トリコ~食に魅了された蒼い閃光~
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第一話 神隠し
前書き
き、緊張する。
教室の窓から降り積もっている雪を眺めながら最近様子がおかしい友人の帰りを待つ。いや、別に突然変な踊りをするとか、謙虚になったとかではない。ただ、何となく違和感があるといった程度。理由は、まぁただの勘なんだけど……俺の勘は物凄く当たるためやはり気には止めておこう。
その友人はいつもなら通学時にコンビニで弁当を購入しているのだが、今日は気分的に学内で販売されているパンが食べたかったみたいだ。うちの学校はパンも美味いから長蛇の列に並ばなければいけないが、友人は顔がいかつく、不良との喧嘩沙汰も多いためモーゼの海割りの如く列が割るので時間はかからないだろう。
そんな友人の帰りをただ待っているという手持ち無沙汰な時間を過ごすより今は嘘みたいな自分の異常な状態を再度確認するために机の下にゆっくりと手を隠すように入れた。
両手の人差し指同士をくっつけてからゆっくりと離すとバチッという音と共に電気が走った。いや、今もなお、蒼電が走り続けている。
いくら俺が静電気体質だとしてもこれはない。まるで漫画だ。念能力を覚えたつもりはない。友人の喧嘩沙汰になったとき手助けに役立ちそうだと思いながらも昨日のことを思い出す。
夜中コンビニに買い物に出かけその帰り道でそれは起こった。
突然の落雷。雪が降っている中に雷が落ちるもんなんだなと雪と雷のコラボレーションに物珍しさを覚えた次の瞬間、雷がジグザグに、けれどまっすぐ俺へと落ちてきた。
その瞬間初めて走馬燈というものを経験した。あぁ…死んだなと思った。
まずは頭に強烈な何かを感じ、そこから雷が枝分かれに全身の骨へと駆け巡った。しかし感じたものは痛みでも痺れでもなく爽快感だった。自分でも雷くらって爽快感を感じるなんて変態なんじゃないかと思ったぐらいだ。
いや、確かにエロいし変態な部分があることは認めるけど雷に対し性的欲求はない……はず。
それからだ、静電気体質が異様に強くなったのは。電気が肉眼で確認できるほどの量を自在に放出できるようになってしまった。こんな電気が強くならなければ昨日のことは夢か気のせいですませていたかもしれない。だってそうだろ?雷くらって平然としてられるわけがない。
はぁ、と幸せが全速力で逃げだす程のため息一つはき、視線を指から戻すと
――そこは白い空間だった。
もう何が何だかわからない。思考がついてこなさすぎて迷子になっている。
俺は教室にいたはずだろ?いかつい友人を待っていたはずだろ?なのに何故真っ白な空間で白いソファーに座っているんだ?理解不能、意味不明だ。ゆえに俺は考えることを止めた。
疲れ果てた脳を休めるため馬鹿みたいにボーっとしていると得意の勘が働いた、何か来る……と。
ガチャッとドアが開く音が聞こえそこから頭を抱えた一人の男性が現れた。奇遇だね、俺も今頭を抱えたい気持ちでいっぱいだよ。というかそこにドアなんてなかったよな。いきなりドアが出現したぞ。どこの念能力者だよ……あっ俺もか。
「こんにちは」
「ども、こんちわ」
ドアから現れた男性はまたも何もなかったはずの空間からソファーを出現させ、さも当然といったようにそのソファーに座った。ツッコミどころ満載だが、俺に理解できるわけもないので大人しくしておく。
そんな俺に男の人は苦笑いしながらも、何故か納得しているように見えた。
見た目はどこにでもいるようなごく普通の三十代程の男性。スーツが似合ってるぜ。
「いやはや、何とも落ち着かれていますね。それともここに来る人は皆こんな感じなのでしょうか」
「あれ? 俺以外にも誰か来たんですか?」
「えぇ、つい最近ね。その人も大分落ち着いていましたよ」
「俺は思考が追いつかなすぎてボーっとしてただけなんですけどね」
「それでも十分ご立派ですよ。取り乱さないだけで私も仕事が楽ですからね。さて、ではあなたが今知りたいであろうことを説明をさせていただきます」
対面に座っている男性が指をパチッと鳴らすと透明なガラスのテーブルが出現し、その上にはコーヒーが置かれていた。もう動じないぞ。心臓はバクバクだけど。早速そのコーヒーをいただくと市販で売られてい物とは別次元の香ばしい香りが俺の鼻を満足させ、程よい苦味が心を落ち着かせてくれた。うまっ!
「今起こっている現象は神隠しと呼ばれるものです。と言ってもあなたが想像しているものとは少し異なります」
神隠しって何だっけ。確か子供が消えちゃうやつだっけか。うん、たぶんそんな感じだった気がする。千尋ちゃんも神隠しあってたし。
「本来私たちが言うところの神隠しとは、その世界に合っていない魂をこの部屋に呼び戻し転生させるシステムのこと指します。合っていない、本来そこの世界に誕生するべきではない魂は何かしらの特殊能力や異常な身体能力の高さを持ちます。性格もその世界では変わった人が多いですね。これはあなたがいた世界ではなく異なる世界に生まれるはずだった魂が間違ってその世界に生まれてしまったことが原因です」
「特殊能力……なるへそ。俺は電気ってわけか」
「そのとおりです。正確には落雷を受けても無事だったあなたにシステムが反応したのですが。恐らく落雷を受けたことによる影響で覚醒してしまったんでしょうね。ただそれにしてもいくら電気能力者とはいえその世界の肉体が無事だったのは謎ですが」
「ふ~ん……で、俺は結局の所どうなるん? 本来いるはずだった世界に帰るわけ?」
「いえ、また別の世界に行ってもらいます。本来いるはずだった世界はあなたが存在しないことによる影響をもう補ってしまいましたから。よってまったく新しい世界へと行ってもらいます……あなたのその体質を受け入れられるような世界へと」
受け入れられる……つまり雷人間の俺でも不信に思われないってわけか。となると
「ファンタジーな世界?」
「……トリコという漫画をご存知ですよね?」
「ジャンプで連載してるアレ?」
「そうです。あなたが今から行ってもらう世界はトリコです。もちろん危険防止のためグルメ細胞を所持した状態で行ってもらいます」
「なんつーか、逆に危険フラグにしかならないような」
「それはあなた次第です。というよりあの世界は一歩間違えば……いえ、一歩踏み出せば危険と隣り合わせな世界ですから」
「そっか……よし、じゃあ行くとするか」
せっかく俺が前向きに一歩前進しようとしているのに、この男はやれやれと言わんばかりに苦笑いをかましてやがる。なんだよ、せっかくやる気でてきたのに。
「……あなたは現世に未練はないのですか? 勝手に私に貴方が行く世界を決められて不満はないのですか? トリコという世界は貴方が思っている以上に危険に満ちた世界ですよ? これは私たちの管理不行き届きで起きてしまったことです。怒りを私たちにぶつけてもいいと思うのですが」
「あぁ~なんつーか、うん、別にいいかなって。心配してくれるような家族や友達もいないだろうし、あっ心配してくれる友達は何人かいるかな。でもまぁあいつら変人だし。その内の一人は最近なんか、変というか違和感マックスだし」
それに何より、目の前の人が明らかに自分とは別格の人間だということも何となく理解している。何というか、別次元の存在というか。言葉に表すのは難しいけれど。ただ確かなことは逆らえばヤバいってことだ。伊達に喧嘩慣れしてないぜ。危機察知能力は高いからね、俺。
「……そうですか。ちなみにあなたと同一の存在を送り込むので周囲の人は消えたことに気が付きませんよ」
「ん、ならいいんじゃね。もうちょい刺激あるというか熱中できるような事をトリコの世界で探すわ。意外と美食屋になったりしてな。だとしたらグルメ細胞はありがたやって感じだ」
そうですか、お強いのですね。と一言お褒めの言葉をいただき、彼がコーヒーを出したときのように指を鳴らすと俺の足元がゆっくりと透けていく。
「ご武運を……いや、食運を、ですかね。あぁ最後に一つだけ、私の上司からつまり神様からの送り物があるので有効に役立ててくださいね。その送り物はそちらの世界に着いたときには持っているよう部下に手配させていますので。それでは良い人生を」
―――あんた……中間管理職だったのかよ。
side out
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side 中間管理職の男
やれやれ極希に起きる神隠しが連続して起動するとは……。天文学的確立も真っ青なほどの確立なはずなのですが。これはどういうことなのでしょうか。上の連中が何か不祥事をやらかしたとしか考えられませんね。神隠しにあった二人とも接点があることを考えるとただの偶然で済ませていいわけがない。
しかしあの世界の身体で雷を受けて肉体が無事だったということは恐らく彼自身のポテンシャルの高さを表しているのでしょう。雷という能力に対して彼は凄まじい才能があった。それはトリコの世界において有利な武器となり得るものですが、彼の一番の武器は
「……凄まじい第六感ですね」
彼の資料を見てそう思う。人生には不幸な出来事というものが存在する。確率的には低いが自分だけに起こってしまうこと。その出来事は些細なものから取り返しのつかないものまで大小様々なものがあるが、それを彼は「勘」だけで回避してきたこと。もはや未来予知に近いものだ。
勘、直感、第六感と言い方はいろいろあるがそれが異常なまでに鋭いこと。それは確実に天性のものだろう。長年の経験によって磨かれたものではなく神より与えられし特権。彼はトリコの世界において間違いなく主軸に関わってくるでしょう。強き力を持つ者は自然と交わざる得ないのだから。
まぁこんなこと考えても何の意味もありませんね。さて、仕事の続きでもしましょうか。今日は残業ですねぇ……はぁ、しんどい。
後書き
白い部屋で男が言っていた主人公の前にもう一人来ていた人はこの作品に出てきません。さらに言うならそいつは主人公の友人でもあった人です。最近違和感を感じると言われていたあいつです。モーゼの海割りをするあいつです。
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