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その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)

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第8話 守る、という事

誘拐のあった日から、数日がたった。
「守るって言ってくれたんなら、この家にいてくれなきゃ駄目でしょ♪」ということで、今純吾たちはすずかの家にお世話になる事になっている。
 また彼は特殊な事情以外は普通の子どもであり、春からではあるがすずかやアリサ達と同じ学校にも通うことにもなった。
 全て、月村家の負担によってだ。

 純吾はその事に素直に感謝したが、「いいのいいの♪」と言う忍の眼が面白いものを見る様に自分とすずかの間を行き来していた事が気になった。
 その度にすずかが顔を赤らめ、リリムがその陰で頬を膨らませていた事にも、首を傾げさせた。

 仲魔について、リリムのみが常に仲魔の中で彼女だけが人に近い姿である事もあり、携帯から出ている。
 月村家が受け入れてくれたとは言えまだこの世界に慣れていなかった純吾にとって、仲魔が自分に気を使ってくれた事はとてもうれしい事だ。
 ただ人間らしく振る舞わなければいけないとして、「じゃあ、これからジュンゴのお姉ちゃん役ね~」といって抱きついて来たり、風呂場に突撃して来たり、ベッドで寝ていたらいつの間にか潜り込んでくる、とこれまで以上のスキンシップをリリムは敢行してくる。
 純吾はそれにおろおろ、すずかはむっと頬を膨らませ、忍とメイド2人はやっぱりニヤニヤと面白そうにそれを見ていた。

 そんな色々な事があったが、純吾のこの世界での新しい生活が回り始めていた。





「ねぇジュンゴ君、ジュンゴ君にあってほしい人がいるんだけど、いいかな?」

 忍が純吾にそう言ったのは、そんな新しい日常を踏み出したある日の午後の事だった。突然の提案に、純吾はいつもの眠たげな細眼を驚いたように少しだけ開ける。

「どうして?」

「ジュンゴ君、私たちの事守ってくれるっていったでしょ? 私の知り合いにそういう事に慣れている人がいるんだけど、会ってみない?」

「ん……、分かった。シノブ、お願い」

 少し考えて純吾はそう答えた。
 先の争いで今までのように自分に力が必要だと考えている。それを伸ばす事ができる、というのであればそうしたいと考えたのである。

「りょーかい。じゃあ、彼が来たら教えてあげるわね」

 そう言って、その日は終わった。



 その日から更に数日。

「君が、純吾君だね?」

 今純吾の目の前には、20代前の青年がいる。
 涼やかだが鋭く光る瞳に、堅く結んだ口という意思の強そうな顔立ち。武道を習っているのか隙と無駄の全くない動作など、全体的に凛々しい雰囲気の青年だ。

「久しぶりね、恭也。ジュンゴ君、彼が紹介したかった高町恭也。私の彼氏でもあるの」

 忍がその青年を純吾に紹介した。それにいつものように短く自己紹介を返した。

「ん…。鳥居、純吾」

「へぇ~、あなたが忍のねぇ。あっ、私ジュンゴの姉のリリーっていいます。よろしくね♪」

 純吾と一緒に、リリムがウィンクと一緒に茶目っ気たっぷりに答えた。
 仲魔として常に傍にいることになってから、リリムは人前では純吾の姉としてリリーと名乗る事にしていて、リリーはユリの別称だ。
 「純潔、無垢、荘厳が花言葉なんて、まさに私にふさわしい花ね♪」そう言ってノリノリなリリムが決めたのである。
 その後「どこが荘厳なんだか…」と呟いたメイド姉妹へ純吾達にばれないように、悪魔としての威圧感MAXでにこやかな視線を送り姉妹を震撼させたのはここだけの秘密である。

それはさておき。

「あ、あぁ…よろしく」

 知らない女性から、いきなり好意的に挨拶をされるとい不意打ちを喰らい恭也は顔を思わず赤面させてしまった。火照った顔をすぐにそらし、冷静になろうとするが

「あらぁ恭也、私の目の前で他の女に赤くなるって、どうしちゃったのかしらねぇ?」

「い、いや忍。純吾君はともかく、あんな美人いるなんて聞いてなかったぞ」

 顔をそらした先には、忍がいた。
 忍はニッコリ笑顔で恭也に近づくが、雰囲気が怖い。しかも先の失言に「美人かぁ、ふ~ん」と更に笑みが深くなり、どんどん闇のようなどす黒い嫉妬交じりの雰囲気も深まっていく。

「あらあらぁ? シノブぅ~、恭也とられちゃうって思った? シノブって自分に自信がある女性だと思ったんだけどなぁ~」

 リリムはこの前忍にからかわれた事の仕返しができたと、その光景をにやにやと眺めながら楽しげに忍を煽る。

「ケンカしちゃ、ダメ…」

 ただ純吾だけが、いきなり雰囲気が悪くなった2人に驚きながらも、困惑したように眉をひそめて、たどたどしいながらも仲裁しようとしていた。


閑話休題。


「いい恭也、この次はぜーーー、ったいに! 埋め合わせしてもらうからね」

「あぁ、お手柔らかに頼むよ……」

 さっきまでの凛々しい雰囲気はどこへやら、げっそりとした顔で答える恭也。女の嫉妬に駆られた忍に散々叱られ、本題に入る前に早くも体力を削られていた様子だ。

「ふぅっ……じゃあ、この件はこれで終わりね。
 それで本題だけど、恭也はある剣術の師範代をしているの。それで、今日は純吾君の事を見てもらおうと思って来てもらったの」

 そんなお疲れ気味な恭也を無視して手をポンと合わせ、忍は本題を話す。
高町恭也は御神真刀流小太刀二刀術の師範代であり、実力も卓越したものを持っている。忍のその言葉を聞いて、純吾はきょろっと恭也の方を向いた。

「師範代? ……すごい、努力一杯」

「えぇ、彼は幼いころから修練をしているし、実力は本物よ。だから、ジュンゴ君とちょっとし合ってもらおうと思って」

 と、純吾が感心したのもつかの間。いきなりとんでもない提案を忍がし、慌てて恭也がそれを止めに入った。

「おい忍。彼、まだ子供じゃないか。それに、何か武道を習っているようにも見えなぃ」

(恭也、私が以前話した事は本当だっていうのにまだ信じてくれないの? 言ったでしょ、彼がこの前話したすずかたち救出の立役者で、“夜の一族“の事も知っているって。
 それにその時約束してくれたの、私たちを守ってくれるって……)

 しかし反対をしようとした恭也は、忍の耳打ちに一瞬恭也は目を見開き、視線を鋭くして純吾を見据えた。

「そう…か。そこまで言われたら確かめんといけないな。“守る”ことに関しては、こちらは一家訓持ちだ。純吾君」

 そして、依然鋭い視線のまま純吾の名前を呼ぶ。“夜の一族”の事を知り、それでもなお忍達の事を守るとった目の前の少年。同じ決意を過去にしたものとして、興味と、決意を確かめたいという思いが出てき始めた。

「裏庭に行こう。そこで、君の決意を確かめさせてもらう」

「お願いね、恭也。それじゃあ、女性陣はテラスから高みの見物としましょう」

 年長者が先に行ってしまい、こういう流れとなった。



 海鳴市では郊外、それも山中に建てられている事もあり、月村邸はかなりの面積を誇っている。当然裏庭もかなり広く、屋敷後ろに広がる森までかなりの距離が整地され、普段は家族でスポーツを楽しんだり、友人らを招いてバーベキューなどをして楽しんだりしていた。
 そんな裏庭で恭也と純吾は10mほど間をあけ向かい合っている。勿論ここへ遊びに来たというのではなく、2人とも真剣な表情をしてお互いを見ていた。

「純吾君。君は忍を含む月村家を守ると誓ったと聞いた。その覚悟に、偽りはないな」

 鋭い視線で恭也が問う。“夜の一族”の秘密を知り、彼女たちを守り続けるという事。それを純吾よりも先に決意し、実践してきた恭也は、生半可な決意で返す事を許さない雰囲気を出している。

「ん…。ジュンゴウソつかない。この世界の縁、すずかたちを、守りたいって思う」

 たどたどしくはあるが、視線だけはそらさない。真っすぐ恭也の目を見返して純吾は答えた。
 恭也はしばし黙ってその目を見つめるが、純吾が真剣にそう言ったのだと判断したか、ふっと微笑を浮かべる。

「“この世界”、か。忍から少しは話を聞いたが、君にはとても入り組んだ事情があるというのは本当らしいな。……なら、後は実際に覚悟を見せてもらおう」

 その言葉と同時に半身になり、右手に持った木刀を純吾に向けて放る。そして自分も木の小太刀を持ち、純吾に向けた。
 恭也の顔には既に微笑はなく、打って来いとばかりに鋭い視線を純吾に向ける。

「俺からは攻撃はしない。遠慮せず、君の本気をぶつけてきてくれ」

 純吾はそれに対して慌てることはなかった。ズボンのポケットから携帯を取り出して何度かボタンを押す。すると一瞬純吾の体が光に包まれ、すぐに元に戻った。

「……キョウヤ。キョウヤがすごい事はジュンゴでも分かる。キョウヤの前に立つと、悪魔と戦うみたいに、怖い」

 そう言いながら純吾は携帯をしまい、放られた木刀を手にとる。そして何を思ったか両端を持ち

「けど、ジュンゴも命懸けで戦ってきた。だから、キョウヤも本気で……きて!」

 言葉を言い終わると同時に木刀を真ん中からへし折った。ミシィ! っという鈍い音が辺りに響き、渡された木刀は力づくで真っ二つになった。その有り得ない光景に恭也が驚き、一瞬だけ構えを緩めてしまった。

 純吾はその隙を見逃さず、両手に持った木刀の残骸を恭也に向かって投擲。そして自身も9歳の体では考えられないほどの速さでもって距離を詰め、恭也に向かって躍りかかった。



「うっわぁ……。えげつないやり方するわね、純吾君」

「あったり前じゃない。素人のジュンゴが生き残るために正攻法なんて使ってられない。
 なら、少しでも相手の隙を突こうとするのは当然の帰結よ」

 今、忍たち女性陣は屋敷2階の客間に集まり、階下の試合を見ていた。一面がガラス張りであり、屋敷裏の森を見渡す事ができるそこは2人の邪魔をせず推移を見守るには絶好の場所だった。

 そして忍がえげつないと言ったのは、今純吾の木刀をへし折っての奇襲の事を言ったのである。

「じゅ、純吾君のあの力って何!?」
「そ、そうです! 何なんですかあれは!?」

「あぁ、すずちゃんはあの時見てると思ったんだけど、ノエルとファリンは仕方ないわよね。
 まぁいいわ。あれは【悪魔召喚アプリ】にある機能の一つ、【ハーモナイザー】の恩恵よ」

 純吾の行動に動揺しまくっているすずかやメイド姉妹たち向けて、リリーが純吾に起こっているカラクリの説明を始める。

「【ハーモナイザー】?」

「そう、本来なら人間の武器程度では倒す事の出来ない私たち悪魔に対抗するための力。ある特殊な“波長”を悪魔と同調させる事で、素手でも悪魔にダメージを与えられるようになるわ。
 しかもそれだけじゃなくて、使用者に悪魔の力を上乗せさせる事ができるの。つまり」

 そこでゴッ、という鈍い音が響く。なんとか奇襲をやり過ごし防御に徹していた恭也を、純吾が防御の上から力任せに吹っ飛ばした音だった。
 手に持った小太刀は壊れていない。つまり恭也はしっかりと力を受け流しているはずなのだが、それでも人の体を数m吹き飛ばす光景に忍達は衝撃を受ける。

「あ~んなことも出来ちゃうってわけ。まぁ、ジュンゴは筋力の向上に能力を振り分けているから若干特例って感じはするけど」

 唖然とする一同を尻目に、リリーは説明を止めて視線を階下にやった。試合を見つめつつも以前の事を思い出しているのか、呟きが口から漏れる。

「『ピクシーに傷ついてほしくない』って、素人の癖に何にも分からない時から壁役買って出て。それに『力持ちになったら物、いっぱい運べる。みんなに余裕できる』って。ほんっと周りの事は良く見えるのに自分の事考えないんだから……けどだからってあんな無茶な戦い方、私たちがどれだけ心配したと思ってるのか――」呟くごとに自分の世界に入って行ってしまったのか、目のハイライトがない状態のリリーはかなり怖い。

 しかしそんな呟きもしばらくすると止んだ。正気に戻ったリリーは怪訝な表情をした顔をあげ、忍の方へと視線を向ける。

「むしろ、びっくりするのはキョーヤって忍の彼氏の方ね。
 【ハーモナイザー】を起動させたジュンゴに喰いついてくるって、新手の【英雄】種族の悪魔だって言われても納得しちゃうわ」

 そう、今試合は段々と恭也の方へと流れが変わっていた。純吾の渾身の一撃を受けて意識を切り替えたのか、今度は恭也が純吾へ攻撃を仕掛けていたのである。
 それも漫然と攻めるのではない。手数を多くし、純吾に攻撃の隙を与えない徹底ぶりだ。

「それこそあったり前ね。恭也は私の彼氏なんだから」

 それを見て若干落ち着いたのか、忍は不安げな表情を押し殺しつつ胸を張って答える。忍にとって恭也は、絶望の淵から彼女を救ってくれたヒーローであり、毎日彼が修行を続けている努力の人だと言う事を知っている。
 予想外の純吾の力に驚きはしたが、それ位で彼への信頼が揺るぐはずが無い。

「ふ~ん、信じてるって訳ね。まぁ、それを言うならジュンゴは自慢のご主人様だけどね」

 ニヤッと忍に向かってリリーが笑い返す。
 そこから「「ふふふ…」」と不気味にお互いに笑みを交わしあい、仲良く階下の試合を見守り始める。それはお互いがお互いの相手の事を信頼しているからこその、女の意地の張り合いだった。メイド姉妹は立て続けに起こる非常識は無視することに決めたのか、目の前の人間の動きを超えた試合を興奮した様子で見守っている。

「……純吾君」

 ただすずかだけが自分を暗闇から引きずり出してくれた少年を見つめ、人知れず両手を祈るように強く握りしめていた。





 怒涛の様に連続して繰り出される斬撃をどうにか体の重要な部分に当たらないようにしながら、純吾は反撃の一手を繰り出した。

「【怒りの一撃】!」

 【ハーモナイザー】によって人の限界以上に強化された拳が恭也へ風切り音をあげて襲いかかる。
 冷静にその自分へと繰り出される拳を認めると、恭也は攻撃をやめて急いで後ろへと大きく飛び下がった。ズンっ、という重い音を立てて拳が地面へとめり込み、丁寧に整地された芝がはがしその下の土を辺りにまき散らす。

 地面に突き刺さった拳を引き抜く純吾を射るように見ながら、何を思ったか恭也はこれまでの試合について自分の考えを離し始める。

「最初の奇襲は見事なものだったが、それ以降は無茶苦茶だったな。身体能力にしても力は異常だが、それ以外は俺でも十分に対処できる程度のものだ、慣れてしまえばどうという事はない」

 それを純吾は見よう見まねで身に付けたボクシングの構えをとりながら聞いている。
 自分の能力のバランスがいびつな事、技術が全く追いついていないことなどは純吾が一番承知している。あの地獄の下で人類を超えた存在である悪魔たちと戦い続けたといっても、それは2日間の事でしかない。【ハーモナイザー】での能力の割り振りは闘うためよりも生き残るため、生活するために便利なように振ったし、身に付けた技術はどれも付け焼刃なものばかり。
 今でも奇襲によるものだが、手練れの彼に一撃でも与えられた事が奇跡にひとしいのだ。

 そんな事を考えつつも、視線はそらさずに恭也を見据え続ける。すると、恭也は鋭く細めた目を僅かに微笑むように緩めた。

「だが、使えるもの全てを使い一撃見舞おうとする思考力、彼我の力量を客観的に測ろうとする判断力そして、その決して諦めようとしない闘志。
 ……初めは眉唾ものだったが、今は信じれる。君が本当に過酷な環境を生きてきたんだと言う事、そして今、君が抱いている覚悟が本物だと言う事も」

 突然かけられた自分を認めると言う言葉に、思わず純吾は構えを解いてしまいそうになる。認めてもらったなら、もうこんな事しなくてもいいからだ。
 だがそれを、恭也は自ら構えなおす事で押しとどめさせた。

「だからこそ君の本気を見せてほしい。純吾君、君は今まで本当に力を出し切ってはいないだろう? 俺が人であり、君の様な特殊な力を持っていなかったからという事で。拳の軌跡に全部出ていたぞ」

 その言葉に純吾は目を見開く。確かに純吾は【ハーモナイザー】を使って常人以上の力で以て彼と対峙した。
 それは目の前にいる恭也に自身の思いを認めてもらいたかったからであり、またその上で自分がここにいる為には力を見せる必要があると思ったからである。
 だが、【ハーモナイザー】の力は普通の人にとって危険なものでしかない。そのため純吾はわざと恭也の持つ小太刀だけを狙って攻撃をしていたのだが、それが全て見抜かれているとは……

「信じられないって顔だな。けど俺の方が武術の経験は長い、君に出来ない事だって、俺にとっては出来る事さ。
……な、だから俺を信じてみてくれ。君の本気だって、見事受け切って見せるさ」

 最後に少しだけおどけるように笑うと、恭也は腰を低くしてすぐにでも動けるように構えをとって純吾が来るのを待つ。
 それを見た純吾は、説得するのを諦めたかのように視線を地面に落とし、片手でニット帽を深くかぶりなおした。そして視線と恭也に向け、右手を振り上げて宣言した。

「……行くよっ!」

 言葉と同時に振り上げた手に白い光でできたいびつだが長大な剣ができあがる。だが恭也との距離はその剣を使っても埋める事は出来ないため、恭也は眉をひそめる。
 その疑問は、すぐに解消されることになった。

「【なぎはらい】!」

 地面を削り取るようにして純吾は剣を振るった。瞬間、ズズゥゥン! という先ほどよりも大きな音と共に、大量の土砂が舞い上がり、恭也から純吾の姿を隠した。
 さらに土壁の向こうから「ガルッ……」という声が聞こえると、舞い上がった土砂が全て恭也に向けて襲いかかってくる。純吾が風を起こしてこの土砂による津波を起こしたのだと、恭也は瞬時に理解した。
 そう考えるや否や、迫りくる怒涛に対して恭也は敢えてその中へと突っ込んでいった。

(……間違いなく、これはフェイクだ)

 両手を顔の前で交差させ、砂が目に入るのを防ぎながら恭也は進む。
 純吾に本気で来いと言い、彼はそれに答えた。恐らく、この一撃で試合を終わらせようとするはずだ。しかし、恭也に純吾の攻撃が当たらないのは先程までの対峙で十分理解しているはず。
 なら、確実に攻撃を当てるにはどうするか? 奇襲をするしかない。間違いなく、この土砂は純吾の姿を隠すために起こされたものだ。純吾が起こしたと思われる強風によって勢いを得た土砂は体に当たれば確かに痛いがそれだけだ。

 なら、この目くらましと共にやってくる彼のタイミングを、こちらから挑む事で崩させる!
 土の荒波が薄くなったのを感じて、恭也は小太刀を思い切り振るった。薄くなった土砂を払うためであり、そして怒涛の先にいるはずの純吾と決着をつけるために。
 だが、

「いないだとっ!」

 横薙ぎに小太刀を振るった姿勢のまま、驚きに目を見開く。恭也が目にしたのは彼の斬撃を受けて倒れた純吾……ではなく、【なぎはらい】によって生じた大きなクレーターだけ。
 と、自分の斜め後ろ上方向から、ただならぬ気配を感じた。

「……【捨て身の一撃】!」

 そこにいたのは、土砂の壁の後ろにいるはずだった純吾だった。どういう理屈かいつの間にか恭也の後ろ、それも数mも上まで移動していた彼は、そこから弾丸のように恭也へと突っ込んできた。
 今までのどの攻撃よりも早く、力強い攻撃に恭也は一瞬目を見開く。が、すぐ険しい顔をし、こちらも常人ではありえない速度で動き、純吾を闘牛を受け流すマタドールのように体全体で攻撃をいなした。
 そしてがら空きになった後背から今日一番力を込めた一撃を叩き込んだ。自身の前に進む力と、恭也の後ろからの一撃によって純吾はそのまま数メートルの距離を吹き飛ばされ、更に何度もバウンドをしながら地面を転がっていった。

「まさか、“神速”を使わなければ動くこともできないなんてな……」

 苦いものをかみつぶした表情で恭也は呟いく。そして、かなり離れた所に大の字になって転がっている純吾のもとへ向かった。

「最後の一撃、あれは君自身にも風を使って体を浮かせたんだろう? 何重にも重ねた目くらましと言い、今までで一番の速度と威力といい、君の本気がいかほどのものかみせてもらったよ」

 そう言って恭也は薄く笑い、手にした木刀の小太刀を見せた。今までどんな攻撃もいなし、壊れる事のなかったそれが、握り手の部分を残して殆ど大半が吹き飛ばされていた。
 対して、純吾は答えない。ニット帽などで顔に影がかかって見えづらいが、胸は上下して体に酸素を送り続けている。本当に、限界まで力を絞り出したのだろう。

「だが、自分の体ごと突っ込んでくる奴があるか。成功した時はともかく、失敗したら今のように成るしかないんだぞ。
……これからの君は、ただ自分一人のために戦う事はなくなる。戦い続け、生き残って、そして君が守ると誓った人たちのもとへ帰らないといけないんだ。
 くれぐれも、相討ち覚悟で突っ込む事は自重してくれよ」

 そう言い残し、恭也は気絶した純吾に背中を向け裏庭を去ろうとする。
 その時、後ろから「ぁりが…した…」と小さく聞えたような気がした。

 だから恭也は少しだけ不機嫌そうしていた口元を少しだけ微笑んだものに変え、純吾を部屋に運ぶためにもう一度彼のもとへと向かうのであった。





「守る中に自分を入れろ、ねぇ~。よく言えたわね、恭也」

 開口一番、ニヤニヤとしながら告げる忍。
 裏庭が見える2階の客間には、今は彼女とノエルだけがいて、恭也を出迎えていた。すずかとファリン、そしてリリーは純吾が吹っ飛び気絶したのを見て、彼のいる部屋へ行くために慌てて出ていったのである。

「いいや、俺だから言えるんだ。父さんの無茶を見て、君を守るときに無茶をしてきた俺だからこそ、彼に伝えないといけない」

 イスに座りながらも、真剣な眼差しでそう恭也は返す。
 そう、彼だからこそ、無理をした結果取り残された人がどれだけ辛いか、と言う事を一番良く理解している。

 彼は古くはテロによって自身の父親、高町士郎が重傷を負い家族が一時バラバラになりかけたという取り残される側になったことがある。
 そして最近では忍と知り合い、彼女を命懸けで守り重傷を負ったがために彼女を余計に泣かせてしまった、という取り残す側にもたったという事も経験していた。

 そんな彼だからこそ、守る、と言う事に対して彼一流の考えを持つようになったし、純吾の中の、無意識ではあろうが自分をないがしろにする傾向を見抜き、指摘をしたのである。
 そう説明する恭也に忍は頷くが

「あら、彼に伝えないといけないってことは」

 ふと気になり、恭也に問いかける。その彼女の言葉に、恭也は宝物を見つけ出したかのような少年の顔をして答えた。

「あぁ、合格だ。危なっかしいし、自分の力をまだ使いこなせていない所はあるが、覚悟は見させてもらった。欠点については、むしろそう言うところを治していくのが俺の役目だろう」

「へぇ~。嬉しそうね、恭也」

「当たり前だ。俺のほかにも君たちを守るって言ってくれた奴がいたんだ。それも心根のしっかりと座った、鍛えがいのある奴が。嬉しくならないはずが無いだろう」

 本当に嬉しくてたまらない。忍の言葉に、そんな気持ちを隠さないままに恭也は答えた。


 そしてこの後、純吾は高町恭也に師事をし、彼の家の道場に通い自身を鍛えることになる。その際彼の家族とも知り合う事になるが、それは近い未来の話。





 それと同時に、純吾を思い切り痛めつけ気絶させたとしてリリムの恨みを買い、忍の前で散々からかわれるようになってしまう。
 その度に忍の怒りを鎮めるために多くの埋め合わせの品を買わされたり、色々とご機嫌取りに終始することになり、恭也の悩みが増えたのだが、これもまた近い未来の話である。

 
 

 
後書き
おまけ

すずかたちが部屋に戻ってから

「……ところで、お姉ちゃん」

「あら、どうしたのすずか?」

「裏庭、どうするの? 純吾君の力ですっごいぼこぼこになってるよ?」

「そ、そーです忍お嬢様! 芝生をあそこまで綺麗に生やすのって、すっごい苦労するんですよ!?」

「ふえぇ~、それに地面から整地しないと、もとに戻す事なんて出来ないよ~~」

「「どー責任とってくれるんですか、恭也様!!」」

「お、俺なのか? いや、あれやったのは純吾く――」

「酷いっ! 自分が痛めつけたばっかりの純吾に、そんな重労働させようとするのね!?」

「いやリリーさんそう言う事じゃなくて」

「恭也……」

「恭也さん……」

「わ、分かったよ! 地面だけでも今から整地してくるよっ!!」



※結局恭也一人では終わらず、気絶から回復した純吾と、その仲魔たちによって裏庭は元通りになりました。
 
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