トリコ~食に魅了された蒼い閃光~
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第六話 さらば第二の故郷
十七、八程の青年は今黙々と食事に明け暮れている。その理由は体長約五十メートルもあるドラゴンを食しているからだ。アルコールを含んだその肉は芳醇なブランデーを思わせる味と香りを漂わせ、周囲にいる動物達もじっと羨ましそうにその食事風景を眺めている。
野生の動物達がその食事を邪魔もしくは横取りしない訳は明確だ。この島で絶対王者のバッカスドラゴンを圧倒的な実力で叩きのめしそれを食しているから。ゆえにだれも襲わないし襲えない。絶対王者が成り代わったのだ。新たな王者に喧嘩を売る馬鹿はいない。
その新王者は身長180センチあるかないかといった程度。この無人島での種の中では明らかに小柄な部類にも関わらずその小さな体の中にどんどんと巨大なバッカスドラゴンの肉が飲み込まれていった。
「ふぅ~食った食った。腹四分目ぐらいかな。一頭でここまで腹を満たせるのはお前だけだよ」
綺麗に骨だけになったその亡骸に若干アルコールが入っているからか顔を赤らめながら陽気に青年は呟いた。実は彼がバッカスドラゴンを食したのは一度だけではない。この島には三頭のバッカスドラゴンが存在し、同種にも関わらず三つ巴の関係だった。
その三つ巴の関係をぶち壊したのがこの青年だ。
一頭目はこの青年と死闘とも呼べる激戦の末に食された。二頭目は青年が黄金の槍を片手に苦戦という苦戦はせずに食された。そして最後の三頭目つまり今彼が食い終わって骨のみになっているこいつは青年に武器も電気も使われず肉体のみで倒され食された。
「さてと……んじゃ出発の準備でもしますか」
胡座をかいている両膝に両手をポンと当てて立ち上がる。それだけで周囲の獣達は我先にと逃げ出した。獣達が近くにいた理由はあの芳醇な香りに誘われてのことだ。それがなくなれば新たな王者の近くにいる理由はない。自分達が数秒後あのドラゴンと同じ結末を迎え食されるかもしれないのだから。
その逃げ出す動物達に苦笑いを浮かべながらも青年はどこか寂しそうだった。それはこの島だけとは言え最強の名を手にしたものの宿命なのかもしれない。
それでも彼は歩き出す。この最強の名を捨てて新天地にて新たな食材を食すために。
side out
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
贅沢な食事を終えて帰宅する。バッカス島の主として君臨する竜が何故この島にいたのか……なんて疑問は当然の如く湧いてこない。バロンタイガーの時にもう悩み尽くした。その答えが出たとしても何の意味もなさないという結論に至ったのだ。
俺は前々から作っていたバロンタイガーの毛皮で作った風呂敷を広げそこに肉や飲料、そして好物のエレキバナナをなるべく沢山入れてから強く縛り上げる。よっと背負い上げた時には前世では考えられない重量がのしかかるが今の俺には学生鞄程度の重量にしか感じない。
これで見納めになるであろう自分がおよそ八年間暮らしてきたこの場所を見て回る。いくつもの正の字が掘られた壁。いつ書いたか覚えていない自信に溢れている奇妙な日記。その日記も今思えば寂しさゆえに書いてしまったのだろう。人の触れ合いがないこの八年、娯楽という娯楽も食関連しかなかった。発狂しても可笑しくないこの八年間、俺は確かに生きるということに熱中した。
前世では何をやっても中途半端。少し興味が出たものでも長続きはしなかった。そんな今思えば怠惰な暮らしにつまらないと嘆いていた自分自身がつまらない人間だったのかもしれない。だがその自分はもういない。
初めてこの世界に来て生きるということがどれほど難しく困難なものかを学んだ。当時は生きることに無我夢中で気がつかなかったが今思えばあれが熱中と言えるのかもしれない。
そして出会ったトリコ世界の食材。初めて食べた時はあまりの美味しさに歓喜し、電流が駆け巡ったと思えるほど美味しいと思った……事実として本当に電流が流れていたわけだが。人からは教えてもらえないであろう大切なことを学び、経験できた。そして俺は今更ではあるが決意する。
――――美食屋になる、と。
現実を知らなかったあの時、美食屋になるのもいいかもしれないと白い部屋の男性に呟いていた頃とは違う。死闘の末に死が待ち構えていようともそれを覚悟し戦う。その強い意思はあの時微塵もなかった。死ぬとはどういうことなのか、殺すとはどういうことなのか。食すとはどういうことなのか。それを全く知らなかったあの頃。今思えば恥ずかしすぎて悶絶しそうだ。
「……決意を固めるための感傷に浸るのはもういいか。それはとっくの昔に出来てたしな」
お世話になった洞窟に一礼し俺はその場を後にした。
この無人島を脱出するために俺は海岸線まで歩き出す。途中見かけた葉巻樹にそう言えば風呂敷の中に葉巻を入れ忘れたと思いその場で木の枝を全て手刀で切り取り、さらには一本サイズに小分けにしていく。そしてリュックの方に動物の骨と皮で出来た専用の葉巻ケースに入れ、最後の一本は口に咥え電気で火を付ける。
「ふぅ~、食後の一服はたまりませんな」
俺が初めて吸ったのは何時だっただろうか。毎日の死闘に精神的に擦り切れ限界を迎えようとしていた時に出会ったのは記憶している。口の中で香りと煙を味わうこの島で数少ない嗜好品。これと酒にどれだけ助けられたことか。煙草と違って肺には入れないということは前世の時、友人からマメ知識として教えてもらっていたため咳き込むという事態は避けられた。さんきゅー友よ。
そして今度は葉巻を咥えながらまたゆっくりと歩き出す。それから数十分かけて海岸線にたどり着いた。そこは崖のように急斜面になっており真下には広大な海が広がっている。
そうここが俺の目的地であり出発地点だ。月に一度だけこの真下の海にとある生物が通過する。俺はそれに乗ってこの島から脱出しようと思っている。
「そろそろ来るはずなんだが……っと、来たな」
俺は改めてこの島を見る。残念ながら全貌は見えないがお世話になったこの島に感謝を込めて深くお辞儀をする。
「お世話になりました。この島のおかげで随分と成長でき、目標もできました。では行ってきます」
そのまま俺は崖から跳躍して海へと飛び降りた。
大きな水しぶきを上げ、冷たい海水が俺を出迎えた……わけではない。それは暖かい温水の中。そう、俺はとある生物の背中にいる。
「よろしく頼むぜ――温泉鮫さんよ」
捕獲レベル20。体長は二十五メートル程。背中の凹んでいる部分のしぶき穴からお湯を吹き出す不思議な鮫の背中はまるで湯船の中だ。いや、海を渡ってるから本当に湯船だよなこいつ。
魚獣類にしては比較的大人しい部類の奴だが、背中にいきなり飛び降りられて温厚でいられるわけではない。しかし俺は以前こいつを初めて見たときビリッと来た。その時こいつから活路を見出し、あらかじめどちらが上位の存在かを威嚇によって認識させていた。ゆえに今俺が大胆に飛び込んでも大人しいままだ。
とりあえず愚神礼賛(シームレスバイアス)を変形させて巨大なカマクラのような物を作り上げそれを温泉鮫の尻尾と繋いだ。相変わらずこの愚神礼賛は武器以外の物には変形が若干遅い。躾をしたほうがいいのだろうか。
そのカマクラの中に取り敢えず荷物と今着ている衣服を放り込んで温泉に浸かる。
「はぁ~生き返る。極楽極楽」
日本人の俺があの島にいて辛かったことは湯船に入れなかったことと米がなかったことだ。と言っても湯船に関しては何とか自作で作り上げ、薬草で身体を洗えたのでよかったが、米がどこを探してもないのが本当に辛かった。町に着いたら一番に米の料理を食ってやる。
「お金持ってないけど、その辺にいる奴を捕まえれば何とかなるだろ……この独り言も直さないとな」
あの無人島にずっと一人で居たせいで独り言がクセになっている。町中でやったら白い目で見られそうだ。ただクセなので簡単には治りそうもないが。そう思うとあの無人島は本当にいろいろと良くも悪くも俺に多くの影響を与えてくれやがったな。そう思い島の全貌をもう一度だけ眺めようと振り返ると
「えっ?――な、ない。無人島が消えた……」
そこにあるはずの無人島は姿を消していた。何故、どうして。まるで故郷を奪われたようなそんな感覚に焦りつつも、どこか心の隅であぁやっぱりと納得していた自分がいた。
運よく捕獲レベルが低いエリアで目覚め、島の奥地に進めば進むほどまるでRPGのようにレベルが高い動物が増えていく。バロン諸島にしかいるはずもないバロンタイガー。バッカス島にしか存在しないバッカスドラゴン。他にも沢山いた。
そんな都合の良いこの島はきっと俺のためだけに作られたのだ。この広い人間界とは言え、こんな数多の種類の動植物達が生息しているにも関わらず誰一人として俺は美食屋含む人間達と出会うことはなかった。それは俺の成長のために作られ、一人立ち出来るまで存在してくれた幻の島。
「だとすると、いつまでも寂しがらずに早く家を出て行けってことかな」
どこか厳しくも優しかった俺の第二の故郷。本当に今まで有難うございました。貴方に、いや貴方達に教わったことを活かして俺は生きていきます。
「本ッッ当に!! お世話になりましたぁああああああああ!!」
俺は旅立つ。美食屋を目指して――
後書き
完……ってなれば綺麗な終わり方だと思います。じゃがもうちっとだけ続くんじゃ。
に、日刊ランキングで四位。((((;゚Д゚))))
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