入ってきた。
「さっきから楽しそうにお喋りしてるけど」
「げっ、シーマ=ガラハウ」
ライトがその顔を見て思わず呟いた。
「よりによってこんなのが出て来るとは」
「何だ、知ってるのかよライト」
「知ってるも何も一年戦争でのジオンのエースパイロットの一人だぞ」
「エース!?このおばさんが」
「そこの坊や、口は慎んだ方がいいよ」
シーマは凄みを利かせた声でケーンにこう言ってきた。
「さもないと死ぬことになるからねえ」
「うわ、マジでこええ」
「というかその一言は禁句だろうが、おい」
タップがそう忠告する。
「ここは穏やかにだな。お嬢さんとでも」
「そこの坊やも死にたいのかい?」
タップにも凄みのある声をかけてきた。
「あまりおいたしてると後悔することになるよ」
「ううむ、どうやらいつもの軽い調子が通用する相手じゃなさそうだな」
と言いながらもライトはいつもの調子であった。
「それじゃあ真剣にやりますか」
「よし」
三人はそれぞれ左右に散った。
「ほんじゃまおば・・・・・・おっとと」
「シーマ=ガラハウな」
ライトがケーンに教える。
「敏感な年頃だから。注意するように」
「そうだな、危ねえ危ねえ」
「フン、面白い坊や達だね」
そうは言いながらも目は全く笑ってはいなかった。
「あたしの相手をしようなんて百年早いってことを教えてやるよ」
「ありゃ、百年か」
ケーンはそれを聞いて拍子抜けしたように言った。
「何か短いな」
「そうだな。俺達いつも一千年とか一億年とか言われるもんな」
「それを考えると俺達も成長したものだ」
「これを記念にダグラス大尉に一杯おごってもらおうぜ」
「おっ、いいねえ」
「ベン軍曹にばかり世話になるのも悪いしね」
「ほう、奢ってもらいたいのかい」
シーマはそれを聞いてニヤリと笑ってきた。
「それじゃああたしがたっぷりと奢ってやるさね」
「奢るって何をだ?」
「幾ら何でも敵さんに奢ってもらう程俺達は貧乏じゃないぜ」
「まあ確かに金持ちではないけれど」
「何言ってやがる、えらいさんの御曹子の癖に」
「そういう御前もそうだろうが」
「親父のことは関係ねえよ」
「けどリンダちゃんなんか実は玉の輿なんだよな」
「博士の娘だからな」
「そうそう」
「ええい、そんなこたあどうでもいいんだよ」
ケーンは半ばやけっぱちになって言った。
「とにかく前のあのガーベラテトラを何とかするぞ。どういうわけか話が全然進んでねえけどな」
「それは俺達のおしゃべりのせいだな」
「まあそれは言いっこなし」
「ってタップ、おめえが一番しゃべってるじゃねえかよ」
「気にしない気にしない」
「気にするぜ、ったくよお」
「で、どうするんだい坊や達」
シーマがまた声をかけてきた。
「あたしの奢り、受け取るのかい?」
「まあそれは」
タップが言った。
「いらないって言ったら嘘になるかな」
「そうかい」
「で、奢りって何奢ってくれるんだろうなあ」
「ここはリッチにロイヤル=ミルクティーを」
「じゃあ俺アメリカンコーヒー」
「俺緑茶」
「残念だけど飲み物じゃないよ」
「何だ、残念」
「それじゃあ何なんだよ」
「それはね」
言いながらニンマリと笑う。
「これさ!受け取りな!」
「おわっ!」
「何とっ!」
「ライト、その表現止めろ!マジであのネオ=ジオンの変てこな兄ちゃん思い出したじゃねえか!」
「すまんすまん、声が似てるものでね」
「気をつけてくれよ、ホントに」
「一瞬誰かと思っちまったぜ」
そんな軽い会話を続けながらもシーマの攻撃は無事かわしていた。
「けどよお、こりゃマジで危険な状況だぜ」
「同感」
「どうするよ、ライト」
「だからさっきから言ってるじゃないか」
彼は困ったように言葉を返した。
「ここはいつもみたいにフォーメーションでいくって」
「そうだったか」
「納得」
「話位はちゃんと聞いてくれよ」
「悪い、忘れちまってた」
「けど今覚えたぜ」
「まあいいか。それじゃあやるか」
「よし」
「おう」
ライトの言葉を受けて二人はまた動いた。
「タップはフォローに回ってくれ」
「よし来た」
「ケーンは接近戦だ。俺が側面から支援する」
「よし、じゃあ行くぜ」
ケーンはそれを受けて突進をはじめた。
「へえ」
シーマはそんな彼を冷静に見ていた。だがその顔からはもう笑みは消えていた。
「いい動きをするじゃないか。口は軽いけど腕はいいみたいだね」
「行くぜ、シーマ=ガラハウ!」
「さあおいで。切り刻んでやるよ」
そう言いながらビームサーベルを抜く。
「ジオンで伊達にエースパイロットになっていたわけじゃないってことを教えてやるからね」
「うおおおおおっ!」
ケーンはそのまま突っ込む。シーマは構えをとりそこから向かった。両者が激しく激突しようとしたその時であった。
「おっと!」
シーマは突如としてサーベルを切り払った。そしてそれでタップのレールキャノンの攻撃を退けた。
「なっ、絶対当たると思ったのによ!」
「この程度であたしをやろうなんて片腹痛いね!」
シーマはそう言い返した。
「あたしをやるつもりならもっと本気できな!」
「これでも本気だっての!」
「それじゃあ俺が!」
ライトがそれを受けたかのようにしてサッと動いた。そしてハンドレールガンを出す。
「捉えた!そこだっ!」
そしてレールガンを放つ。しかしそれもかわされてしまった。
「これもか!」
「化け物かよ!」
「なかなか腕はいいって認めてあげるよ」
シーマは凄みのある顔を二人に向けてきた。
「けどこれじゃねえ、他の奴はともかくあたしの相手は務まらないよ」
「チイッ!」
「じゃあ俺が!」
今度はケーンが切りかかった。
「死にたくないのならどきやがれ!」
「死にたくない、ねえ」
ケーンのその言葉を聞くとどういうわけかまた笑った。
「生憎あたしは生きることだけを考えているんだよ」
「何っ!?」
「あたしにとっちゃジオンの大義も平和もどうだっていいってことだよ!生き残る為には何だってするってことさ!」
「どういうことだ!」
「言ったままさ!理想とかそんなので何になるっていうんだい!そんなことは偉い奴等の言い訳に過ぎないんだよ!」
叫びながらケーンのサーベルをかわした。
「あんた達みたいなヒヨッ子にはわからないだろうね、一年戦争の生き残りの言葉はね!」
「だったらどうだってんだよ!」
ケーンはまた反論した。
「大体歳のことを言ったら怒ったのはそっちじゃねえか!」
「そんなことは忘れちまったね」
こう返してうそぶいた。
「あたしは都合の悪いことはすぐ忘れちまうんでね」
「何て勝手な話なんだよ!」
「けど俺達もそうだよな」
「ってタップ、それを言うと折角のシリアスがよ」
「まあ一理はあるな」
そしてライトはシーマの言葉に頷くべきものを見出していた。
「どういうことだよ、それ」
「政治ってやつはそういう一面もあるのは事実だ」
彼は珍しく真面目な顔で言った。
「上層部が理想を旗印にして自らの野望を達成しようとするのはよくある話だ」
「言われてみればそうだな」
ケーンもそれに頷いた。
「ジオンだってそうだったしな」
「まああれはな」
タップも頷く。
「ナチスとかソ連とかもそうだったからな」
「それで戦争になる。まあたまらない話ではあるな」
「けどそれで戦争になっても俺達は戦うしかないんだな」
「軍人だとな」
「じゃあ今はやってやるぜ。どのみちここで死んじまったらどうにもならねえからな」
「それじゃあ決まりだな」
今度はタップが音頭をとった。
「必殺技でいくぜ、ドカンと一発」
「あれをやるか」
「よし」
三人は同時に動きはじめた。今度はそれぞれの役割分担はしない。
「一斉射撃だ!行くぜ!」
ケーンが叫んだ。
「光子バズーカ、発射スタンバイ!」
「おう!」
「何時でもいけるぞ!」
二人がケーンにそう応える。
「よし、今だ!」
三機のドラグナーが一斉に動く。そして照準を合わせる。
「撃てええええええええええええっ!」
ケーンが叫ぶと同時に攻撃を放った。三機のドラグナーはガーベラテトラに向けて一斉攻撃を仕掛けたのであった。三色の光がシーマを襲う。
「チイッ!」
シーマはそれを見てすぐに上に跳んだ。だがさしもの彼女も完全にかわしきれるものではなかった。
ガーベラテトラの右足が吹き飛んだ。避けきれず右足を失ってしまったのであった。
「やってくれたね!」
「というかこっちが言いたいぜ!」
ケーンが言い返す。
「俺達のフォーメーションアタックをかわすなんてな」
「流石は一年戦争のエースといったところか」
「フン、褒めても何も出ないよ」
「さっきは奢るって言ってたのに」
「やっぱり勝手だよなあ」
「何とでも言うんだね。けどとりあえず今はあんた達に花を持たせてやるよ」
「花より団子」
「三色団子がいいな」
「今のバズーカは三色だったけどな」
「けど覚えておくんだね」
シーマは三人に構わず言う。
「あたしは執念深いんだ。この借りは絶対に返してもらうよ」
「うわ、お決まりの台詞」
ケーンがそれを聞いて呟く。
「まさか俺達が言われるとは思ってなかったな」
「同感」
「それだけメジャーになったってことかな」
「そんな軽口言えるのもいまのうちだけだよ」
「また言われた」
「もしかしてアムロ中佐になれるのももうすぐか!?」
「エース中のエース。いい響きだねえ」
「フン、まあいいさ」
これ以上相手をしていてはリズムが狂うと思ったのだろうか。シーマは話を切り上げることにした。
「今日はこれで帰るよ。また会った時は楽しみにしておくんだね」
「それじゃ」
「元気でね。おば・・・・・・じゃなかったシーマ=ガラハウ・・・・・・ええと」
「中佐だよ」
シーマはそう付け加えた。
「階級も覚えておきな。いいね」
「了解」
「それじゃあ御機嫌よう」
「フン」
こうしてシーマは戦場を離脱した。三人は後方へ消えていくガーベラテトラを見送っていた。だが緊張は消えてはいなかったのであった。
「ふう、手強かったな」
「やっぱり一年戦争の生き残りってのは強いよな」
まずケーンとタップが言う。
「年季が違うからな。それに実戦経験も」
そしてライトが続く。
「年季か」
「まあこれは仕方無いな」
「俺達まだティーンネイジだし」
「そうそう」
「それじゃあ若きエース目指して」
「休もうか」
「・・・・・・って何でそうなるんだよ、ケーン」
「悪いけどこっちはもう弾切れなんだ」
ケーンはタップにそう返した。
「何だそりゃ、そんなの我慢しろよ」
「レールガンも全部そうなのにかよ。光子バズーカも使えないんだぜ」
「ん、よく見りゃ俺のものだ」
「俺のもだ。これじゃあ仕方がないな」
「とりあえず一旦帰ろうぜ。それで補給済ましてまた大暴れだ」
「よし、華のドラグナーチームの力見せてやるぜ」
「それまで戦士は一時の休息、と」
そんな軽口を叩きながら戦場を一時後にした。だがその頃には戦いはもう終わりに近付こうとしていた。
「いけーーーーーーーーっ!」
モンシアが叫ぶ。そして04小隊が一隻のエンドラに総攻撃を仕掛けていた。
「戦艦が何だってんだ!とっとと沈んで楽になりやがれ!」
「おお、今日は張り切ってるじゃないか」
ベイトがそんなモンシアを見て笑みを浮かべる。
「どうしたんだ、そんなに乗って。いつもとは全然様子が違うじゃないか」
「気持ちが乗ってんだよ」
モンシアはベイトにそう声を返した。
「何かよお。もうすぐ地球に帰れると思うとな」
「帰ってもまた戦いだぜ」
「それでもだ。やっぱり星ばかり見てても面白くとも何ともねえからな」
「それはそうですね」
アデルがそんなモンシアに同意して言った。
「やっぱりメリハリがありませんと」
「そういうことだよ。やっぱりわかってるな」
モンシアは彼のその言葉を聞いて目を細めた。
「地球に帰ったらまた一杯やろうぜ」
「はい」
「いきなり戦いにならなきゃ、だけどな」
「おい、不吉なこと言うんじゃねえよ」
「けどそれがいつものパターンだろ、ロンド=ベルの」
「まあな」
「俺は参加は今回がはじめてだが御前さんは前からだったよな」
「ああ」
「だったらわかってる筈だぜ、ここのジンクスは」
「余計なジンクスもあるもんだぜ」
モンシアはそれを聞いて不満を露にした。
「まあそん時はそん時だ」
「吹っ切れたな」
「騒いでも仕方ねえしな。それよりだ」
「ああ」
ここで先程攻撃を仕掛けたエンドラを見る。
「さっさとこのしぶといのを沈めちまおうぜ」
「じゃあ行くか」
「よし」
三人が動こうとする。だがその目の前で戦艦は突如として炎に包まれた。
「なっ!」
「総員退艦!」
「急げ!」
エンドラの中で悲鳴が木霊する。そして慌てて戦場を離脱する脱出用の艦艇を後にして戦艦が炎の中に消えるとそこにGPー01がやって来た。
「これでよし」
「バニング大尉」
「エンジン部分を狙った。脆いものだった」
三人の目の前に現われたバニングは静かにこう言った。
「もっとも御前達の事前の攻撃があったこそだがな。礼を言う」
「いやあ、礼なんて」
「大尉のおかげですよ」
「そうですよ、私達は今から三人で攻撃を仕掛けようかとしていたところでしたから」
ベイト、モンシア、アデルはそれぞれ言う。
「まあまた戦艦を沈められてラッキーです」
「うむ」
モンシアの言葉に今度は静かに頷いた。
「だがまだ戦争は終わってはいない」
「はい」
「アムロ中佐も既に一隻の戦艦と敵の小隊を三個撃破されている。中佐に負けぬようにな」
「いや、幾ら何でもそれは」
流石にベイトも閉口でぃた。
「無理ってものですよ」
「やっぱり連邦の白い流星は伊達ではありませんね」
「敵じゃなくてよかったぜ、全く」
「だが敵はまだいる。それはわかるな」
「はい」
三人はまたバニングの言葉に頷いた。
「では行くぞ」
「了解」
04小隊はまた動いた。しかしこの時には戦争の趨勢はもう定まっていた。だがそれでもデラーズは戦場に残っていた。
「閣下」
部下の一人が艦橋に立つデラーズに声をかけてきた。
「また戦艦が一隻撃沈されました」
「エンドラ級十七番艦ホーイックです」
別の部下がその艦の名を告げる。
「既に我が軍の損害は七割に達しようとしていますが」
「如何為されますか」
「まだだ」
だがデラーズはそれを聞いてもこう言うだけであった。
「まだ。退くわけにはいかぬ」
「まだですか」
「ですがもう限界です」
「それも承知のうえだ」
こう言いながらも彼は退こうとしなかった。
「あと少し。あと少し耐えるのだ。よいな」
「あと少しですか」
「そうだ。そうすれば」
ここで艦橋に連絡将校が入って来た。
「閣下」
「どうした」
デラーズは彼に顔を向けた。そして問うた。
「ハマーン様から連絡です」
「摂政からか」
「はい。如何されますか」
「モニターに映せ」
彼はそう指示を出した。
「私が直接話を聞こう。よいな」
「ハッ」
こうしてモニターのスイッチが入れられた。そしてそこに赤紫の髪を持つ女が姿を現わした。
「まだこのモニターを使えるところを見ると無事なようだな」
「うむ」
デラーズはハマーンに対して頷いた。
「何とかな。ところでそちらはどうだ」
「順調に進んでいる。もうすぐ降下態勢に入る」
「ではもうこちらでの防衛はいいな」
「うむ。御苦労だった」
ハマーンにも戦局はおおよそわかっていた。ここで彼等を下がらせるのが得策だと判断したのである。
「ではアクシズに退いてくれ」
「わかった」
「後のことは木星トカゲ達で済ませる」
「木星トカゲか」
それを聞いたデラーズの顔が曇る。
「あの様な機械だけでか」
「他には北辰衆も来るそうだが」
「信用できるのか」
「そんなことは大した問題ではないだろう」
しかしハマーンはそれを不問とした。
「利用できるものは利用する。違うか」
「しかし」
「貴殿の言いたいことはわかっている。だがこれも勝つ為だ」
ハマーンはさらに言った。
「ひいてはそれがジオンの為になる。わかってくれるな」
「仕方あるまい」
デラーズもジオンを出されては頷くしかなかった。仕方なく妥協した。
「ではここは従うとしよう」
「うむ」
「ではこれで撤退する。地球は任せた」
「わかった」
こうしてハマーンはモニターから姿を消した。デラーズはそれを確認してから後ろにいる部下達に顔を向けた。
「聞いたな」
「ハッ」
部下達は一斉に敬礼をして応えた。
「ではすぐにアクシズまで撤退する。よいな」
「わかりました」
「後のことは木星トカゲ、そして北辰衆に任せるものとする。ネオ=ジオンの部隊は撤退だ」
「木星トカゲに、ですか」
部下の一人が先程のデラーズと同じ表情を浮かべた。
「その先は言うな」
しかしデラーズはそれから先を言わせなかった。
「よいな」
「申し訳ありません」
「わかればいい。ではすぐにモビルスーツ部隊を収納しろ」
「ハッ」
「そしてすぐに戦場を離脱するぞ」
「了解」
こうしてデラーズ指揮下のモビルスーツ部隊は撤退した。その中には当然ガトーも含まれていた。
「ガトー、逃げるのか!」
コウはそんな彼を見て叫ぶ。
「来い!俺と決着をつけるのだろう!」
「それはまた別の機会だ」
彼は後ろ目にコウを見て言う。
「今は退く。これもまた命令だ」
「クッ!」
「だが言っておく。ジオンの大義がある限り」
そして言う。
「私は敗れることはない!連邦にも君に対してもだ!」
「何を!」
コウは退くガトーのノイエ=ジールにおいすがろうとした。しかしそれは適わずガトーは戦場を離脱した。こうして戦いは終わった。
結果としてロンド=ベルは戦いに勝利した。しかし彼等が休息をとる時間はなかった。
「すぐに地球に向かうぞ!」
ブライトが指示を下した。
「ハマーンの部隊は既に降下態勢に入っている!急がないと大変なことになる!」
「クッ、思ったより動きが速い!」
カミーユがそれを聞いて言った。
「ハマーン、何としても地球に降りるつもりなのか!」
「その通りだ」
クワトロはそんなカミーユに対して述べた。
「彼等もまた地球を支配したがっているのだからな」
「まだ諦めていないのか」
「それは当然のことだ」
アムロも言った。
「それが今のジオンの願いなのだからな」
「そういった意味で彼等は最早スペースノイドを代表してはいないのだ」
「それじゃあ一体」
「最早ティターンズと同じだ。いや、ティターンズもまた彼等と同じなのかな」
「何かよくわかりませんね」
カツがそれを聞いて首を傾げさせた。
「ネオ=ジオンは大体わかるつもりですけれどティターンズがジオンと同じだなんて。彼等はアースノイド至上主義じゃなかったんですか?」
「それもまた表向きだ」
クワトロはカツに対しても言った。
「彼等が求めていることもまた人類の掌握だな」
「はい」
「それも武力による。そのうえ彼等はサイド3、ジオン共和国とも親しい関係にある」
「それは聞いたことがあります」
「そうだろう。そしてジオン出身の開発者も多く参加している。またジャミトフ=ハイマン自身もギレン=ザビの思想に共鳴している部分があるという」
「それじゃあまるで連邦軍の一部隊なんて仮の姿じゃないですか」
「そうだ、彼等の正体もまたジオンだ」
クワトロはここで言い切った。
「つまり我々は二つのジオンの亡霊と戦っていることになるのだ」
「そうだったんですか」
「ギガノスはまた別でしょうか」
リンダはそれを聞いてクワトロに尋ねてきた。
「彼等も似ていると思うのですが」
「あれは似て非なるものだ」
クワトロはこう述べた。
「ギルトール元帥はかなり理想に頼っていた」
「はい」
「それが彼の限界でもあったが。だがジオニズムとはまた違う」
「そうだったのですか」
「少なくとも彼は手段は選ぶ。そこもまた違う」
クワトロはジオンの亡霊とギルトールをそう分けて考えていたのであった。そしてこれは正しかった。
「だからこそ彼等とも一線を画しているのだ」
「わかりました」
「そしてだ」
彼はさらに言った。
「そのジオンの亡霊達は今アフリカでかっての同志達と再会しようとしている。そしてダカールを目指している」
「はい」
「彼等をダカールに行かせてはならない。行かせれば彼等に大義を与えることになる」
「ジオンの大義を」
「具体的に言うとネオ=ジオンによるダカール占拠だ。そしてそこでジオンの復活を宣言するだろう」
「下手をするとそこで地球圏の掌握をも言い出しかねないな」
「そうだ。私が怖れているのはそれだ」
クワトロの言葉は続いた。
「そうなったらさらに厄介なことになる。ジオンへ賛同する者が今だに多いのも事実だ」
これは翻って言うならば連邦政府への批判がそれだけ大きいということである。だからこそギガノスの様な勢力も興るのである。
「地球圏は只でさえ火種が尽きないというのに」
「全てはハマーンの策か」
「ハマーン」
それを聞いたカミーユの顔色が変わった。
「あの女、またしても」
「問題はハマーンだけではない」
「じゃあ一体」
カミーユはクワトロの言葉に問うた。
「ジオンそのものもまた問題なのだ。彼等の存在こそがな」
「そうだな。その通りだ」
アムロはクワトロの言葉に頷いた。
「少なくともザビ家の呪縛がこの地球圏にある限り。地球は彼等の脅威に怯え続ける」
「じゃあどうすれば」
「ザビ家を倒すだけだ」
アムロは単刀直入にカミーユに返した。
「ザビ家を」
「それじゃあミネバ=ザビを」
フォウの目が嫌悪に歪む。彼女は少女を害することに抵抗を覚えたのだ。
「それもまた違う」
ここでクワトロはミネバ=ザビを否定した。
「あの娘は何も知らない。単なる象徴だ」
「そうか」
「言われてみればそうね」
カミーユとフォウはそれを聞いてまずは納得した。
「彼女は彼女でその呪縛から解き放たれなければならないが。問題は他の者達だ」
「他の者達」
「エギーユ=デラーズ然り、そしてハマーン=カーン然りだ」
「またしてもハマーンか」
「彼女が今のネオ=ジオンの実質的な中心だ。全ては彼女が決めている」
「そうした意味での独裁者だな」
「実質的には、だがな。彼女もそれはわかっているがあくまでその心はザビ家にある」
ハマーンはその一生をジオンと共に過ごしてきた。一年戦争の後でアクシズに逃れそこから長い間を生きてきた。最早彼女にとってザビ家こそが全てでありミネバはその忠誠、いや崇拝の対象であったのだ。
「それがなくしては。ハマーン=カーンではないのだよ」
「因果なものだな」
アムロはそこまで聞いた後で呟いた。
「あれ程の鋭さを持ちながら。一つのことから逃れられないというのは」
「それは我々も同じだと思うが。アムロ中佐」
「言ってくれるな、クワトロ大尉」
二人は棘のあるやり取りを交あわせた。
「だがハマーンに関しては事実だ」
棘はクワトロの方が引っ込めた。そしてこう述べた。
「彼女はあまりにも鋭過ぎるのだ」
これは一面においては正解であった。確かにハマーンは鋭過ぎた。
「その為に一つのことしか見えないのだ」
これもまた正解であった。
「その為だ。そのせいで今ザビ家の呪縛に捉われている」
「そうした意味でハマーンもまた地球の重力にあがらえなかったということだな」
「そうだ」
アムロの言葉に頷いた。だがここでクワトロは一つのことを見落としていた。ハマーンもまた一人の女だということをである。そう、彼女は女だったのだ。彼はそのことを忘れていた。
「その為に。ネオ=ジオンはここまで来た」
「地球圏に。戻って来たのか」
「今彼等はまさにその地球に還ろうとしている。そして我々はそれを食い止めなければならない」
「それならば」
「ネオ=ジオンを討つ。まずはそれからだ」
彼等もまた戦わなければならなかった。その為の決意を新たにするのであった。
しかしそこで一人遠くに離れている者がいた。セラーナであった。
「遂にネオ=ジオンと」
彼女は意気あがる同僚達を寂しそうな目で見ていた。
「姉さん」
「どうしたんですか、セラーナさん」
だがそんな彼女にシーブックが声をかけてきた。
「あっ」
声をかけられた彼女はそれを聞いて我に返った。
「少しね」
そして照れ臭そうに笑った。
「考えていたことがあって」
「そうだったんですか」
「ええ。けれどもういいわ。すぐにまた戦いよね」
「ですね」
シーブックはそれに頷いた。
「けれどその前に少しエネルギーを補給しませんか」
「エネルギー?」
「食べるんですよ。セラーナさんもお腹が空いていませんか?」
「そういえば」
「セシリーがパンを焼いてくれてますから。それで体力をつけましょう。戦ってばかりだと身体がもちませんよ」
「そうね」
それを聞いてうっすらと笑った。
「それじゃあ私も一つもらおうかしら。セシリーの焼いたパンは好きだし」
「美味しいんですよね、あれ」
シーブックはそれを聞くと我がことのように喜んだ。
「やっぱりセシリーはパンを焼いているのが一番似合っていますし。さあ早く行きましょう」
「早くって」
「早く行かないとジュドー達やケーンさん達が食べちゃいますよ。あの人達そうしたことには凄く俊敏だから」
「あの子達らしいわね」
そんな話を聞いていると心がほぐれてきた。
「それじゃあ行きましょう。さもないとパンがなくなるから」
「はい」
こうしてセレーナはセシリーのパンを食べに向かった。心はそちらに向かい何とか戦いからは離れることができた。そして別のことからも。
宇宙での戦いはとりあえずのところは最後の局面に入ろうとしていた。だがここで一つの動きがあった。
「ハマーン様」
ランス=ギーレンとニー=ギーレンがグワダンの艦橋にいるハマーンに声をかけてきていた。
「どうした」
「ベガリオンのことですが」
「あれで宜しいのですか」
「よい」
ハマーンは二人の問いにこう返した。
「どうせ遅かれ速かれこうなることだった。ミリアルド=ピースクラフトと同じだ」
「あの男と同じですか」
「そうだ」
ハマーンはまた答えた。
「心がここにない者がいても仕方のないことだ」
彼女は二人を見てはいなかった。別のものを見ていた。
「これから我等の大義を実現させる為にはそうした者は去った方がいい」
「左様ですか」
「だからこそ彼等を追わないのですね」
「今度出会う時は敵だとしてもな。その時は倒すだけだ」
その言葉に剣を含ませた。
「いつものようにな」
「わかりました」
「それでは引き続き今ある戦力を降下させていきます」
「うむ」
ハマーンはそれを聞いて頷いた。
「去る者は追わずだ。よいな」
「はい」
こうして二人はハマーンの側から離れた。そしてハマーンはまた一人になった。
「御前と同じだな」
一人になると何かを呟いた。
「シャア」
そして今では消えた名を呟いた。
「御前も追えなかったのだ。それでどうして他の者を追うことができる」
だがこの呟きは地球の青の中に消えてしまった。それを確認したのか彼女は自分の中から戻り指示を下した。
「モビルスーツ部隊全軍降下用意!」
集結する各艦にそう伝えた。
「防衛は木星トカゲによって行う!他の者は全て地球に降下せよ!」
その声は鋭利で張りがあった。ハマーンは普段の、ネオ=ジオンの摂政としてのハマーンに戻っていた。
「地球に降りたならばダカールに向かう。よいな」
「ハッ!」
各部隊の指揮官達がそれに頷く。そして戦いへの決意を強める。
「では降下用意が整い次第それぞれ降下する。健闘を祈る!」
地球はそんな彼等を何も言わず見詰めていた。その目は青かった。だが誰も知らなかった。その目は時として燃え、赤くなるということを。
第五十七話 完
2005・12・1
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