東方守勢録
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第九話
数十分後
俊司たちは基地を脱出し無事永遠亭に戻ってきた。チップに操られていた椛はすぐさま治療を施され、徐々に回復しているそうだ。
そんな中追っての可能性を考えた紫は、鈴仙とてゐに周辺の見回りを頼んでいた。
「あ~あ……なんで私たちが見回りなんて……」
「いいじゃないの。他の人が下手に歩きまわったら一生抜け出せなくなるよ?」
「それもそうだけどさ、私はともかく……鈴仙は帰ってきたばっかりだし……」
「私はそこまで疲れてないから大丈夫」
と言って笑う鈴仙だったが、疲労がたまっているのは事実だった。現に誰が見ても顔色が良くないと分かるくらい青白くなっていた。
「……無理はしないでよね。鈴仙が倒れたらその埋め合わせは誰がやると思ってるの」
「わかってるよ……! てゐこっち!」
「えっ……うひゃあ!」
何かを見つけたのか、鈴仙はてゐの体をつかんで地面に伏せた。
「どうかしたのれいせ……」
「しっ……誰かいる」
そう言って鈴仙が指をさした方向には確かに男が一人地面に伏せていた。
「……」
警戒心を最大に高めて男を監視し続ける二人。しかし、男はこっちに気付いていないのか、あるいはわざとなのか、ピクリとも動く気配がなかった。
「……おかしいね」
「うん……まるで死んでるみたい……だね」
あまりにも不審過ぎたのか、二人はその場から立ち上がりゆっくりと男に近づいていく。
「……血?」
鈴仙は驚いたようにそう呟いていた。
男の周りには赤い液体が広がっていた。鈴仙はにおいと色でそれを血と判断し、軽く駆け足で男に近寄って行った。
「革命軍の人……でもなんで……というよりこの服装……」
服装は外の世界のものだった。確実に革命軍であることは確か。しかし、気になったのはそこではなくその服装に見覚えがあったことだった。
「あ~こりゃやばいね。出血多量だし傷口も広いし……でも息はしてるんだ」
「うん……」
「……鈴仙?」
なにか腑に落ちない鈴仙はうつ伏せの状態になっていた男の体を転がし、顔を見えるようにした。そこには残酷な真実があることも知らずに。
「……!?」
何かに気付き戸惑いを隠しきれない鈴仙。それもそのはずだった。
服に大量につけた鍵・一丁の銃・そして何よりも見たことのある顔…。鈴仙はこの男のことを知っていた。
「捕虜施設の看守さんだ!」
「……えっ……鈴仙こいつ知ってるの?」
「知ってるもなにも……いや、それは後で説明するから!この人を運ぶの手伝って!」
「はあ!?こいつは革命軍だよ!?なにも助ける義理なんて……」
「いから早く」
「でもさ……」
「だからあとで説明するっていってるでしょ!」
鈴仙は必死になりすぎて我を忘れたのか、思いっきりてゐを怒鳴りつけた。
「……れい……せん?」
「あ……ご……ごめん……こんなこと言ってる場合じゃないよね……とにかく手伝って」
「うん……」
二人はゆっくりと看守の体を起こすと、傷口を広げないようにゆっくりと運んで行った。
「今度はなにがあったの……」
永琳は血だらけの男をかついできた二人にそう言った。
「師匠!訳はあとできちんと話しますから、この人を治療してください!」
「それはいいけど……納得がいく説明をして頂戴ね?」
「もちろんです!てゐ、たんか持ってきて」
「わかった!」
てゐは男を壁にもたれ掛けるように座らせると、治療室に向けて走って行った。
「かなり重症ね……傷口を見た限り、なにか太いもので貫通してた様ね」
「出血も多いです。発見した時にはすでに倒れていました……輸血も必要だと思います」
「そうね……ところで、この人見た限り革命軍の人だけど……誰か知ってるの?」
「はい。この人は……」
鈴仙が簡潔に男のことを説明しようとした時だった。
「何かあったんですか?先ほどてゐさんがものすごい勢いで走って行かれたのですが……」
永琳の背後から一人の女性が声をかけてきた。
それが偶然だったのか……必然だったのか、そこにいたのは男のことをよく知っている人物だった。
「ああ、雛さん……」
「けが人ですか……いったい誰が……!?」
雛は男の顔を見たとたん、一気に表情は青ざめて信じられないと言わんばかりに目を疑っていた。
「悠斗……さん?悠斗さん!?」
男のそばに駆け寄り傷口をマジマジと見つめる雛。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
「まだ息はしてます。でも出血が多すぎて助かるかどうか……」
「私のせいだ……」
雛はそう呟いて表情を暗くした。
「……え?」
「私に触れて……この人に厄が回ったんだわ……だから……こんなことに」
「待って下さい!決して雛さんが悪いわけでは……」
「そんなことありません!げんに何度も私に触れた人は……ひどい見返りを……」
雛の目からはもう涙があふれ始めていた。
「……今はそんなこと言ってる場合じゃないわ。この人のことを思うなら……助かることを願いなさい」
「でも……」
「それ以外に何かできるの?」
「……わかりました」
「持ってきたよ!……って、どうかした?」
「なんでもないわ。てゐ・鈴仙この人を治療室まで連れてくるように」
「はい!」
二人は指示を受けると同時に悠斗をたんかにのせて運んで行った。
「安心しなさい。誰も殺させやしないから」
「……永琳さん」
永琳は涙を流す雛にそう声をかけると、その場を後にした。
「……死んだか」
暗闇の中、悠斗はそう呟いていた。
「しかたないか……クルト大尉は軍に忠実だし、裏切り者の処罰することもああするしかないって思うだろうしな……しかし、ここはなんだ?」
悠斗は変な孤独感と脱力感のあふれる空間の中に立たされていた。立たされているとは言えど動くことはできない。ただただぼーっとその場に立つしかなかった。
「はあ……まあいいか。どうせ死後の世界なんだろうし……」
と言いながら何も考えようとせずにその時を待ち続ける悠斗。
しかし、いつまで経っても次の世界は見えることはなく、時間だけが過ぎて行った。
さすがにいらいらしてきた悠斗は、今までの人生を振り返ろうと思い出を探り始めた。
「しっかし……まさか軍人になって最後を迎えるなんてな……」
もともとは悠斗もただの大学生であった。大学に通っては勉強し、家に帰ったらバイトの準備をしたりゲームをして時間をつぶしたり、時にはサークルの友人や先輩と遊んだりもしていた。
そんな彼が大学から革命軍への推薦を受けたのは4年目の春だった。
機密事項がどうだとか契約がどうだとか、悠斗にとっては疑わしいことばかりだった。入隊を決めた理由も興味と月給の良さだった。
入隊後、さまざまな場所で銃を持って走り回らされた。悠斗が唯一やめたくなった瞬間である。だが、行った場所で任務を終え、その時に得た達成感が悠斗を軍に引きとどめていた。
そんな矢先、幻想郷への進軍か発表された。
悠斗は任務の内容や動機を見ただけではガセネタだと思っていた。だが、実際に幻想郷は存在し、妖怪も幽霊も神様も存在していた。状況が整理されないまま戦場に立たされ、悠斗はかろうじて生き残っていた。それどころか、敗戦ばかりをきっしていたのに死人は一人も出ておらず、悠斗をさらに困惑させていった。
その2ヶ月後、別の分隊に所属していた彼の同僚が変な能力に目覚め、軍は混乱していた。それ以降、数十人の人間が、次々と能力に目覚め始めていた。戦闘に勝利し始めたのはこのころからだっただろう。悠斗が能力を開花させたのはそれからさらに1ヶ月後のことだった。
能力を知った幹部は、すぐさま悠斗を監視施設の看守に任命した。その時、もう戦場に立たなくていいと安堵の溜息をもらしたことを彼は覚えていた。だが、そんな彼を待っていたのは捕虜からの罵声だった。
罵声を受け続け、悠斗の精神は限界に追い込まれていた。それと同時に、彼の中には軍に対する不信感が生まれ始めていた。そして、悠斗はすぐさま行動を開始した。捕虜から情報を集め自分の中で整理していく。そして出た結果は、明らかな矛盾だった。
自分が間違ったことをしているかもしれない。悠斗はそう感じていたが、何もできずに時は過ぎて行った。
それから間もなく、俊司たちが侵攻し手をかした悠斗は、クルトに処罰をくだされ現在にいたる。
「長いようで短い人生だったな」
苦笑いをしながらそう呟く悠斗。だが、ひとつ気がかりな点が残っていた。
「雛さん……」
悠斗が死に際に行った名前『雛』。
雛と出会ったのは悠斗が情報収集を始めたころだった。捕虜に相手にされず途方に暮れていた彼に、最初に話をしてくれたのが彼女だった。彼女は幻想郷とは何かだけでなく、自分たちの日常・歴史をすべて話してくれた。悠斗にとってはそれが唯一落ち着いていられる瞬間だった。
「……」
悠斗は深く考え込むほど、自分が抱いている感情に腹がたっていた。戦争中だというのに捕虜だった彼女と仲良くなり、生まれ始めていた感情に…。
悠斗は雛に恋をしていた。
もちろん、かなう恋ではないことは分かっていた。それでも、そばに入れるだけでも彼にとっては幸福だったのだ。俊司たちが来たときは、彼女が助かることに対する安心感と、もう会えなくなる寂しさを感じていた。ついていこう。そう考えていた自分がいたことも彼は分かっていた。だが、革命軍として幻想郷を支配しに来た彼はそんな資格などないと考え、思いを踏みにじった。
去り際に名前を教えてほしいと雛に言われた時、悠斗は少し複雑な心境になっていた。しかし、それで彼女の記憶にのこるならと考え、悠斗は素直に答えた。その瞬間、人生に対する悔いはなくなっていった。
「……まったく、ばか……だ……よな……」
急に眠気に襲われ意識が薄れていく悠斗。ここで、自分の人生は終りを告げるんだと思っていた。
ゆっくりと目を閉じその時を待つ。
だが、やってきたのは新しい人生ではなく微かな痛みと意識だった。
「うっ……」
口も動く。かすかだが体の感覚が戻っている。悠斗はおそるおそる目をゆっくりと開けていった。
「……え?」
彼の眼に映っていたのは信じられないものばかりだった。
どこかの日本住宅を思いだたせる茶色い天井。白くまぶしく光る照明器具。そして、
「悠斗さん!」
と言いながら涙を浮かべ、安堵の表情を浮かべる彼女の姿だった。
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