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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第十三話 商人達の憂鬱



帝国暦 489年 3月 1日   フェザーン  ボリス・コーネフ



宇宙港のビルのオフィスに行くとマリネスクがこちらを見た。表情が明るい、どうやら仕事が見つかったようだ。
「事務長、仕事が見つかったのか」
「見つかりました。人を運ぶんです」
「……また地球か……」
「また地球です」

溜息が出た。あいつらを地球に運ぶのは気が滅入るんだよな。なんだってあんな何にもないド田舎に行きたがるんだ? さっぱり分からん。おまけに貨物扱いだ、運ぶほうの気持ちも考えてくれ。人間を荷物扱いするのが楽しいと思っているのか? 毛布にくるまっている難民なんて見ても全然楽しくねえぞ。どっかに心が浮き立つような仕事がないものか……。

「溜息を吐かないでください。結構これは儲かるんです。行きも帰りも積荷が満載ですから」
「分かってるよ、事務長。不満は言わない、でもその積荷ってのは止めろよ。相手は人間なんだから」
俺の言葉にマリネスクが頷いた。

「確かにそうですな、気をつけましょう。でも船長も溜息は止めてください。借金も無くなったし情報部員でもなくなったんですよ、良い事づくめじゃないですか。まあ燃料の心配はしなければなりませんが文句を言ったら罰が当たりますよ」
「それを言うな」
思わず口調が苦くなった。口調だけじゃない、表情もだ。自分がしかめっ面をしているのが分かる。

フェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーが俺を情報部員にしようとしたのは昨年の事だった。狙いは一つ、自由惑星同盟軍大将ヤン・ウェンリーと俺とが幼馴染である事を利用したかったのだろう。見返りは借金の返済と燃料の無料提供だった。ムカつく話だったが受けざるを得なかった、首輪をつけられたのだ。だがルビンスキーの目論見は狂った。イゼルローン要塞が陥落したのだ。

ルビンスキーにとってヤンの重要度は一気に下がった。そして元々ヤル気を見せなかった俺に対し利用価値は更に少ないと見たのだろう。俺の情報部員としての価値は皆無に等しいものになった。俺の飼い主は有難い事に首輪を外してやるから好きな所に行けと言ってくれた。

飼い主が金を返せと言わなかったのは有難かった。まあ向こうにしてみれば俺の借金など端金だろう。なんだか知らないが気が付けば首輪も無ければ借金も無くなっていた。世の中時にはこういう不思議な事も有るらしい。三十年近く生きてきたがこんな事は初めてだ。

ヤンの奴、どうしているかな。第十三艦隊司令官としては留任したそうだが立場はかなり悪くなっただろう。何と言ってもアルテミスの首飾りをぶっ壊した上にイゼルローン要塞を奪われたのだからな、ハイネセンは丸裸も同然だ。周囲から責められることも有ったようだが良く軍を辞めなかったもんだ。それにしても、あのイゼルローン要塞がああも容易く落ちるとは……。ちょっと前までは想像もつかなかった……。

「何を考えているんです、船長」
マリネスクが俺をじっと見ている。いかんな、マリネスクは頼りになる事務長なんだが今一つ俺を信用していない。
「おいおい、そんな疑い深い目で俺を見るなよ。どっかに景気の良い話はないかと思ったんだ。金属ラジウムとかダイヤの原石とかな、今年のシンドバッド賞を取りたい、そう思ったって悪くはないだろう。トロフィーが欲しいじゃないか」
そう言って陽気にマリネスクの肩を叩くと呆れた様な顔をした。

「そんな景気の良い話を探してるんなら黒姫の所に行くんですね」
「辺境にか? 俺に海賊になれっていうのか、マリネスク」
マリネスクが肩を竦めた。
「別に辺境に行かなくても海賊にならなくても仕事は有りますよ、このフェザーンで」
「はあ?」

マリネスクが携帯用PCを操作し始めた。太い指を器用に動かす。そしてスクリーンを俺に見せ、指で示した。
「これです」
「……ハーマン輸送株式会社じゃないか」
「ええ」

ハーマン輸送と言えば……。
「経営状態良くないって聞いたがな、違ったか」
「それは去年の話です。……まあ船長はあの頃は不貞腐れて酒ばかり飲んでましたからね。気付かなかったんでしょう」
……そんな軽蔑する様な目で見なくても良いだろう。俺は船長なんだぞ、マリネスク。

ハーマン輸送株式会社は五十隻ほどの輸送船を保持する小規模の星間輸送会社だったはずだ。船を持たない船長と一年、或いは複数年の契約を結びハーマン輸送会社の所有する輸送船の運用を任せる。仕事自体はハーマン輸送株式会社が斡旋するか或いは船長自ら仕事を取ってくるか、その都度船長とハーマン輸送株式会社の間で調整する。フェザーンでは特に珍しくもないごくありふれた普通の星間輸送会社だ。

この手の輸送会社と契約するのは若い船長が多い。金もなければ経験もない、船を持てない船長だ。船を動かすクルーさえ輸送会社から紹介してもらう場合が有る。彼らは輸送会社の斡旋する仕事をこなす事で経験を積み仲間の信頼を得ていく。そうやって一人前の船長になるわけだ。ある程度の金が溜まったら船を買い自らの力で宇宙に出ていく。

輸送会社は船長に仕事を斡旋するのだから仕事を取って来るだけの力が要る。信用、交渉力、財力輸送会社、縁故……。ハーマン輸送会社は或る門閥貴族と密接に繋がっていた。その貴族の領地から産出される産物を一手に引き受け、同時にその領地に対して必要な物資を運んでいた。ハーマン輸送会社で扱う仕事の五割はそれだっただろう。ハーマン輸送会社は比較的安定した仕事を船長に提供できたわけだ。若い船長達にとっては安心できる輸送会社だったはずだ。

しかしフリードリヒ四世の死が全てを変えた。大規模な内乱が起きれば仕事は途絶える。ハーマン輸送会社は必至で安定したパートナーを見つけようとした。或いは戦時物資の調達を行おうとした。しかし上手くいかなかった。内乱が始まり貴族からの仕事が途絶えた。武器、食料等の調達の仕事は大手の輸送会社に取られた。そして最悪だったのは貴族連合の敗北により繋がっていた貴族が没落した事だ。経営が傾きかなり酷いと聞いたんだが……。もう一度スクリーンを見て積荷を確認した。リチウム、モリブデン……、レアメタルか……。結構旨味の多い仕事だな。それに比べて俺は……、溜息が出そうだ。

「ハーマンは持ち直したのか、マリネスク」
俺が問いかけるとマリネスクは首を横に振った、違うのか……。
「駄目でした、去年の暮れにはハーマンの株価は底値で投げ売り状態でしたよ。売りたくても買い手が付かない、あのまま行けばハーマンの倒産は確実でしたね」
あのまま行けば……、行かなかったという事だな。

「……つまり、なにか、黒姫が資金援助でもしたのか」
「そうじゃありません。ハーマン輸送会社の株の九十パーセント近くを黒姫が買ったんです。あの会社は今では黒姫の会社ですよ、社長はフェザーン人ですがね」
「よく分からんな、それで仕事が来るのか、いや来るんだろうな、これを見ると」
俺がスクリーンを指で差すとマリネスクが“ええ”と頷いた。

妙な話だ、黒姫一家はフェザーンでは全く受け入れられていない。昨年内乱が起きる前に黒姫一家が事務所を開いた。事業を拡大するためだと聞いたが彼らに仕事を依頼する人間も企業も現れなかった。明らかにフェザーンの嫌がらせだった。誰からも相手にされない黒姫一家に対してフェザーン人は冷笑を浮かべたはずだ。

黒姫一家がフェザーンで受け入れられなかったのは彼らが略奪等の海賊行為を働くからではない。俺の知る限り黒姫一家がその手の蛮行を行ったことは一度も無い。黒姫一家は海賊組織ではあっても犯罪者の集まりでは無いのだ。黒姫一家がフェザーンで受け入れられないのは余りにも彼らが荒稼ぎしすぎるからだった。

フェザーン商人でさえ鼻白む程の稼ぎっぷりが嫌われている。今年のシンドバッド賞を取った商人でも黒姫の前には霞まざるを得ない、バランタイン・カウフでさえ霞むだろう。そう言われるほど彼らは稼ぎまくっている。黒姫はその商才をフェザーン人に嫉まれ疎まれているのだ。無理もないだろう、辺境の小さな海賊組織を僅か数年で帝国屈指の海賊組織にしたのだ。生半可な稼ぎで出来る事ではない。

逆に黒姫の方はフェザーンを拒絶したことは無い。彼らの縄張りである帝国辺境にはフェザーン商船が進出している。しかし彼らが黒姫に補給や取引の面で嫌がらせや拒絶をされたことは無い。フェザーン商船にとって帝国辺境は裕福ではないが極めて安全で商売のし易い地域のはずだ。

フェアーとは言えない。本来なら黒姫一家は何らかの抗議、或いは実力での警告を示しても良かった。しかし彼らは何もしなかった。内乱で忙しかったという事も有るだろう、また黒姫一家は比較的業績が好調だとも聞いている。その所為かと思っていたのだがどうやらそうではなかったという事か……。彼らは水面下で動いていた……。

「どういうことだ、マリネスク。何故連中に仕事が来る」
うっ、少し僻みっぽかったかな。マリネスクが肩を竦めた。
「イゼルローン回廊の所為ですよ」
「イゼルローン回廊?」
「ええ」

マリネスクが説明を始めた。昨年、フェザーンの黒姫一家の事務所に仕事を依頼する企業、人間が現れなかったのはフェザーンが非公式に黒姫一家と取引をすれば同盟からの生産財を提供するのを止めると通告したかららしい。どういう立場の人間が通告したのかは知らないが黒姫と取引をする人間が出なかった事を見ればそれなりの立場に在る人間が行ったのだろう。

生産財の品質は帝国製よりも同盟製の方が品質は優れている。ほんの僅かな品質の差で利益に大きな差が出る事も有る。なにより現在使われている生産財が故障した時どうするのか、帝国製に切り替えるのか……。利益を優先せざるを得ない企業にとっては選択は無かっただろう。企業が控えれば人間もそれに倣う。そのため黒姫と取引をする企業も人間も現れなかった。

意図するところは明らかだ。黒姫一家は辺境の一海賊組織で良い、フェザーンにまで進出して大規模な活動など許さない、そう言う事だろう。しかしイゼルローン要塞陥落、回廊の通行権を得た黒姫一家が同盟との間にヴァンフリート割譲条約を結んだことで全てが一変した。

「同盟の生産財はフェザーンの独占物では無くなった、それが理由だったのか……」
「その通りです」
脅しは通用しなくなった。フェザーンが提供しなければ黒姫が提供する。黒姫の影響力は強まる一方だろう。

「他にも理由が有りますよ、船長」
「?」
「企業は辺境に進出したいんです。イゼルローン要塞が陥落した事で辺境の安全性は高まった。ここ数年、黒姫一家が投資してきたせいで辺境は企業が進出しやすくなっている。そして辺境に出るとなれば黒姫との協調関係は不可欠なんですよ。あそこにそっぽを向かれたらどうにもなりません……」

「だからハーマンを使うのか」
「表向きは輸送費が安いという事になっていますがね。あそこの社長は雇われマダムですから黒姫から給料を貰って社長業をしているだけです。オーナーの黒姫は殆ど利益を取っていないらしいんですよ。だからその分だけ輸送費が安いんです」

利益は度外視か……、辺境が儲かっている所為だな。とりあえずはフェザーンでの立場を確立しようと言う事だろう。羨ましい話だ、俺にもそれくらいの余裕が有ればな……。一度でいいから金の心配をせずに船を動かしてみたいもんだ。

俺が溜息を吐くとマリネスクが“船長”と声をかけてきた。
「ハーマンだけじゃありません。黒姫は他にもガルーダ、ファンロン、メンデルの三つの輸送会社を手に入れてます」
「ほう」

どれもハーマンと同じだな、貴族と強く結び付いてた。得意先の切り替えが上手くいかなかったんだろう、潰れかけた所を黒姫が安く買ったというわけだ。しかし四社合わせれば輸送船は二百隻を超えるかもしれんな。
「今では黒姫はフェザーンの輸送会社を使って同盟と帝国の間を行き来しているんです、大したもんですよ」

「なるほどな、イゼルローン回廊だけじゃなくフェザーン回廊もか……。そうなると上の方はなんか嫌がらせとかしそうなもんだがな」
俺の言葉にマリネスクがまた肩を竦めた。
「黒姫をコケにした結果がヴァンフリート割譲条約ですからね。嫌がらせも難しいと思いますよ」

……そうかもしれないな、並みの相手じゃないのは確かだ。イゼルローン要塞を分捕ってローエングラム公の戦勝祝いに進呈する、身代金の代わりにヴァンフリート星系を貰い受ける。宇宙を舞台にやりたい放題やっている、豪快そのもの、まさに宇宙海賊と言うべきだろう……。片手に杯、片手に美女、羨ましい限りだ。

「それと黒姫一家は海賊組織に強い影響力を持っていますからね」
「ワーグナー一家か」
俺の言葉にマリネスクが首を横に振った。
「それだけじゃありません。ベーレンス一家とシュワルツコフ一家もです」
「どういう事だ、それは」

ベーレンス一家はアイゼンフート星系、シュワルツコフ一家はエッカート星系を縄張りとしていたはずだ。どちらも中規模の組織でフェザーンに近い。しかし黒姫が彼らと親しいなんて話は聞いた事がない。黒姫が親しいのはワーグナー一家の筈だ。カストロプの動乱では協力して阿漕に稼ぎまくっていた……。

「連中も内乱で結構痛手を被ったんですよ、貴族と密接に関わっていましたからね。そこに手を差し伸べたのが黒姫なんです」
「と言うと」
「フェザーンから帝国領内への輸送船の護衛を彼らに頼んでいるんです。連中にとって黒姫は大切な客なんですよ」
「……」

「フェザーンが嫌がらせをして黒姫が輸送船を出さなければ連中は大きな損害を受けるんです。そうなったら連中が何をするか……」
マリネスクの声は溜息交じりだ。
「積荷を奪うっていうのか」

「そうは言いませんが、……自分の所で補給しろとか通行税を払えとかって言うのは有るかもしれません」
「なんてこった、喉元に刃物を突き付けられてるようなもんじゃないか」
「ええ」

溜息が出た。マリネスクも溜息を吐いている。とんでもない野郎だな、黒姫は。自分の手は汚さずにフェザーンを締め上げるのか。豪快なだけじゃない、何とも陰険で狡猾な野郎だ。
「……二人で溜息を吐いていても仕方ないな、地球に行くか」
「そうですね、それが良いと思います」
「マリネスク、……俺も海賊になった方が良いと思うか?」
「……」
そんな目で見るな、冗談だよ、冗談。だから溜息を吐くのは止めてくれ、な、マリネスク……。


 
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