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蒼き夢の果てに

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第2章 真の貴族
  第20話 フリッグの舞踏会

 
前書き
 第20話、更新します。
 

 
「それで、そのフリッグの舞踏会と言うのは、正装で出席すべきモンなんやな?」

 現在は五月(ウルノツキ)第一週(フレイヤノシュウ)、ユルの曜日。つまり、極楽鳥ならぬ、不死鳥(フェニックス)の再生の儀式が行われた日の翌日。
 その日のお昼休みです。

 そんな、緊張感のカケラもない俺の質問に対して、タバサはひとつ首肯いただけだったのですが、大して積極的な雰囲気などでは無く、片やキュルケの方は、妙に積極的な雰囲気で強く肯定しました。

 確かに、キュルケに取っては彼女を女神のように崇めている男子生徒達との交流を深めながら、更に新しい信者を得る為には、パーティは重要なイベントと成ると言う事なのでしょう。

 問題は、我が蒼き姫君の方ですね。パーティなんぞにまったく興味を示さない貴族の姫君と言うのは、少し問題が有ると思うのですが。
 普通の貴族の姫君ならば、なのですが。

 普通は将来の為に知己を増やす重要なイベントのはずなんですよ、貴族に取ってのパーティと言うイベントは。

 そもそも、貴族の奥方と雖もずっと遊んでいる訳ではないはずです。良人の為にサロンを形成して、社交界に流れる情報の把握などを行いつつ、他の貴族の動向を探る。などと言う結構重要な仕事が待っていますし、そんな仕事をこなすには、矢張り、かなりの知識と、そして広い……、良人とは違う独自の人脈を持つ必要も有ります。当然、本人の社交性や政治力も必要になって来ますしね

 もっとも、タバサの目的……将来の夢からすると、あまり他者の記憶に残り過ぎるのも問題が有るのですが。

 何故なら、彼女の目的は貴族として生きて行く事では無く、母親の状態を元に戻し、ガリアの目の届かないトコロで平穏に生きて行く事。
 その為に俺に頼んだのは、自らの母親の状態を回復させる事のみで、非業の死を遂げた父親の仇討ちに関しては考えていない、と言い切ったのですから。

 …………。おっと、この部分は未だ情報不足ですし、この部分をあまり嗅ぎ回ると、もっと深い闇のようなモノに到達する可能性も有る。
 未だ、先走って考えても仕方がない部分に成りますか。

 現状では、ガリアの現王家の考えが読めない以上は……。

 そうしたら、先ずは目先の問題について、ですか。
 そう考え、視線を、妙に霊力(ちから)の籠ったキュルケに戻す俺。

 う~む。しかし、正装ですか。ネクタイなどウザイだけですし、そもそも、ネクタイを締めているのか、首を絞めているのか判らなくなる時が有るぐらい俺には縁遠い代物ですから。ネクタイと言う物は。
 更に言うと、燕尾服などゴメンですし、モーニングに関しても右に同じ。
 矢張り、向こうの世界から着て来た黒の学生服姿で良いかな。それ以外を着た俺自身の姿を想像出来ませんから。

 それに学生服とは学生に取っての礼服で有り、平服で有り、そして、戦闘服の場合も有ると言う非常に便利な服装です。
 まして、俺の通っていた高校の制服は今時珍しい詰襟です。これなら、ネクタイは必要ないですし、見た目的にも軍服から派生した服装ですから華美でもなく、それでいて十分礼服としても通用する服装と成っています。

 ……などと言う、俺の都合の良い思考をあっさりと見切り、更に粉砕してくれる女性が一人、この場には存在していた。

「シノブ。あの黒い服装なら不許可よ」

 何故か、俺の心を見透かしたようなキュルケの発言。
 しかし、何故に、彼女には俺の心の中が簡単に判ったのでしょうか?

「何故、判ったのかって、言う顔をしているわね」

 再び、俺の思考を読み切ったキュルケの台詞。この辺りは、伊達に多くの男性と付き合っている訳ではないと言うトコロですか。
 それでも、彼女の周りには、俺のような種類の人間は居ないと思うのですが……。野暮ったくて、洗練された雰囲気もない。まして、女性の扱いに長けた若い貴族たちとはまったく正反対の雰囲気を発して居る人間。

 流石にこんな若い貴族はいないでしょう。

 そんな、今はどうでも良いような明後日の方向に思考を向けて居る俺と、我関せずと言う雰囲気で手にした書物の文字を、その瞳のみで追い掛けて居る我が蒼き姫の顔を交互に見つめたキュルケが、意味あり気に少しの笑みを見せる。そして、

「あのね、シノブ。主人と使い魔は似て来るものなの。
 そして、タバサ。貴女は、この舞踏会にも、あの黒いパーティ・ドレスを着る心算なのでしょう?」

 キュルケの問いに対して、目で追っていた活字から、わざわざ視線をキュルケの方向に移した我が主が、普段通りの透明な表情を浮かべたままで首肯いて答えた。
 何時も通りのタバサの対応。彼女は、キュルケの言葉には、割と真面目に答えますから。そして、俺に対しても……。いや、真面目に聞いてくれますし、俺の言葉を右から左へ聞き流すような事を為した事は有りませんでしたか。

 彼女が纏っている雰囲気から、結構、素っ気ないように感じるけど、身内に対してはそんな事もないと言う事なのでしょうね。

 それにしても……。俺は、キュルケを見つめてから、少し思考の海に沈む。
 そう。先ほどの台詞の意味。タバサと俺が、同じように黒い服装をしているから似た者同士だと言う心算でしょうかね、キュルケさんは。

 少なくとも俺は、協調性のないタバサよりは社交的だと思っているのですよ。
 もっとも、少し取っ付き難くい雰囲気が有る事は認めますが……。

 しかし、

「どちらも、服装についてこだわりが無さ過ぎるのが判るのよ。
 まして、パーティに参加するのに、シノブとタバサが揃って黒い服装をしていたら、地味じゃないの」

 ……確かに、俺には服装に対してのこだわりは有りませんね。今も、ハルファスに適当に調達して貰ったジーンズと白いワイシャツなどを着ているに過ぎないですから。
 しかし、これは、俺も魔法学院の生徒に扱いを準ずる以上、あまりにも華美な衣装は問題も有りますし、そもそも、派手な衣装が似合う雰囲気もないと、俺自身が思っているからなのですが……。

 それに、その台詞をタバサに言わないと言う事は、既に何度も彼女に対しても言ったけど、残念ながらタバサ自身が聞く耳を持っていなかったと言う事なのでしょう。
 ただ、タバサに関しては、最近は、妙に高価な宝石類を身に付けるように成ったと言うウワサが流れ始めているらしいのですけど……。

 もっとも、それも彼女のこだわりなどでは無く、式神の封印具(お家)を持ち歩く為に行っている事なんですけどね。

「まぁ、そうしたら、その件に関しては前向きに対処させて頂きます」

 非常に誠意溢れる回答を行う俺。そもそも、どうしても出なければならないパーティらしいから出るだけで、出席に関して任意のパーティならば、素直にブッチしているトコロなのですから。
 俺のような一般人に、貴族の方々が参加するようなハイソなパーティは敷居が高過ぎて、流石に二の足を踏んで終いますよ。

「えっと、あの、タケガミさん?」

 キュルケにロープ際まで追い詰められかけた俺に対して、その瞬間に正に天の助けが現れた。尚、その天の御使いは、金髪縦ロールの、一昔前の少女漫画のライバルと言うべき容姿を持った少女で有った。
 但し、どうも性格的には少々違うみたいな雰囲気なのですが。

「あ、ミス・モンモランシ。頼んで有った香水が仕上がったのでしょうか?」

 この世界に来た翌日。シエスタとギーシュくんがぶつかった折にこぼして仕舞った香水の製作者で、ギーシュくんにそのこぼして仕舞った香水を弁償する為に、その場にいた俺の御主人様とキュルケ、ルイズに対して香水を作ってくれるように依頼して有ったのですが。

 もっとも、ギーシュくんへの弁償用の香水と言うのは、俺が一度シエスタにプレゼントした分を、そのままギーシュくんに渡すと言う形を取るのですが。
 そうしなければ、シエスタが受け取ってくれませんでしたから。まして、それ以外の連中に香水をプレゼントするのも同じ理由ですし……。
 つまり、これは、彼女だけを特別扱いするようなマネをしたのでは受け取ってくれなかったと言う事なんですよ。

 そんな事、気にする必要はないのに。

 それに、この世界の香水の相場と言うのは判らないけど、そう高いモノではないと思いますからね。

 何故ならば、聞くトコロによると、香水の製作と言うのは、水系統の魔法使いがお小遣いを稼ぐ程度の軽い感じで行うモノらしいですから。水行の魔法使いなら、もっと手っ取り早く稼げるはずの薬に手を出せない、駆け出しレベルの魔法使いでも扱える商品ならば、そう高いモノでもないでしょう。

 流石に、何らかの魔法が籠められている香水ならば、そう言う訳にも行かないとは思いますが。例えば、魅了のような呪が籠められている魔法のポーションとかならば。

 そして、件のモンモランシ嬢は、俺の方に小瓶をふたつ差し出しながら、少し申し訳なさそうな雰囲気で、

「あの、御注文の香水が完成しました。でも、あの場でも言った通り、代金に関しては香水作製に掛かった実費のみで構いませんから」

 ……と、そう言って来る。
 そう言えば、確かにあの時、この目の前の金髪縦ロールの少女モンモランシはそう言っていたな。

「それに、あの時の状況は、どう考えても、ギーシュの方に非が有りましたから」

 確かにあの場の状況はそう言ってもおかしくは無かったのですが、それでも矢張り、不注意でギーシュにぶつかって仕舞ったシエスタにも非は有ったと思います。
 もっとも、あの時に妙な精霊の動きを感じたのも事実なのですが……。

 但し、精霊の断末魔の悲鳴は聞こえなかったから、この世界の魔法使いが何らかの意図を持って、あのイベントを起こそうとした訳ではない、と判断したのですが、その直後に、竜殺しのジョルジュくんとの遭遇が有って、この世界の魔法使い全てが精霊に敵視されている訳ではない事が判りましたから……。

 現状では、あのギーシュと言う少年とシエスタとがぶつかった事に、何らかの意図のような物が存在している可能性も否定出来なくなった、と言う事なのですが……。
 但し、その事件を起こした意図がイマイチ理解出来ないのも事実なので、今のトコロはどうしようも有りません。

 まして、俺、そしてタバサの方にしても、現状では式神達を常に連れ歩いているのと同じ状態ですから、多少の突発的な事件にも対処可能。
 そう考えるのなら、差し当たっては大丈夫でしょう。

「それでしたら、それぞれに香水の瓶ひとつに付き金貨一枚。合計四枚と、後、一枚は今日の舞踏会までに仕上げて貰ったお礼と言う事で合計五枚の金貨でよろしいでしょうか?」

 そう言いながら金貨を差し出す俺。尚、この差し出した金貨は、この世界の金貨で、エキュー金貨と言う金貨らしいのですが、実際のトコロ、どの程度の金が含有されている金貨なのか、俺にはさっぱり判らない代物でも有ります。
 尚、少なくとも、式神達に支払う金貨としては使用不能の金貨なので、使い道は、この世界での活動費用のみに限定される代物でも有るんですよ。

 その俺が差し出した金貨五枚をあっさりとモンモランシが受け取ったと言う事で、多分、相場程度の金額だったのでしょう。

 そして、モンモランシから受け取った小瓶をキュルケとタバサのふたりに差し出す俺。
 そうして、少し紅と蒼のふたりを見つめた後に、

「そうしたら、折角、モンモランシ嬢が香水をフリッグの舞踏会に間に合わせてくれた訳ですし、これを付けてパーティに参加しますか」

 ……と告げたのでした。

 尚、上手く逃げ切った心算の俺でしたが、残念ながらキュルケはそんな甘い女性などではなく、俺の服装に関しては、結局、ハルファスに用意して貰った黒のタキシードで許して貰う事に成りました。
 それにしても、タキシードと言うのは、確か十九世紀末頃に広まって来た服装のはずです。そして、もしそうだとすると、このキュルケと言う少女のセンスは、かなり未来の洗練されたセンスと言う物を持っていると言う事なのかも知れませんね。

 少なくとも、俺のファッションセンスとは天と地ほどの差が有る事だけは理解出来ました。

 但し、似合いもしないタイまで装備させられて仕舞いましたが……。


☆★☆★☆


「なぁ、忍。なんだよ、その妙な格好は?」

 普段通りの青いパーカーとジーンズ姿の才人くんが、左手に元無銘の刀。現在、新たに蜘蛛切りと言う銘を得た日本刀を携えて立っていました。
 ……って、おいおい。何か情報に齟齬が生じているような気がするのですが。

「妙な格好って、このパーティは正装で出席しろと、キュルケに無理矢理着せられたんやで、この服装は」

 そんな才人からの問い掛けに、少し言い訳に聞こえるような台詞を口にする俺。

 ……やれやれ。どうやら、これは、キュルケに上手く乗せられて仕舞ったと言う事なのですか。
 つまり、タバサを着せ替え人形代わりにする事が出来なかったから、俺を代用品としたと言う事。

 まして、才人くんが言うように、タキシードに蝶ネクタイなど、俺に似合うとも思えないので……。

 見事にお仕着せの衣装に身を包んだ、ヤケにひねた七五三に向かう子供状態。それが、現在の俺を他人視線で見た時の印象だと思いますから。

 それに、そもそも、このパーティにネクタイなどと言う代物を締めて出席しているのは俺だけですからね。
 もっとも、ネクタイはルイ14世の時代ぐらいに登場する物のはずですから、西欧風の封建時代が続いているこの世界では未だ登場していない可能性も有ります。その事に、最初に気付かなかった俺の方がマヌケだったと言う事ですかね。

 そう歴史的事実にようやく記憶が到達した後、確認の為に周囲の観察を行う俺。

 間違いない。少なくとも、ネクタイが正装の一部に加えられている時代ではないと思いますね。周囲の男子生徒達の服装を見る限りでは。

「へえ。でも俺には、そんな事は言わなかったけどな。それに、キュルケとルイズは仲が悪いから、俺に対してそんな事が出来る訳はないか」

 そう才人が答えた。……その言葉の中には、からかう気半分、御愁傷様と言う気分が半分と言う、少し微妙な雰囲気が含まれていた。

 確かに、キュルケのツェルプストー家とルイズのヴァリエール家は隣同士の領地を領有していて、古来よりトリステインとゲルマニアの間で紛争が起こるたびに、お互い両国の軍隊の先頭に立って戦って来た間柄らしいから表面上は仲が悪いように見えますね。

 もっとも、どうもこのふたりの関係はキュルケがルイズをからかって、ルイズが突っ掛かって行くと言う、俺から見ると、どう見てもじゃれ合っているようにしか見えない間柄のようなんですけど。

 人間的にルイズの方が少し幼くて、キュルケの方が大人なので、そのまま相対して居たらキュルケの方がかなり有利……と言うか、まともな友人関係は築けそうにないので、キュルケの方が少し、子供っぽい対応をルイズと居る時にはしている。そんな雰囲気が有るような気がするのですが。

 ……おっと、そう言えば、

「そのキュルケとルイズの間に立って、色々有ったらしいやないですか、才人はんも」

 もう、これ以上、俺の服装についてツッコミを入れられると、しばらくの間、主に精神的な意味から立ち直れなく成りそうなので、無理矢理、話の方向を変える俺。

 それに、複数有る理由の内のひとつには、恥ずかしいから、壁の花ならぬ、テーブルの守護者と化しているタバサの方向を向いたきり……つまり、ダンス。何故か、ワルツを踊っているホールの方向にお尻を向けて立っているのですから。

 もっともこの世界は、会議は踊る、されど進まず。と言う言葉が産まれていない時代のはずなのに、何故にワルツが浸透しているのか、判らないのですが。
 既に、ナポレオンが居た事が有る……訳はないですよね。

「あれは、キュルケにからかわれただけだよ」

 そう謙遜する才人。しかし、実はまんざらでもない、と言う雰囲気が発せられていたから、この部分に関しては、もう少し、ツッコミを入れても大丈夫でしょう。
 少なくとも、現在の俺の服装に対するツッコミを、才人は忘れてくれるでしょうから。

「そないな事を言って、夜にキュルケさんの部屋に連れて行かれたりしたって話を聞きましたよ」

 ……そのキュルケ本人から。
 但し、ニュースソースに関しては明かさないのが、賢明でしょうね。

「その所為で、今日は朝から宝物庫の壁修理をさせられたけどね」

 そう、オチを付けるような形で、才人は話を締めくくった。

 そう。一昨日の夜に、何かの行き違いが有ったらしい才人がルイズの部屋を追い出された際に、キュルケが才人を自らの部屋に招き入れたらしい。
 確かに、先祖代々の家同士の間柄。更に、現在のルイズとキュルケの関係からすると、こう言う流れになったとしても不思議でも有りません。

 確か、ツェルプストーの人間は、ヴァリエール家の人間の恋人を奪う事が代々の習わしらしいですから。……って言うか、彼女らの話を総合すると、それは最早恒例行事で有るような気もして来るのですが。

 それで、昨夜はルイズとキュルケの間で景品の才人をマトにした決闘騒ぎを起こしたらしいのですが、あのルイズの爆発魔法が、マトモに才人を吊り下げたロープに命中する事など有り得る訳もなく……。

「宝物庫の壁をぶち壊したって言う訳か」

 それで、今日は朝から、才人とルイズのふたりで宝物庫の壁修理をやらされた、と言うオチがついて終わった、と言う話なんですよね。

 もっとも、俺に取ってはどうでも良い話ですか。笑い話としては面白い話ですけど。

 それに実際の話、ルイズと才人は主人と使い魔の間柄ですから、その間に他人が入り込むのはかなり難しい事だと思います。

 何故ならば、この世界の使い魔契約がどう言う基準で使い魔を選んでいるのかは判らないのですが、主人と使い魔の間は霊道と言う、目に見えない絆で繋がっているのは間違い有りません。
 その間に入り込むのは、如何に、ヴァリエール家の人間の恋人を奪う事を代々の習わしとして行って来たツェルプストー家の人間と雖も難しいと思いますから。

 ……って、そんな事ぐらいキュルケも判っていると思うのですが。自分と、フレイムの関係を考えて、その関係を、ルイズと才人に置き換えたら簡単に判ろうと言う物でしょうが。
 そう考えると、彼女の行動は、おそらく、ふたりをからかっているだけなのでしょうね。才人が言うように。

「で、忍の方は、十日もの間、何処に行っていたのさ?」

 そう、逆に聞き返して来る才人くん。まぁ、彼からして見るとやり返したような気分なのかも知れないけど、俺のこの四月最後の十日間は、そんな浮かれた状態では無かったのですけどね。
 一応、死と再生に絡む話でしたし、この世界の何処かに、タバサの身柄を押さえようとしている連中が居るような気配も感じましたし。

 其処まで考えてから、壁の花ならぬ、山海の珍味を並べたテーブルの守護者と化している蒼き姫の現状を確認する俺。
 大丈夫、問題ない。彼女は矢張り、其処に居る。

 ……ただ、タバサの方の事情が有るから、真実をそのまま話す訳にも行かないか。

「えっとな。先ず、サウナ風呂に放り込まれて、次に、湖畔でキャンプ。昨日は山登りの後に御来光を拝んで、最後は温泉にゆっくり浸かって帰って来たかな」

 かなり内容をぼやかして、そう空白の十日間についての説明を行う俺。
 しかし、こう説明すると呑気に遊んでいたみたいに聞こえますね。実際の内容は、妙に死に近い位置に居たのですけど……。

 但し、これはすべて事実。言葉と言葉の間に、多少、省略した部分は存在しますが、内容に関しては虚偽の報告に当たる部分は存在しません。

「……って、タバサとふたりで遊んでいたのかよ!」

 才人のお約束のツッコミ。
 矢張り、そう思いますよね。この話を聞いただけでは。
 もっとも、少し、間違っている点も有るのですが。

「いや、タバサとふたりだけやないで。ジョルジュ・ド・モーリエンヌと言うガリアからの留学生の実家に招待されていたからな」

 そう答える俺。まぁ、これも、ある意味間違いではないと思います。何故ならば、あの任務自体が、本来はサヴォワ家が代々取り仕切って来た任務のはずですから。
 但し、才人に対しての説明としては、圧倒的に言葉が足りないのは事実なのですが。

「ジョルジュって、忍と魔法の模擬戦をやったって、言う相手の名前じゃ……」

 まぁ、聞いていて当然かな。そう考えてから首肯く俺。そして、

「付き合って見たら案外、面白い奴やったからな。
 それで、実家の方に招待してくれると言うから、タバサと一緒に行って来たんや」

 かなり、軽い口調で、そう答えて置く。
 但し、確かに、ある意味、面白い相手ですけど、もしかすると非常に危険かも知れない。
 そう言う相手でも有ります。彼、ジョルジュ・ド・モーリエンヌ=サヴォワ伯長子は。

「ちょっと、お二人さん。男同士で話していて、何か楽しい事でも有るって言うの?」

 それまで流れていた軽妙な調子の音楽が終了した刹那、俺の背後。具体的には、多くの若い貴族たちが舞い踊るホールの中央部から掛けられる若い女性の声。

 やれやれ。俺を着せ替え人形にしてからかった元凶が近付いて来ましたよ。
 ……それも、彼女の取り巻きの男子生徒達を引き連れて。

 そう考えながら振り返った俺の視界の中心に、このダンスパーティの主役然とした褐色の肌、見事な赤毛を持つ少女と、その取り巻きの一山幾らの連中が存在していた。

 キュルケが、胸の前に腕を組んだ状態で、俺と、そしてその隣に立つ才人を見つめる。その腕の上に存在する……。

 ………………。
 イカン。見る心算もないのに、何故か其処に視線が自然と向かって仕舞う。
 それにしても、やたらと胸を強調したパーティ用の紅いドレスですね。そして、これが、彼女に取っての戦闘服で有るのは間違いないな。

 自らの武器を強調しているのですからね。

「まぁ、才人はどうか判らへんけど、俺はこんなトコロに足を踏み入れた事がないからな。
 少し、場違いな雰囲気で浮いた存在に成っているだけや」

 目のやり場に困りながらも、そうキュルケに対しては答えて置く俺。どうも、他人の顔、特に瞳を見つめながら会話を交わすのは苦手ですけど、才人のように胸を凝視するのはもっと苦手。
 さりとて、あまりにも、視線を彷徨わせるのは……。

 もっとも、このパーティ会場自体が、あまり良い雰囲気ではない事が、俺がこの会場内で浮いた存在に成っている理由かも知れないのですが。

 何と言うか……、そうですね。たかがダンスを一曲踊る程度で、其処まで気を入れる必要はないと思っている、と説明したら判り易いですか。

 例えば、一人の少女に勢い込んでダンスの申し込みを行った挙句、敢え無く撃沈。そのまま、陰鬱とした雰囲気に沈み込むヤツ。そして、そんな少年を見つめていた彼女が、そのダンスを断った少女に向ける視線の……。
 魔法使い(メイジ)が、相手をそんな魔力の籠った瞳で相手を見つめたら、どんな事に成るかぐらいは考えた方が良いと思うのですが。
 俺としては。

「俺だって、こんなトコロはどうも苦手で」

 才人も俺と同じようにそう答えた。
 確かに、平均的な日本の男子高校生で、西洋風のダンスパーティの雰囲気に慣れている人間の方が珍しいですか。それに、ここは上流階級の出身者で構成されている学校ですから。

 まして、キュルケの周りは特に良くない気が渦巻いていますから、出来る事なら、その男子生徒達を引き連れて、何処か遠くに行って、皆さんだけで幸せになって欲しいのですが。
 俺を巻き込まなくても構いません。……と言うか、お願いだから巻き込まないで。

 そんな俺と才人を交互に見つめるキュルケ。そうして、

「だったら、私と一曲踊って頂けますか、ダーリン」

 そう言って、才人の方に右手を差し出す。
 瞬間、キュルケの背後に控えている男子生徒達から、悪しきオーラが立ち昇る。

 ……って言うか、もう、どうでも良いですから、俺の傍から離れて下さい。皆さん。
 俺は、こう言う色恋沙汰のドロドロとした気と言うのは苦手なのですよ。特に、嫉妬などの負の感情は、陰の気を滞らせる原因にもなりますから。

 それに囚われ過ぎると、人成らぬ身。鬼と化す者も存在しますからね。

「ほら、才人。貴婦人からの申し出を断るのは非常に失礼な事に当たるから、さっさとその右手を取らなあかんで」

 才人の左手から蜘蛛切りを奪い取り、キュルケの方に押し出す俺。そして、キュルケと、その周りで悪い気を放っている男子生徒達と共に、ホールの中心で華麗なステップでも、パートナーの足でも、好きな方を踏んで下さい。

 俺に背中を押された勢いで、そのままキュルケの方に一歩踏み出す才人。そして、その才人の右手をあっと言う間に取って仕舞うキュルケ。
 ……素早い。それに、抜け目がない。

「ちょっと、忍。それに、キュルケ。
 俺は、ダンスなんて踊れないんだよ!」

 そう言いながらも、キュルケに引っ張られてホールの中心に連れ出されて(拉致されて)仕舞う才人。
 尚、キュルケが俺の方を一瞬見た時に、意味あり気にウインクをしていたけど、あれは、才人の背中を押してやった事に対する感謝の意味だったのでしょうか。

 一応、才人の背中に対して心の中だけで両手を合わせながら、ただ見送るのみの俺。
 多分、才人ならキュルケの足を踏むような無様なマネは……。お約束を外さない(おとこ)ですから、きっちりとこなしてくれますか。

 キュルケの足を踏むのでは無く、自らの御主人様の足を踏む、と言うイベントの方を。
 足ではなく、虎の尾の可能性の方が高いかも知れないのですが……。

 えっと、そうしたら……。
 才人の背中を見送った時に少し視線を切って、ホールの方を見たけど、再びテーブルの方を見つめた俺の視線の先には、俺の御主人様の蒼き姫が居る事に少し安心する。
 それに、気配が消えていないから、何も問題がない事は判っていたのですけど、それでも妙な連中にタバサが狙われている可能性が有るから警戒し過ぎると言う事はないと思いますしね。

 尚、俺の視線に気付いたのでしょうね。少し、こちらの方を見つめた後、再び食事に戻る俺の蒼い御主人様。
 しかし、この少女の何処にこれだけの食糧を詰め込むスペースが有るのでしょうかね。
 最初の内は、俺の用意する食べ物が美味しくて食べ過ぎているのかと思っていたけど、それだけが理由では無くて、元々、彼女自身がかなりの大食漢……では漢になるか。健啖家だったらしいんですよね。
 まぁ、地球世界のフランスの王ルイ14世も歴史に残るほどの健啖家として知られて居ますから、その異世界の写しであるガリア王家の人間に健啖家が現われたとしても不思議ではありませんか。

 そう考えながら少しタバサの方に近付いて行く俺。
 もっとも、この世界の料理を取る為に近付いて行く訳などでは無く、少し彼女に近付いて置きたかっただけなのですが。
 それに、ワルツを踊っている連中が増えて来ましたから、俺の立っているここは少々邪魔になるかも知れない場所です。流石に、一世一代のダンスの邪魔するようなマネをして、関係のない連中から妙な恨みを買いたくは有りませんから。

 しかし……。

「ねぇ、シノブ。ウチの馬鹿犬を知らない?」

 タバサの方向に進み掛けた俺に、良く知っているピンク色の少女が声を掛けて来た。
 もっとも、彼女の事はこちらの世界に来てからは良く知っているのですが、彼女の飼っている犬と言う存在の事を、俺は知らないのですが。

 それに、そのルイズの台詞自体、かなりイライラとした雰囲気で、どう考えても安定した状態とは言い難い雰囲気を発しているので、ここはさわらぬ神に祟りなし、と言う形で逃げ出したい気分でも有るのですが。

「いや、知らない。……と言うか、ルイズが飼っている犬と言うのを、俺は見た事が無いから、判らないが正解やな」

 そう当たり障りのない答えを返す俺。
 それにしても、ここの女子寮って、ペットはオッケーなのでしょうか。……と言うクダラナイ疑問を思い浮かべながら。

 いや、ルイズの使い魔は人間ですからその範疇には収まらないけど、猫やネズミ。それに蛇なんかを使い魔にしている連中も居ますから、ソイツらをペットと同じと考えるのなら、ペットと一緒に住む事も大丈夫なのかも知れませんか。

「知っているわよ。だって、シノブが持っているカタナの持ち主の事を聞いているんだから」

 しかし、相変わらず、不機嫌な様子でそう続けるルイズ。
 ……って、この刀の持ち主と言う事は、

「才人なら、アソコでキュルケとワルツを踊っていますが……」

 俺が指し示す先には、先ほどキュルケに因って拉致られた才人が、イマイチ様にならないステップでワルツを踊り始めたトコロで有った。

「あんの馬鹿犬!」

 その姿を見たルイズから巨大な火柱が上がった。
 いや、実際はそんな事はないのですが、彼女が周囲に与えた雰囲気が、そう言う雰囲気であったと言う事なのですが。

 そのままの勢いで俺の横を通り過ぎて、一気に才人とキュルケに近付こうとするルイズ。
 ……って、そんな感情のまま近付いて行ったら、逆効果にしかならないでしょうが。今の貴女の気をマトモに浴びたら、大抵の男は逃げ出しますよ。

 刹那。彼女が俺の横を通り過ぎようとした瞬間、それまで感じた事の無い甘い香りがほのかに鼻腔をくすぐる。
 えっと、この香りは……。

「なぁ、ルイズ」

 俺の横を通り過ぎようとするルイズを呼び止める。
 振り返ったルイズの背後に、巨大な何かが仁王立ちに成っているような気がしたのですが、おそらく、これは気のせいでしょう。深くツッコむと生命まで危険に晒しそうな雰囲気ですから、今は出来るだけ考えないようにしましょう。

 怒った女性には逆らわない方が良いと、俺の本能が告げて居ますから。

「何よ。急いでいるんだから、早く言いなさい」

 思わず怯み、何の用事もないです、すみません。と言いそうになる弱い心を叱咤激励して次の言葉を探す俺。
 そもそも、向いてない仕事ですよ、これは。いくら、陰陽のバランスを取る為とは言ってもね。

 そして、

「モンモランシの香水を付けてくれているんやな、ありがとう」

 ……と言った。もっとも、その香水の香りに気付いたのも、怒りを発した彼女の体温が上昇し、鼓動が早くなったからなのでしょうけどね。
 それに、体臭を隠す為に香水を付ける事が一般的だった中世ヨーロッパに近い世界ですから、香水の付け方や、香りの広げ方の知識が発達していても不思議では有りませんか。
 もっとも、入浴に関しては、王でさえ、生涯に入浴は数度しか行わなかった中世ヨーロッパとしては不思議なのですが、2,3日に一度は入浴を行う習慣がこの世界には有るようです。

 おそらくは、ブリミル教の宗教的な戒律が、入浴を戒めている訳ではないのでしょう。
 更に、魔法が清浄な水やお湯を手に入れ易い環境を作り上げている事も、その入浴と言う習慣を定着させている原因ですか。

「この香りは薔薇やと思うな。フローラルタイプの香水と言う訳か」

 俺の台詞で、この怒れるピンクの御主人様が少しは落ち着いてくれたら良いのですけど……。
 ただ、彼女の発している雰囲気から考えると、この程度の台詞では、無理かも知れないのですが。

 しかし、そもそも、ルイズは主人で、才人は貴女の使い魔なのですから、この絆はそう簡単には切れたりはしません。
 まして、キュルケはからかっているだけだと思いますから。
 主にルイズさんの事をね。

「何が言いたいのよ、用が有るのなら早く言いなさい」

 しかし、相変わらずイライラとした雰囲気のまま、ルイズはそう答えた。
 ……無理ですか。まったく、落ち着くような雰囲気では有りませんね。
 これは処置なし。このままでは、才人の墓を作ってやる必要が出て来たと言う事。

 墓石には、勇敢なる異世界の犬、ここに眠る。と刻んでやるからな、才人。

「ルイズ。ピンクのバラと、真紅のバラの違いは理解しているか?」

 まぁ、冗談はさて置き、あまりにも負の感情を発し過ぎられても問題が有ります。
 それに、真紅のバラとピンクのバラが同じ立ち位置で移り気な蝶を誘ってどうしますか。
 ピンクのバラには、ピンクのバラなりの誘い方と言うのが有ると思いますから

「ピンクのバラのから受けるイメージは、上品さ、気品。そして、しとやかさや。
 それが理解出来たら、その香りに負けない雰囲気で、アソコで踊っているふたりのトコロに行って来い」

 
 

 
後書き
 それではこの蒼き夢の果てにヴァージョンのハルケギニア世界での『フリッグの舞踏会』についての説明を少し行います。

 この世界のフリッグの舞踏会は、北欧神話のオーディンがルーン文字の知識を得る為に死亡した日を記念する日の事です。まぁ、正確にはその前日が、その日、ルーン文字の知識を得る為に死亡した日なのですが。
 ……もっと判り易い呼び方をするなら、『ヴァルプルギスの夜』と言う呼び名の方が判り易いですか。故に、魔女たちがサバトを開いて、かがり火を焚いて、夜を徹して踊り明かすのです。

 もっとも、この部分は既に失われて、何故、この日の夜に、こんな夜を徹して踊り明かすようになったか、この蒼き夢の果てにヴァージョンのハルケギニア世界の人々は知らないのですが。
 一神教に土着の古い神々や精霊への信仰は破壊されて居ますから。

 果てさて。死と再生を繰り返す不死鳥再生の儀式の翌日に、生と死の境界線が曖昧となるヴァルプルギスの夜が有り、そこで何らかの事件が起きる。

 さて、私の技量で何処まで描き切れるか判りませんが、出来る限り頑張ります。

 ……と言う事で、次回タイトルは、『ヴァルプルギスの夜』です。

 追記。
 尚、この物語は、魔法少女まどか☆マギカを知らない段階で書き始めた物語ですから、あの物語内の『ヴァルプルギスの夜』と、次回タイトルの間には、一切、関係は有りません。
 この物語は、彼方此方の神話や伝承を引っ張り出して来て繋ぎ合わせて有りますから、多少、似たタイトルが付いたとしても、確実に関係が有るかと問われると……。

 特に、西洋の伝承とクトゥルフ神話は結構、密接に繋がっているので、私が知らない繋がりが有る可能性も有りますから。
 いや、それドコロか、クトゥルフと九頭竜の関係すら疑っている人間がここに居る訳ですから。

 追記2。
 第18話に登場した仮面の暗殺者に関する説明を『つぶやき』の方に上げて有ります。
 もっとも、Fate/stay night に詳しい人なら、既に知っている程度の情報ですが。 
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